正義の使徒編 魔王の目的
「認めるわけ無いだろ!」
急いで奇襲部隊を追いかけようとするソルト。だがやはり、ナイルが立ちふさがる。
「なぜ動くの〜? 言う事聞いてくれないと困りますよ〜」
「ふざけんな! 面倒な能力持ちが何人も居たのにそれをむざむざ行かせる理由のほうが分からねえよ!」
先ほどに比べ威圧感のなくなったナイルとは反対にソルトは激高する。
「リナさんを死なせたくないみたいだけど……それじゃあ、あなた。リナさんが助けを求める声でも聞いたの~? 確かあなた、助けを求める声は聞こえるのよね〜?」
「それは……」
聞いてはいない。故にリナは助けを求めておらず、それを最善と定めているということをソルトは直感で感じ取る。
「じゃ、じゃあなんでリナ母さんは死のうと……」
「シャルちゃん。わかるかしら〜?」
答えが出せないソルトを無視してナイルはシャルに問いかける。
「今回の人と魔族たちの戦争……人に対して敵意を持つものが参加しているのが普通ですしこのように離れている場でも互いに殺意をぶつけ合っているのが分かります」
「続けて〜」
「はい……現在3人いる魔王が全員戦意を表している中で人に恨みを抱いている魔族は全員参加すると思われます。逆に言えば今回の戦争に参加していないのは人に対して和解……とまでは行かなくとも人に対して友好的であると言っても良いかと……」
「そうね。実際に七十六ある魔族のうち参加していないのは十そこらよ〜」
「それが……どういうことだよ……」
理解できないソルトだがシャルは気にせず話を進めていく。
「ナイルさん、いや、あなたじゃないですね。リナさんたちはソルトくんを次の魔王にするつもりですか」
「な……」
「であれば納得です。今もいくつかの使い魔を飛ばしていますが聞く限り魔族はひたすら攻めるのみ。被害よりも恨みを考えて動いているふうに取れます。であれば。例え戦争の勝敗に関わらず魔族も、そして人も疲弊することでしょう。リナさんたちも死ねば魔族が人に対して攻撃しようと考えることもなくなる……。そして、以後の魔族のまとめ役をソルトに……」
「あなた、意外と鋭いのね」
ゾクッと、二人の背筋に悪寒が走る。理由は簡単。目の前のナイルの目だ。笑っているのに。笑っているのに笑っていない。
「せいかーい。分かった? あなたはとっとと他の使徒でも倒してくれるだけでいいの。今回の戦争は魔族の終わりよ。終わりの始まりよ〜。あとはひっそりと生きていくことを選んだ者たちだけが生きている。そして魔王の存在は、その言葉は絶対。死ぬまで戦えと言えば死ぬまで死ぬ気で戦ってくれる。となれば人側も魔族側も甚大な被害を受けるわ。そしてその後の治世をソルト君、君に任せる。魔王の息子なら的確に適任よ。存分にカリスマを発揮しちゃって。あるかどうかは知らないけれど」
「な、なんだよそれ……リナ母様たちは死ぬために戦ってるっていうのか? それに従う魔族たちは?! まさか全員がそのことを知っているわけじゃないだろ!」
「そうね〜。全員が知っているわけじゃないし知っている魔族もいるわ。でも魔王様たちは考えた。自分たちは人にとって脅威すぎる。では自分たちが、いなくなれば、そしていなくなれば人も我らを拒まないのではないかと」
「だ、だからって、そんなことしても人が考えを改めなきゃ……」
「ええ。また戦争が起こる。だから、この戦争で戦力を削る。削り切る」
「は……?」
一瞬何を言っているのか本気で理解できなかったソルト。だが理解した瞬間に彼は叫ぶ。
「そんなの……一体何人死ぬんだ! 殺すつもりなんだ!」
ソルトは問う。が、ナイルに気にした様子はない。ひょうひょうと言ってのける。
「知らないわ〜。万はいくとおもうけど……というかすでにいってるけどそれ以上はなんともね~」
「そんなの……絶対間違ってるだろ!」
「それこそ知らないわ〜。それにそんなこと言うなら魔族と人との対立のその根本。使徒こそ早く滅するべきよ。奴らがどれだけの魔族や人を食い物にしていることか。あなただって被害者でしょう。生きていた村を焼かれて姉と離れ離れになったのは彼らのせいでしょ~」
「それは……そうだけど……」
「人と魔族が共存する世界。いいじゃないですか〜。でもそのための障壁が魔族側で言えば魔王。人間側で言えば使徒。ただそれだけなのよ〜。その全員が滅びないとだめ。人との平和は実現しないのよ〜」
