森の逃亡編 追跡者
「スノー! 逃げるぞ!」
「で、でも……あの人たちが……」
「村の人を守りながら戦うのは無理だ! それに俺様たちの気配を追ってるならそれこそ、ここにはいない方がいい!」
悲鳴が響く中、ドアから飛び出そうとしたスノードロップをジギタリスは止める。この場合、何が正しいなどという答えはないだろう。だが、その中でもジギタリスは自分たちが移動すれば敵も追いかけてきてくれると考え、再度、床に空いた穴に魔力を通し、脱出路の形成を急ぐ。
「うん……そうだね……」
そしてジギタリスの言葉に説得された形になるスノードロップもまた、脱出路の形成を急ぐのであった。
〇〇〇
「使徒様、すべての民家を見回りましたが目的の人物はいませんでした!」
敬礼の形を崩さないまま鎧に身を包んだ騎士が【暴食の使徒】に報告をする。がつがつと肉を食べていた使徒は顔も上げずにうんうんとだけ頷く。
「あの……使徒様?」
「ん? ふぁにふぁな?」
口いっぱいにほおばりながら空色の髪の少女は部下にあたる騎士に問い返す。
「お言葉ですが急いだほうがいいのではないでしょうか? この村にそもそも来ていない可能性も含めますと我々はかなりの遠回りをしていることにいい!!???!」
次の瞬間、彼の右腕はなかった。余りの痛みに彼は何が起こったかの理解もままならないまま地面に倒れ、転げまわる。
そして、彼に右腕を見せびらかすように皿の上に乗せる暴食の使徒。その顔は不機嫌そのものである。
「君さあ、私がご飯を食べてるんですよ? どうして邪魔しようと思うのです? 次のご飯になりたいからでいいですよね?」
そのまま食器具を右腕に突き刺し、口に運ぶ暴食の使徒。倒れた男は「すみません、すみません」と繰り返すばかり。
「それに見つからなかったのは君たちのせいだよ? 匂いは間違いなくこの村にあるのですよ?」
「に、におい?」
「例えば……その家とかね」
そう言って彼女は右手をある民家にかざす。発動したのは風の魔法。使徒の魔法にただの民家が耐えられるはずがなく木っ端みじんに吹き飛ぶ。
そして、残ったのは地面に空いた穴だった。勿論ジギタリスとスノードロップが掘った穴だ。
「ほらね」
「な……し、失礼ながら、我々が捜索した時にはあのような穴、床に空いておりませんでした!」
自分の不手際をはっきりと見せつけられ、焦る部下の騎士。だが、暴食の使徒は特に起こるわけでもなく冷静に考える。
「片方は毒使いでしょ? 催眠系の毒でも充満してたんでしょ」
こともなげに語る少女に騎士たちは目をぱちくりさせるばかりであった。
「さて、このお肉全部食べたら出発しようか」
山積みの、血のしたたる肉料理を前に、【暴食の使徒】トーナ・バークラーは舌なめずりをするのであった。
〇〇〇
「くそっ、なんなんだよ! あいつは!」
「食べてたよ……人を食べてたよ……」
ジギタリスは怒鳴り、スノードロップは気持ち悪そうに口を押える。
場所はすでに地中から這い出て森の中。赤々と村が燃える火を見ながらジギタリスたちはさkほどの敵をどうするかを決めかねていた。
おそらく、彼女たちが見ている火も肉を焼いているものであろう。
「どうするの? ジギちゃん……」
「どうするったって……あの集団からずっとにげきれるとは思えねえし……。それに……あんなのほっといたらやべえ」
ジギタリスたちの頭に浮かぶのは、心の底から楽しそうな笑顔を見せた暴食の使徒。そしてはっきりと口にした人を食うという発言。
追いかけてこないのも人を食べることに忙しいのだろうと予想するのであった。
だからこそ、彼女立は決断するしかなかった。
「人をかばいながらの戦いじゃ絶対に負ける。でもソルト兄様やクル姉様を待ってるんじゃ遅い。俺様は、俺様たちは俺様たちであいつを倒さなきゃならない」
「そうだね……。それにご飯のお礼もしないとだもんね……」
おそらく、すでに死んでしまっているであろう、二人がご飯を頂戴した住人のことを思い、スノードロップも同意するのであった。
〇〇〇
ザクザクと騎士の行進が森の落ち葉を踏みつける。
三列十五人編成の集団が七つ。そのうち五つは暴食の使徒の前方に、残りの二つは後方に控えながら、指揮する少女の足に合わせながら更新する。
「皆~。魔族と王国が本格的にぶつかっったらしいのです~。そろそろ神の戦争も決着するのですかね~」
「し、使徒様?」
よくわからないことを言い出す使徒に後方に控えていた右集団の隊長が言葉を返す。
「うん、それが終わったら平和になるのですよ~。きっとご飯もたくさん食べれるのです。皆は家族がいますか? きっと毎日幸せな食卓を囲めますですよ~」
のほほんとした、先ほどまで村人を殺しつくすことに尽力していたとは思えない笑顔で【暴食の使徒】トーナ・バークラーは語る。
彼女の頭にあるのはご飯のことのみ。それは使徒になる前からであり、しかし、使徒になった後はさらに極端になっていた。
倫理人道道徳。そのいずれよりも彼女は食欲を優先する。
「そ、そうですね……」
村での虐殺者としての顔との違いに騎士は戸惑いながらも、なんとか不機嫌にしないように返答するしかない。仮に不機嫌にさせてしまえば次に食べられるのは自分だ。
何しろ、すでに、部下である騎士は住人以上が彼女の栄養となっているのである。警戒するのも仕方がない。
「でもね、私思うのですよ。戦争が終わったらもうあのお肉が食べられないんじゃないかって。一応【傲慢】に許可をもらっているのは目的の人物を捕まえるまでに出会った人だけ。二人を捕まえたらまた私は暇なのです。おいしくないご飯が出てくるところに戻らなきゃいけないのです」
はぁ、とため息をつきながら今後を憂う少女。だが、騎士は「だからあなたを食べさせてほしいのです」と言われないか、という不安でいっぱいである。なにせ騎士たちは誰もが自分から志願したわけではない。犯罪人であったり、信仰者であったり様々だ。
しかし自分から食べられたいと願うものはいない。
「だからね、今のうちに食べておきたいのですよ。というわけで騎士さ……ん?」
「た、食べないでくだ……おや?」
危うく食べられそうになったその時、前方より伝令の騎士が現れた。
「報告いたします! ここより少し進んだところで野営をした痕跡が見られました! よってこれより騎士を動員してこの森を捜索する所存です」
「いいよ~好きにしてなのです~」
どうでもいい、と言わんばかりに報告を受け流す【暴食の使徒】。それに戸惑いながらも騎士は捜索に向かうため前方に戻っていくのであった。
「おいしいと思うんだよねぇ……。普通の人でもあんなにおいしいのに固有魔法持ちの体だもん……。これから食べられなくなるとしてもいいデザートになるよね」
繰り返す。少女の顔は幸せそのものであり、食欲しか、その心にはない。




