【幕間】とある少女と師匠の関係
「ふう、どきどきするわね」
「そうだな。でもこれが終わったらひと段落だ。そしたら●●●●●、旅行でも行かねえか?」
△年夏、ポルトガルの某市のある劇場、レンガ造りの趣あるその劇場に満員の観客がやってきた。とあるサーカス団を見に来たのだ。
「ええ。そのときは是非に。ところで旅行に行くならどこに連れて行ってくれるの? 私としてはそろそろあなたの故郷に連れて行ってほしいのだけれど」
「日本か、この公演が終わったら向こうは春だし……いいぞ。行くか」
その舞台裏で一組の男女が会話をしていた。
「えっ?」
「おい? どうしたんだ? ●●●●●、日本に行きたいっていったのはお前だろうに。どうして驚く?」
「だ、だって、今回もてっきりいけないかと思って……」
「ああ、日本に行くにしてもいい時期と悪い時期があってな。お前、熱いのも寒いのも苦手だろう? そうなったら春か秋しかないしそうなったら桜か紅葉が見れる頃に行かないとな」
「サクラに……コウヨウ?」
「おう、桜に紅葉だ。どっちもきれいでな。あれを見なかったら日本に行く価値が半分になると思ってもいい。幸いこの講演が終わるのは一週間後。ちょうど桜が見ごろだな」
「そ、そうなのね」
「●●●●●にはやっぱり日本のいいところを見せたいからな」
「そう……」
「●●●●●には俺の好きな日本を好きになってほしい。」
「そ、それって、プロポー……」
「やっぱり親なら自分の娘には好きになってもらいたいものだ。ん? 急に黙り込んでどうした? お前、まさか今日体調悪いのか?」
一瞬熱くなった肌を実感しながら、少女は首を振って話を逸らすのであった。
「いいえ。そんなことはないわ。少し考え事をしていたのよ。」
〇〇〇
「「「「「一週間の公演お疲れさまー」」」」」
公演が終わる。劇団の仲間たちが乾杯の音頭を上げ、少女もまた、ジュースを片手にその席に座る。
「お前もやっぱりすごいじゃねえか。さすがはあいつの弟子だな」
「いえ、私なんて師匠に比べたら……」
「おいおい、そんな謙遜よくないぞ。世界一の傀儡子め」
「でも、あれだってやっぱり師匠も出ていませんし……」
「ったく、頑固な嬢ちゃんだな。まあいいさ。一杯飲め」
ちゃっかりと酒を進めようとする先輩たち。だがそこに一人の男が割り込む。
「おい、爺! 俺の娘に何を進めてやがる」
「ふん、何を言うか。お嬢も飲みたそうにしておるぞ」
「だめだ。酒は20になってからだ。それまでは私が許しません」
「何を言ってやがるんだこの小僧。ここはポルトガル。飲酒は自由じゃろうに」
「だーかーら!! やめろって言ってるだろうが!!」
話が平行線になっていることをかんじた少女が間に割って入ります。
「おじさん。申し訳ないけどまた今度ね」
「ちっ、今日こそ飲ませられると思ったんだがな~」
「おら、分かっただろうが。とっとと向こうのテーブルに帰れ!」
しっしと、手で先輩にあたる人物を追いやると、男はふと思い出したように胸元をごそごそと漁り手紙を取り出しました。
「ところでお前あてに手紙が来てたぞ」
「えっ? 誰からかしら」
「あいつだよ。この前この劇団に入ってきたやつ」
「ああ、あの子ね。それにしても一体何の用かしら……」
「なんでも仲直りしたいんだとよ。喧嘩でもしたのか?」
その返事に一瞬きょとんとする少女。だが、次の瞬間その意味を理解すると男にぽかぽかとなぐりかかる。
「ちょっと! なに人の手紙を勝手に読んでるのよ」
「だって心配じゃないか。これが殺害予告とかならどうするんだ。お前が傷つくだろうが」
ひゅ~ひゅ~とならない口笛を吹きながら男は目をそらす。
「そんなのは相談に来た時に心配しなさい!」
「何かあったら大声で呼ぶんだぞ」
「もう、心配のしすぎよ」
「あら? 時間的にはもうすぐね。行ってくるわ」
「おう、気をつけてな」
〇〇〇
コンコンとノックの音が廊下に響く。少女は目的の部屋の前に立ち、中からの返事を待つ。
「はいって」
「で、ではお言葉に甘えて」
中から聞こえてきた女性の低い声にびくびくしながらも中に入る少女。
「どうぞ。おかけになって」
出迎えたのは同い年の少女だ。
「どうぞ」
「ど、どうもありがとう」
椅子に案内され、そのまま紅茶を出される。
「ふーん、怪しまずに飲むんだ……」
「何か言いましたか?」
少女が紅茶に口を付けたのをみて、出迎えた少女は小さなつぶやきをこぼした。
「いいえ。なんでもないわ。じゃあ、雑談でもしましょう」
「ねえ、どうして急に仲直りしましょうって言いだしたの?」
「さあ、どうしてだと思う?」
「逆に聞くけど今まで仲の悪かった奴が自発的に行動すると思う?」
なにか違和感を感じる少女。話は続きます。
「別に、おかしなことでは……ないんじゃない?」
「そう、ほんとにお花畑なのね。あなたの頭は」
「えっ」
〇〇〇
グサリという触感が手から伝わってきます。続けて痛覚もしっかり働き始めます。
たまらず私は叫び声をあげます。いや上げようとしましたがあまりの激痛に叫べません。
見ると彼女がナイフで私の右手首に深々と刺しているのです。
すでに彼女の手はナイフから離れていますがナイフは突き刺さったままです。
痛みのあまり私は椅子から転げ落ちました。
「ねえ、痛い? 痛いよね?」
声の方向を見ると彼女がまた新しいナイフを持った手を見せびらかしながら机を迂回して近づいてきます。