言い切ったナイルはソルトの様子を確認すると満足げに笑いながら魔王がいる場所とは別の方向へと進んでいく。使徒を倒しに行くのか、はたまた別の目的があるのか。
「では私も時間が惜しいのでそろそろお暇します〜。あとはそうそう……」
言い忘れていた、という風に立ち止まるとナイルは二人にしっかりと聞こえるように、されど二人にしか聞こえないようにささやくようにつぶやいた。
「すでに魔王三人のうち二人、骨の王ワーリオプス、鬼の王バミルは正義の使徒に殺されていますよ」
言い終えるとナイルはスキップでもしているかのように去り、あとにはシャルとソルトだけが残された。
「なんだって……」
○○○
「ナイル……いい加減な仕事しやがって……」
「ん? ナイルちゃん?」
魔王軍参謀室。とは言ってもいるのは魔王のリナと蜘蛛の魔族ナターシャ・クアドリリオン。ナターシャの方はさっきまでのソルトとナイルの会話を使い魔の蜘蛛に観察させその一部始終を把握し報告していた。
「あ〜、なるほどね。あの子が適任だと思ったから頼んだんだけどね」
「違和感を感じます……ナイルにしては話の論点をすり替えるのが雑すぎます。不調ですかね」
「不調って……そんなことあの【悪魔の脳】にありえるのかな」
悠長と、その一部始終をを聞きながらリナは紅茶に手を伸ばす……が、その手を止める。
「おっと、汚れていたんだった。ナターシャ、他のものをもらえる?」
「はい、こちらに」
「ソルトもソルトだね。私がこの程度に負けるとでも思ったのかな」
「無理もないかと……あなたの全力を彼は見たことがありませんし……それに危険であることに変わりはありません」
部屋に転がるいくつかの物体。その一つ一つをリナに対する飲み物の用意をしながら胴から生える蜘蛛の足を利用して外に放り出していくナターシャ。
それは先程の奇襲部隊たちの成れの果てだった。
「たしかに。でも彼に魔法教えたのは私だよ? 理解しててもいいと思わないかい?」
「察しが悪い子に育てたのはあなた方でしょう……」
そう言いながら準備を終えたナターシャがリナの座る机に飲み物を置いた。
「で、やつは来そうですか?」
「来てるね。こいつを釣るために私がいるんだ。来てもらわなきゃ困る」
そう言って、部屋の入口に目を向ける。向けながらリナはナターシャに言う。
「ナターシャ、今なら君だけ逃げてもいいよ。バミルが負けてるんだ。私に勝ち目があるなんて思わない方がいい」
「お供しますとも。生まれてこの方お世話になった恩もありますし」
ガチャりと、扉が開く。黒髪の、日本人であることが一目でわかるその美貌。
だが、その腕に握るのは骨の剣。そして、肩に担ぐのは折れた大剣。
「やあやあ、名前は聞いているよ。遠山銀奈ちゃんだっけ? 遠くからはるばるご苦労。同じ日本人としてお茶でもしないかい?」
現れたのは正義の使徒だ。
「リナ……リナ・ファミーユ……。この戦争の首謀者……人と魔族の戦争の旗頭……あなたが消えれば……あなたが消えなければこの戦争は続いてしまう……。現にさっきもここに来た人たちを皆殺しにした……」
「ぎんなちゃ〜ん……駄目かなこれは。一応正当防衛が成立すると思うんだけど」
「駄目ですね、これは。あと間違いなく過剰防衛です。あなたの世界の言葉で言うならば」
半ば虚ろな目で呟く銀奈を呆れながら見る二人。だが油断はしない。できる相手でもない。
彼女の骨の剣。その持ち主は本来、もう一人の魔王ワーリオプスのものなのだ。
「ワーリオプスのやつ……スノードロップに召喚されてから連絡が途切れたとは聞いてたけどね。まさかアンデッドの彼が殺され尽くすとは。年には勝てないものなのかね」
「ワーリオプス様のお年は幾らか知りませんが、もとより正義の使徒の能力が最悪の一言に尽きます」
「そうだねぇ……。まなんにせよ私たちが殺されれば人の魔族に対する嫌悪は薄くなるし何より、正義の使徒だけは私が命に代えても倒さなきゃならない」
「ひどい理由ですね」
会話が止まる。遠山銀奈が一歩部屋に踏み込む。
「遠山銀奈。神届物【我、おのが正義を実行する】」
そして遠山銀奈は発動する。魔王をすでに二人殺したその能力を。
自分の正義を、無理矢理に人に押し付けるその神届物を。




