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道に咲く華  作者: おの はるか
私たちは希望の道を諦めない
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森の逃亡編 空腹

 そろそろかな……そろそろかな……


 いや、まだ……まだ待つの……美味しく熟れるその時まで私は待つの。


 一番の食べごろはいつなのか見たらわかる。だからまだ待てる。まだ美味しくなる。我慢すればするほど美味しくなるのは間違いない。


 ああ……楽しみ……。その瞬間がとっても、とっても待ち遠しい。


○○○


 一人の騎士が森の中をかけ、起こった出来事を伝えるべく暴食を司る少女に報告する。

 どんな罰が与えられるかもわからないがこのままでは毒で動けなくなった騎士たちは動けないところを二人の少女に蹂躙されることになる。いろいろな人がかき集められた部隊だったとしても仲間意識はあるのだ。


「暴食の使徒様、大変です! 目標を追っていた大隊のほとんどが行動不能に! 動ける者もわずかで救助もままならない状況に……」

「ねえ、なんで?」


 暴食の使徒トーナ・パークラーの発するのは怒りに満ちた声だ。騎士も怒られるのは承知の上であり言い訳もせずに潔く非を認める。


「おっしゃるとおりであります。たった二人を相手にこの不始末、我々の不徳といたすばかりです! ですので、どうか使徒様のお力を……」


 だが、騎士は言いながら違和感を覚える。目を合わせた使徒の感情が【物事がうまくいかなくて苛立っている】ものではないのだ。確かに何かに苛立っているのは間違いないのだが明らかにその悪意や敵意は報告してきた騎士に向いていた。


「あ、あの……使徒様?」

「全く……本当に腹立つよね。なんで黙って毒を食らっておかないかな?」

「え、あの……使徒さ……」


 だが、彼の声は途切れる。当然だ。首から上が消え失せて喋ることのできる人間などいない。

 頭のなくなった体はゆったりと力なく地面に倒れ、暴食の使徒はその様を最後まで見ることなく口から血を垂れ流しながら舌なめずりをする。


「あ〜、命令に逆らったやつ以外食べちゃだめとか言われたけど一人二人ならいいよね。いや、命令で逃げろなんて言ってないからこれも命令違反。うん。それでいいはずなのです」


 一人でウンウンとうなずく一人の少女。彼女の周囲にはすでに騎士は誰もいない。残っていたメンバーも全員が毒煙の充満する森の中に突撃させた。


 全ては食べるため。自分が食べても怒られないため。

 もともと彼女は人員を与えられはしたものの他の使徒から制約として【命令に逆らった騎士】【使えなくなった騎士】以外を食べることは禁じられていた。これでも使徒達が育てた精鋭部隊。使い潰されてはたまらない、といった魂胆だろうと彼女は予測していた。


 が、そんな配慮よりも彼女は食べることを優先した。確かにジギタリスが魔法を使わずに毒を用意してきたのは騎士たちにとっては予想外かもしれない。だがそれでも、本当に用心に用心を重ねていればほぼ全員が毒で倒れるということも起こるはずがなかった。全てはいたずらに騎士を焦らせ、ゆっくり確実に包囲網を狭めれば勝てたであろう彼らを敗北へと導いた使徒のせいと言える。


 使徒がついに、周りに誰もいなくなった玉座から降り地に足をつける。ジギタリスとスノードロップのことは二の次にして、彼女は倒れた騎士たちのもとへと向かう。


○○○


 一方、ジギタリスたちはすでに暴食の使徒を補足。いつでも攻勢に出れるよう準備を整えて彼女の様子を見張っていた。


「ジギちゃん、報告に行った騎士が殺された」

「ふぅん……動ける数少ない人員だと思ったが……なんだ? 増援のあてでもあるのか? あいつ以外にいないんならもう逃げるのは簡単だぞ?」

「増援だなんて言われても私はわからないよ……。でもそうだね、これなら簡単に逃げ切れる……ひっ!?」


 その時魔物の死体の目を通して事態を確認しているスノードロップが小さく悲鳴を上げる。もとから青白い顔が一層青白くなりジギタリスに手を伸ばす。


「おい、スノー? どうした、なにか見えたか?」

「う、動けない騎士さんを……一人一人解体して食べてる……」


 まるで理解できないものがスノードロップの視界に映っていた。ジギタリスの毒で倒れた騎士たちを暴食の使徒はにこやかに笑いながら、まるで、ずっと楽しみにしていた料理の盛り付けお行っているかのような雰囲気で彼女はその凶行に及んでいた。

