森の逃亡編 たどり着く村
正義の使徒の相手をワーリオプスに任せ、二人の少女はひたすら森を突き進むこと三日。ようやく休めそうな村を見つけて隠れ住んでいたのであった。
「なあ、ワーリオプスあらまだ連絡来ねえのか?」
「来ないね……。戦闘中だから私の声が聞こえないっぽい」
狭い屋根裏に、その家に住んでいた十人には無許可でこそこそと生活する二人。すでに正義の使徒と遭遇してから三日が過ぎ去っているが、戦闘は続いているせいかワーリオプスからの反応はない。
「あのおじさんでもすぐに勝てないってどんな化け物だよ……」
「ジギったら。おじさんなんて言ったら怒られるよ」
「じゃあ、おじいさんだ」
「もう、そんな屁理屈言って!」
現在魔王を統括する魔王は三人。剣のワーリオプス。拳のバミル。そして魔法のリナ。そのいずれもがそれぞれにおいて並外れた実力を持っている。
そして、孤児院の子供の中で唯一、ワーリオプスを呼ぶことが可能だったのが死体を操ることができるスノードロップであった。
死体を操ることができるその能力の延長で彼女は骸骨の騎士を魔力さえ蓄えれば召喚できるのだ。正直に言って孤児院の子供の中では最大戦力とすら言える。
「だってワーリオプスって何歳だよ。確か数百年生きてるだろあいつ」
「そうだね。七百歳とか言ってた気がするね」
「ほれ見ろ!! お? いいにおいがしてきたぜ。行くぞ」
「ほんとだ! いい匂いだね。この家に来てよかったよかった」
だが、その話はいったん終わり、二人の少女は屋根裏部屋から部屋に通じる木枠を開き室内に入る。
「だ、誰……だ……」
部屋の中にいた男性が突然屋根裏から落ちてきた二人の少女に目を丸くする……も次の瞬間には白目をむき、手足を痙攣させながら倒れてしまう。
「さってと、いっちょ上がり~。食べようぜ!」
「ねえ……毎回こんなことしてるけどこの人大丈夫なの……」
「あ? 俺様が丹念に作ったブツだぜ。数時間もしたら大丈夫大丈夫。ささ、この人の飯うまいんだから早く食べるぜ」
そう言ってジギタリスは男が座るはずだった椅子に座り料理に手を伸ばす。
「こら! ジギちゃん! 手で直接触ったらだめ! はい!」
そう言って手を伸ばしたジギタリスを制止してスノードロップはあるものを取り出す。
「げ……またそれかよ……」
「ジギちゃんの手よりは清潔だよ?」
彼女がポケットから取り出したのは骨。丁度何かを摘まむのに適していそうな形の骨を二本。白黒の髪を持つ少女は紫の髪を持つ少女に手渡した。
気味悪がりながらもジギタリスはそれを受け取る。そして、
「いただきます」
「いただきます」
ジギタリスはそのまま民家にあった椅子に座り、スノードロップは骨で椅子を作り、その住居のうう人が丹精込めてつくった料理をついばむのであった。
〇〇〇
「ふぅ~、腹いっぱいだぜ」
「この人のご飯おいしいよね」
お腹をさすりながら二人の少女は談笑する。すでに料理の皿は空。
「あ、記憶操作も忘れちゃだめだよ」
「あったり前だぜ」
そう言ってジギタリスは手で倒れている男の顔をおおう。
「よし、おわったぜ」
「はやいね~、効き目確認しなくて大丈夫?」
少しばかり不安そうにスノードロップは問うがジギタリスは全く心配そうにはしない。
「だから言ってるだろ。俺の調合はばっちりだって」
「でも正義の使徒さんにはきかなかったじゃない」
「あ、あれは……その……あいつが強かったんだよ! どうせ毒の耐性か、何かの加護を持ってたんだよ!」
とたんにしどろもどろになるジギタリス。あらゆる毒を使えるがそれが通じない相手にはめっぽう弱いのであった。
その時、
「おい、なんだあの集団」
「知らない鎧だわ……どこの国の人かしら」
そとから付近の住人の声が聞こえてくる。次第に大きくなるざわめきに二人の少女は何事かと様子をうかがう。
「鎧?」
「どこかの軍人さんかな?」
不思議に思って窓から様子をうかがう二人。ちょうど村の中央広場で数人の騎士風の男たちに囲まれた年端もいかない蒼髪の少女が演説を始めようとするところだった。
「この村に住んでいらっしゃる皆様~聞きたいことがありま~す」
「き、聞きたいこと?」
人の好さそうなおばあさんが戸惑いながらも聞き返します。
「そうです~! 実は二人組の女の子を探してるんですよ! 紫の髪の子と白黒の髪の子なのですよ~」
快活に、明るい笑顔でおばあさんの問いに答える少女。その声を、探し求めている風貌を聞いてジギタリスとスノードロップは焦る。
「ま、まさかあいつ!」
「逃げるよ! 間違いなく使徒だよ!」
部屋の床に魔法で穴を開け、二人は脱出の準備をする。ワーリオプスがいない中、そして正義の使徒の実力を見た彼女たちは相手の能力が分るまでは逃げに徹することに決めていた。
使徒の次の会話を聞くまでは。
「ん~。誰もしらないみたいだね」
「はっ、いかがされますか。使徒様」
ジギタリスもスノードロップも、人目にはつかないように家の中に侵入している。そのことを知っている住人は皆無だ。
隣に控えた騎士が少女に聞く。
「そうだね~」
少しばかり考え込む少女。その間にも、物々しい空気に包まれた騎士に対する恐怖や不信感が住人の中に蔓延していく。
「お、おい! お前ら何者なんだよ!」
村の勇気ある少年が声を上げる。今まで何も名乗らずだったので村の誰しもが同じことを考えていた。
だからそれを咎める者もいない。
村の中には。
「よし、まずあの子はひき肉でハンバーグね」
「御意」
「え?」
「は?」
「へ?」
村の住人も、その指さされた少年も、部屋の中でトンネルを作っていた孤児院姉妹も、だれもが耳を疑った。
次の瞬間、少年に槌をもった騎士が近づき、寸分たがわず振り下ろし、その少年を文字通りひき肉にした。
「あ、ああ……」
その嗚咽は誰のものだったのか、彼を知る友達の声か、彼の母親の声か、それとも騎士たちの様子をうかがっていたジギタリスたちのものか。
「よしきめた! 女の人は衣をつけて揚げるの! 男の人は肉がついてたらひき肉にして焼いて、ついてなかったら干し肉にするの!」
「御意」
騎士たちが返答し、そして、惨劇が始まった。
『暴食の使徒』トーナ・バークラー。
すでに十一の村を滅ぼしていたのであった。




