正義の使徒編 終わりの始まり
「派手にやられてるわね……。ほらそこ。しっかり見せなさい。別に血吸ったりしないから」
ソルトたちが暴食の使徒と戦っているそのすぐそばで、ソルトと同じく駆け付けたシャル・ミルノバッハが傷ついたスノードロップとジギタリスの手当てをしていた。使徒の張った結界のせいで遠くに逃げれないのだ。
ジギタリスの切断された腕に対し、止血の回復魔法をかけながら包帯を優しく巻いていくシャル。痛みのあまり声にならない悲鳴をあげながらジギタリスはもがくがスノードロップの死体がそれを押さえつける。
しばらくしてようやく傷の処置を終えると、同時に大きな風が吹き荒れ、その方向からソルトがやってくる。
「ジギタリスは大丈夫そうか?」
「ええ。安心して。戦闘は無理でもすぐに動けるようになるわ」
「ねえ、どうしてお兄様たちはここに?」
ようやくひと段落突いたのを見計らってスノーは疑問に思っていたことを聞く。彼女たちは、自分たちが出て行った後の孤児院の方針を知らない。
「ああ、いろいろあったな……」
少し遠い目をしながらソルトはこれまでの事情を教える。
二人が出て行ったあとクルルシアが選んだメンバーのみで魔王軍に、その長であるリナたち孤児院関係者を止めるべく出向いたこと。それを悪魔喰いに妨害され、リナに会えたのはソルトのみであること。
「俺はリナ母様に体の中身いじくられるわ、悪魔喰いの連中は容赦なく攻撃してくるしでな。一旦退いたんだよ。死傷者を出すわけにもいかないし」
「か、体を……。なんか変なのはその影響?」
「ああ。まだ頭が痛むくらいだ。でもって、それが治ってから動こうと思ったんだけどな。嫌な気がしてここまで飛んできたわけだ」
「それは……ありがとう……そしてごめんなさい」
ジギタリスに連れられるまま孤児院を出て行ったことに謝罪するスノードロップ。そのことをソルトは笑って許す。
「いいさ。こうして会えたんだから。ただし、もうこれ以上は無理だと判断する。ジャヌが上空で待機してくれているからそれに乗って行け」
「う、うん……」
ソルトの戦力外通告に少ししょんぼりするスノードロップだったが、横で苦しむ姉妹がいる手前、反論することはない。
その後、上空に待機していた龍のジャヌに二人を回収してもらうとソルトたちは次の目的地に歩き出す。
「ねえ、あんな言葉でいいの?」
「大丈夫だ。スノーはもともと自分で動き回るやつじゃない。ジギタリスがじっとしてるならあいつもじっとしてるよ」
「そう」
「それよりも、だ。使徒の連中は絶対許さねぇ」
怒りを含む口調でソルトは確かに呟く。横のシャルが少し不安そうにしながら尋ねる。
「ねえソルト。あなたほんとに大丈夫? まだ本調子じゃないでしょ?」
「ちょっとやそっとなら大丈夫さ。それに折角お姉ちゃんたちも協力してくれてる。今動かないと駄目だ」
ソルトは歩き出す。全てを終わらすために。
〇〇〇
「はっはっはっはー! ダメだね! 勇者ソルト! 守らねばならないものは最も身近に置くべきと習わなかったのか~」
「お嬢様、静かに」
もうもうと、地面に土煙を吐き出しながら一台の戦車が森を突っ切る。そして戦車が引いているのは多きなハコ。
堅固の使徒カレイ・ドーラ。日常生活中では車いすとして使っていたものを戦車に変形して爆走していた。
そして横に控えながら並走するのはハハキギ・リョウ。主であるカレイからもらった刀を腰にひっさげ、遅れることなくついていく。
「まあまあ、そう言わずに。ソルト君とシャルちゃん。それにクルルシアさんは戦争地帯にいってるから正義の使徒が始末してくれるでしょうし、悪魔喰いは傲慢の使徒が作る軍団でどうにかなる。となると」