 流石にその凶行にジギタリスも後ずさる。


「スノー、とっとと逃げるぞ。これ以上戦う必要はねえ」

「う、うん」


 そう言って、音をたてないようにしながら二人はそっと離れる。しかし


「神届物【ここは私の食卓戦場】」

「な?!」

「す、進めない?!」


 ボソリと呟いたトーナ。その瞬間からジギタリスたちは前に進めなくなる。


 そこに、蒼髪の少女の不気味な笑いだけが響き渡る。


「ひひひ、逃げちゃだめだよ。逃げたらだめですよ。逃げたらだめなのです。あなたも、あなたも、あなたもあなたもあなたもみーんな、私のご飯なんです。ご飯は逃げないんです」


 【ここは私の食卓戦場】。自身が食材として認めたものの逃亡を認めない、食べることに特化した神届物。発動条件は神届物の詠唱、その時一定範囲内にいること、そして食欲をそそること。


「待っててね」


 暴食の使徒はニコリと笑う。血に濡れたその口で。


「毒雨」

「ん?」


 だが、追いかけられていた二人の少女もまたただの子供ではない。

 すでに敵の数は一人。逃げることができないのであれば戦うことを選択するのは当たり前であった。


 ポツリ、ポツリと音がする。森のため上空がどうなっているかは三人の誰からも判断できない。しかし、もし仮に、今の森を外から見る人間がいれば誰もが逃げるだろう。


 音はポツリと言う単体の音からザーザーという連続の音に変わる。そして、木から垂れた雫の一滴がトーナの、暴食の使徒の腕に当たる。


「雨……? っつ!?」


 明らかに腕に起こる反応は雨ではなかった。触れた皮膚は変色し、ほんの数秒で壊死に至る。


 まさしく毒の雨。人体だけではない。最初雨を受けていた森の上部はみるみるうちに腐っていき、緑は失われ茶色の枝が残るばかり。


 それに伴い雨の勢いも強まる。当然だ。それを遮る葉は減る一方なのだから。


 欠点としてはごく小さな範囲しか振らせることができないため広い範囲の敵を一掃することができない。魔力の大量消費。居場所の露見。


 だが、敵が一人に、しかも未だに自分たちを狙っていないのであれば余裕で準備は終えることができる。


「痛い痛い痛い痛い! でも……なんで!? あなたも仲間を食べるの!?」


 食事の手を止め全身を抱きかかえながらトーナは魔力の発生源、ジギタリスを見る。孤児院の二人も雨に晒されているはずだ、と考えて。


 が、トーナが見る限りどう見ても二人とも毒の影響はない。

 ジギタリスが効かないのは自身で予め抗体を作れるため。

 スノードロップに関しては効いていないのではなく、壊死した部位を修復するという彼女の固有魔法故(それがなければ今頃ボロボロのゾンビである)。


「へっへーん、誰が言うかよ。そのまま死んどけ!」

「ジ、ジギちゃん、言葉が悪いよ……」


 そう言いながらもスノードロップは次の準備をする。短期戦を見据え特攻を仕掛けてきたときに対する対処を準備する。空に、地中に、地上に、木の中に、木の葉の中に。


 だが、暴食の使徒は攻めてこない。一刻も早い決着をつけたがるはずの条件下なのに体を両腕で抱きかかえながら震えているままだ。


「……しい」


 再び少女は小さくつぶやく。痛い痛いと呟いていた姿はもう無い。

 今の少女の顔に張り付いているものは笑顔だ。


「この雨、美味しいね」

「な!?」


 次の瞬間から少女は口を大きく開け、木から垂れてくるジギタリスの毒雨を受け止める。

 最初こそ口元が壊死していったが一度、二度とその溜まった水を飲み干すごとに少女の傷は癒えていく。


「ジギちゃんの雨が……効いてない?」

「ちっ、耐性か何かしらねえが面倒なのは間違いねえ」


 美味しそうに雨を啜る少女を見ながらジギタリスは舌打ちをする。

皆様良いお年を

来年もよろしくお願いしますm(_ _)m

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