正義の使徒編 休戦協定及び戦闘突入
「ソーちゃんの妹弟は私達が守る。代わりに……申し訳ないのだけど二つお願いがあるの」
「はあ……はあ……お願い? お姉ちゃんが?」
ソルトがジギタリスとスノードロップ救出に動く前、ある出来事があった。
リナに体を、魔力を弄くられ暴走させられているソルトのところに現れたのは二人。ソルトの姉であり、悪魔喰いのプレア・ダンス。そして同じく悪魔喰いの獣人少女、アクア・パーラ。
だが、戦闘のために訪れたのではないようで、プレアは穏便に話し合おうとしてきた。そのため、ソルトの看病をしていたシャルも攻撃しようとはせずに黙って様子を見ている。
「ええ。2つほど。一つは使徒との戦闘に協力してほしい。私達だけでは相性が悪すぎるのが残っている。それを対処してほしい」
「それは……はぁ……、はぁ……、その理由はわかるけど。もう一つは?」
悪魔喰いは使徒と対立している。そのため、ソルトたちに使徒の討伐に対して協力を呼びかけるのは理解できるし予測できた。
しかし、もう一つは何なのか分からなかった。
「止めてほしい子がいる。それを任せたい。私達では厳しい」
口を開いたのはアクア。その口調は深刻そのものである。
「使徒ではなくて? それ以外にあなた達が止められない人がいるの?」
疑問はシャルから。それもそうだ。悪魔喰いが今更倒せない敵がいるとは思えない。なにせ一人一人が使徒に匹敵する戦闘力を持ち、国の軍すら相手に立ち向かえるのだ。
「チェリシュちゃんよ。あの子を止めて……助けて欲しい」
そしてプレアから出てきた名前は彼女らと同じ悪魔喰いの団員。
「な、なんでチェリシュさんが……?」
予想外の名前に体調の悪いソルトの代わりにシャルが尋ねる。
しかし、それに対してまでは答えるつもりがないらしくそれだけ言うと立ち去ろうとする。
「そこまでは私達の口からは言いたくない、かな。なんにせよこれだけ覚えておいてもらえれば私達は満足」
「同意。そしてもう一つの情報。今あなたたちの妹のジギタリス、スノードロップ。この両名が暴食の使徒に追われている。早急に対処したほうがいい」
「な……」
重大すぎる事実を告げられソルトは焦る。が、それに構わず悪魔喰いの二人は立ち上がりその場を去る。
去り際に言葉を残すのはアクア。
「他の弟妹たちは私が守る。そこは安心してもらっていい」
○○○
「はぁっ!」
「カレイ様!」
場所は孤児院の子どもたちを狙う使徒と悪魔喰いの少女の戦闘場所。
獣人の少女の攻撃を、異世界から来た少年リョウがギリギリのところで受け止める。そして動きが止まったアクアに対し異世界勇者が殺到する。
「神届物【流星槍】鷹狩の舞!」
「神届物【幻霧創生】」
「神届物【刀神】千切丸!」
霧が立ち込め、二人の勇者が霧に紛れて己の持つ神届物を叩き込む。視界を一瞬で塞ぎその隙をついての高速の一撃。ソルトのように悪意を探知できれば交わすことも容易だがその他の人物では交わすのは至難の
「甘い」
上空からの奇襲の一打、そして幾千の斬撃を浴びせようとした刀はどちらも的確に、前者は少女の右手に持つ剣が、後者は少女のしっぽが初動を潰す。
「なん……」
「……だと!?」
操られた様子でありながらも、僅かな理性が残っていたのか、攻撃を防がれた少年たちは驚きの声をあげる。
「視覚を塞いだだけで獣人を封殺しようなどと烏滸がましい。耳があれば空気の振動が。鼻があれば匂いがあなた達の姿を教えてくれる……ま、聞こえてませんか」
