正義の使徒編 堅固な博愛
幾千幾万の獣たちが空を舞い、地上を這う。
一点を中心に、ある時は急降下を、ある時は弧を描く。
そしてその一点には、赤い獣が狂い踊っていた。
「足りない。足りない。足りない。足りない!」
赤い獣が、赤い獣人の少女が一つ腕を動かせばそこにいた数羽の白い鳥が塵となる。
赤い少女が、狂った獣が一つ足を動かせば地を這う獣はいなくなる。
「なんなのよおお! あの女は!」
悲鳴を上げているのは堅固の使徒。決して人には扱えない力を持ちながらたった一人の少女に恐怖を抱かずにはいられない。
最初、二人の異世界勇者の攻撃を防がれたまでは良い。相手は悪魔喰い。決まらなくても驚きはしなかったカレイ。
しかし、
「神届物【疾風怒濤】」
相手の、獣人の少女の神届物が発動した瞬間に趨勢は一気に傾いた。
詳しい能力はカレイにはまだわからない。だが結果だけは誰の目にも一目瞭然だった。単純な加速だ。
なにせ戦いが進めば進むほど相手の速度は増していく。異世界勇者なぞ五人では足りなかった。いや、たとえ何人いてもいつかは追いつけなくなったのは間違いない。
「神届物【疾風怒濤】」
なぜなら、すでにその場に立っているのは堅固の使徒のカレイ・ドーラのみだからだ。
異世界勇者が追いつけたのは最初の一太刀のみだった。カレイの付き人リョウが追いつけたのは三太刀目までだった。
「し、しかし! 神の愛を受けたこの博愛の使徒! あなたは私を攻撃することはできませええええええええええええええぎゅぼば」
そして博愛の使徒も剣によって巻き起こされる風に切り刻まれたのであった。
「ああ、博愛の……いたのか」
「な、なじぇぇ……」
「あなたとサクラスの戦いは【悪魔の目】で見せてもらった。確かに一対一なら強い。が、すまない。いることに気づかなかったよ。意識的に意識から外す、というのは少し難しかったけれど」
博愛の使徒の力、攻撃されない。確かに強いが、そこにいることに気づかれなければ意味がない。攻撃を無効する能力ではないからだ。
結果カレイが気づいた時にはすでに博愛の使徒は死んでいた。
皆死んでしまった。カレイにとって今の状況は絶望でしかない。
ソルトの妹弟を狙うためだけに動いていたはずなのにどうして自分はこんな貧乏くじを引かされたのか。そう思わずにはいられない。
「神届物【疾風怒濤】」
また、速度が上がる。それもさっきよりも上昇幅がでかい。無限の獣の軍勢を瞬く間に駆逐されていく。
「く、くそがあぁああぁあああ!! 私はぁ! 私は死ぬわけにはいかないんだぁ!」
だが、カレイも全力で、強くはない身体に鞭を打ち神届物を発動する。大蛇に大熊。ユニコーンにケンタウロス。果ては人間の軍隊までも作り出し
「博愛、堅固、討ち取ったり」
カレイの目に最後に見えたのは黒い剣だった。