「ソルト様の弟妹たちが残ると」
「正★解。というわけでこのままあの龍を追うわよ」
二人が見つめて、ひたすらに追っているのは上空を飛ぶ黄色い龍。クルルシアの使い魔であるジャヌだ。ジギタリスとスノードロップを載せて孤児院の隠れ家に急行中の。
それを叩き潰すのが二人の狙い。
箱の上から声がかかる。
「神に愛されなかった子らには我らの祝福を! 代わりにはならずとも私の【博愛】を届けますとも!」
さらに、孤児院を狙う使徒は一人ではない。二人だ。
博愛の使徒イルポット・ジャーニュー。堅固の使徒カレイ・ドーラ。
そして、その戦車が引いている荷物。
それは設計段階において、中に入っている者に対する親切心は考慮されていない。本当にただただ頑丈な箱であった。
本来物資運搬用に使われるそれに、いま入っているのは五人の異世界勇者だ。激しい揺れにもかかわらず誰一人として文句を言わずにその箱の中で待機する。
孤児院を、確実につぶせる面子だ。
「嫉妬のやつが一人で決めきれなかったから私たちにその尻ぬぐいさせるとかわけのわからない話よね。指示出すなら自分で行けっての」
「そう言わずに。それに博愛の使徒様もいらっしゃるのです。あまり変なことは口に出さぬよう」
「わかってるわよ」
不機嫌そうに口をつぐむと堅固の使徒は戦車の速度を上げる。障害物はすべて、能力による守護獣で取り除きその速度は全く止まらない。
はずだった。
ガキン、と、妙な音が響き、戦車が止まる。体を投げ出されそうになるカレイだったがリョウがそれを支え事なきを得る。
「ちょっとぉ。どうしたのかしらぁ? まだ憐れな子供たちは先の先よ~」
巨大な箱の上を滑り、結果、地面に墜落しながら博愛の使徒は文句の言葉をカレイに投げる。が、すぐに状況に気づく。
戦車を止められたこと、そして堅固の使徒の守護獣の護りをすり抜けられたことに彼らは警戒を高める。
「お嬢様、これが」
戦車を調べたリョウがカレイに見せたのは一本の剣。真っ黒でなんの装飾もない。麒麟剣と呼ばれる、先が二股に分かれているものだった。
「この剣は……」
記憶から、確かにどこかで見たことのある剣の持ち主をカレイは思い出そうとする。が、思い出す前にその持ち主は現れた。身を隠すことなく堂々と、正面から。
「ナイルは予測してた。戦争が進んだこのタイミングで使徒たちはソルトを潰しにかかると」
現れたのは獣人の少女だった。長い赤茶色の髪に、橙色のしっぽ。頭には猫耳。そしてその名前をもちろん、使徒は把握していた。
「悪魔喰い……確か悪魔の目の保持者の……」
「アクア・パーラとか言ったかしら。勘違いしているようだけれど私はあなた達悪魔喰いに攻撃しようと思ってるわけじゃないわよ? むしろあなた達と敵対してるソルトくんを倒してあげようというのにそれを止めるのかしら?」
値踏みするように、そして戦闘の準備を使徒たちは開始する。
「そんなことは知っている。そしてその上で私は己の使命を執行する」
「ふうん、ならいいわ。あなた一人にこの人数が相手できるならどうぞ?」
言葉と同時に展開される幾百の白き獣たち。同時に、博愛の使徒も異世界勇者を起動させる。
「さあ、愛しい神のしもべたちよ! 神の愛を受け取らない憐れな獣に導きの手を!」
瞬間、異世界勇者たちの目が開かれる。そこにはすでに彼らの意思はなく、まさに操り人形そのものであった。
「アクア・パーラ。参る」
普段は二刀流だが、一本を戦車に投げつけ動きを止めたため、残りの一本のみを持って獣人の少女は駆けた。
使徒と悪魔喰い、そして魔族と王国、そして転生者を巻き込んだ戦いは激化する。数多の命を散らしながら。