言いながらも、アクアは手加減をしない。地面に左手を当て、素早く土魔法で新たな剣を作り出すと瞬きするまもなく二人の少年を切ろうとする。が、そこで邪魔が入る。
「神届物【重力加減】フルパワー!」
二振りの剣が少年たちを両断するその瞬間、アクアの腕にすさまじい負荷がかかり軌道が逸れる。
「ちっ、邪魔なやつ……」
「皆さん! 彼女に愛を与えるには二人ではだめです! 三人四人で囲むのです!」
使徒の声が響く。それに合わせて異世界勇者も動く。攻めてくる勇者は二人から三人に増え、援護射撃の異世界勇者は二名。さらに堅固の使徒の守護獣までもが襲い掛かる。
「彼らはうまくいっていますかね……」
独り言をつぶやきながらアクアは襲い掛かる獣たちを切り裂いていくのであった。
〇〇〇
孤児院を狙う子供たちを姉であるプレアとその仲間であるアクアに任せ、ソルトたちが進む先。それは数日前に向かった魔王城の近く。
その場所に二人が向かった理由は単純だ。今まさに戦場であった。魔族と人の総力戦である。
怒号と、悲鳴。矢に魔法。様々なものが飛び交う戦場にソルトたちは身を隠しながらその場に近づいていた。
「それにしてもほんとにあのひとたちにまかせてよかったの?」
「ああ。大丈夫だ。お姉ちゃんは本当のことを話さないことがあっても嘘を言ったことはない。それに二人からは悪意も感じなかった」
「そう……まあソルトがいいならいいわ。私たちがあの人たちを信じるなら私たちにお願いされた分は働かないとね。……待って、近くに」
戦争の飛び火で周囲に爆発が吹き荒れる森の中、高速で移動していた二人の耳にヒュン、と音が聞こえる。同時にソルトは剣を振り、飛んできたものを打ち落とす。
「王国軍か」
「奇襲失敗! 総員抜剣! 魔法に続いて突撃せよ! 間違いなく上級魔族だ。絶対に逃すな!」
その言葉に前後して放たれるのは炎の弾に風の弾。ぶつかり合わさり、より凶悪なものとなってソルトたちをねらい打つ。周囲の森への配慮などお構いなしだ。
「隠密の魔法が効いてないわね」
「魔法は頼んだ。矢は任せろ」
同時にソルトたちも迎撃に移る。爆弾となって迫りうる複数の魔法に対し、シャルは的確に同じ規模の水塊をぶつけて相殺する。派手なため迎撃は魔法を複数展開することさえできれば簡単だ。
一方でそれを目くらましに飛んでくる矢をソルトは打ち落とす。どういう理屈なのか上空や人の気配のいないところから死角を突いて矢が飛んでくる他、迷彩が施され目を凝らしても見えなかったり実体と見える矢の位置が違ったりと種類豊かだ。が、悪意を感知できる彼にとって苦ではなく、いくつ飛んでこようが問題ない。
「シャル! 隠密をかけ直せるか?」
「無理ね! あいつらの中に探知系がいる!」
「わかった。殲滅するぞ」
「ええ」
魔法による爆炎が消えると一斉に近接武器を持った騎士たちが襲い来る。
各人がいずれもが独特の魔力を漂わせているのをソルトたちは感じ取りながらその魔力の正体を一つ一つ対処していく。
魔王を殺すためなのだろう。その全てが固有魔法だ。神届物には及ばずとも厄介なのは間違いない。
「シャルは援護を頼む、接近戦は俺が対応する」
「了解。気をつけて」
〇〇〇
そのころの魔王軍最奥部。
「リナさん。予定だとそろそろ魔王討伐についた奇襲部隊が軍の東から到達するはずです。どうなされますか?」
「う~ん、そうは言ってもね。途中からチェックポイントに現れてないんだよね。誰かにやられたんじゃないかな」
「いえいえ、我々の探査能力を上回る魔法や道具があるのかもしれません。よって、無視するわけには……」