逃げなければまた刺されると考えて必死で這ってドアを目指します。しかしうまく体も動かせません。
「薬盛ってるのに動けるわけないでしょ。あんた気づくの遅すぎ」
上から馬乗りにされ持っていたナイフを今度は私の左手首に突き刺し床に固定します。
私は痛みに耐えながら、いや、実際には耐えられていませんが彼女に聞きます。
「な、なんで、なんでこんなことするの」
かすれた声で懸命に聞きます。
しかし彼女の返答はわけのわからないものでした。
「なぜって? あなたが嫌いだからよこの天才め。私がいくら努力しても努力してもあなたは私の少し上を行く。馬鹿にしてるの?あなたがいるせいで私は舞台に出られないしあなたのせいで誰からも応援されないしあなたのせいであの人にも見てもらえない」
「あ、のひと?」
「あなたの師匠よ。あの人はいつもあなたのことを見ているしいつもあなたのことしか考えていないわ。あなたがいるせいで私はあの人に近づけないしあなたがいるせいであの人は束縛されているのよ。だから私があの人を気泡してあげるのよ」
そして彼女は話し終わると今度はポケットから小さい折り畳み式のナイフを取り出しました。
そして床に固定されている私の左手を執拗に刺してきます。
「だから!!あんたにはいい人生をプレゼントするわ。【天才傀儡子】にふさわしい未来をね!!」
十数回ほど刺したでしょうか。飽きたのか今度は右手に集中し始めます。
もう痛みも感じません。出血のせいで意識ももうろうとしてきました。そしてようやくドアが開き人が流れ込んできました。
「やった。やったやったやったやったやったやったやったこれで私がこの劇団の」
「おい、取り押さえろ!」「馬鹿者! 早くナイフを取り上げろ!」「救急車はまだか」「道が混んでるらしい。俺たちで運ぶしかない!!」「おい急げ!傷が深いぞ」
〇〇〇
「ごめんな……遅れてごめんな」
〇〇〇
退院してから私が真っ先に向かったのは私の人形置き場でした。師匠が心配そうにしてついて来ようとしましたがお断りしました。
どれもおじさんが整備していてくれたらしくぴかぴかです。
私は順番に一体一体を見ていきます。
これは私が物心つく前に買ってくれたもの。いつも一緒にいましたし、最初の練習はこれでした。
これは劇団の団長さんが初めての公演の終わりの記念にくれたもの。きれいなお姫様のお人形で私のお気に入りです。
これは整備士の人たちがみんなで決して多いとは言えない給料からお金を出し合って買ってくれたもの。何の動物かは結局わかりませんでしたが尻尾と耳にとても愛嬌がありました。
ほかにもたくさんの人形があります。
師匠は毎年買ってくれましたし、お客さんからもらう時もありました。世界選手権で一番になった時の景品も人形でしたしその一番になったお祝いも人形でした。
中には自分で一から作ったものもあります。ちょっと恥ずかしいですが。
どれもこれもみんな大事で思い出が詰まった宝物です。
でも、もう私は演奏できません。
目から熱いものがこぼれます。
まだ師匠に追い付いていません。
まだ師匠に褒められてもいません。
それなのに……私にはもう……
今更言っても仕方がありませんね
私がここに来たのはあることをするためです。
ドアはもうふさぎました。
もうだれも入ってこれません。誰も邪魔しません。
外から師匠の声が聞こえますが気にしても仕方がありません。
ポケットに忍ばせていたナイフを苦労しながらも取り出します。指が使えないというのは不便ですね。
とりあえず床に置いて口にくわえます。
いえ、これでは力が入れにくいですね。
床に固定することにします。
刃を上にして柄の部分を床に(足と工具を使って無理やりつくって)あけた穴に差し込み固定します………できました。
その固定されたナイフを背に私は立ちます。見えるのはたくさんの私の人形(宝物)
これからは師匠にでも演奏してもらってね、と念を送ってみます。返事はありません。(当たり前です)
そしてわたしはゆっくりと背中から倒れこみます。
立ち位置はばっちりです
きちんと胸のあたりにナイフが来るようにしています。
「日本に行くんじゃなかったのか?」
最後に人形の口が動いた気がします。
そして
ズブリと刃が体の中に入ってきました。
○○○
「いやいやいや、困るからね!! あたしが困るのよ!! なに死んでるの!」
はて、目の前に見知らぬ少女がなにk吾騒いでいます。どうしたのでしょう?
「どうしたのでしょう、じゃないわ! なに自殺してくれちゃってる! もっと強く生きなさい」
この子は何を言って……
「もしかして神ですか?」
冗談でそんなことを言ってみます。
「もしかしなくても神よ! あんたたちのいう全能神とは違うけどね」
「神様でしたか……それは失礼しました。ところで私は死んだのですよね?」
「ばっちり死んでるよこのあんぽんたん!」
あんぽんたん……師匠が何か言ってた気がしますね……。
「全くなぜあそこで死を選んじゃうのかな。人形が操れなくなっちゃうだけだろう? おおっと悪かった、私が悪かったからそんなに睨まないでくれ。君にはいいお知らせがあるんだ。聞きたくはないのかい」
「実は地球の神様が行っているキャンペーンの一つでね不幸な死を迎えた人を異世界に転生させてあげようというものさ」
「そうさ、転生だ。すでに決定事項だよ。君も単語くらいはきいたことが……あれ? ないのかい? ふむ、毎日傀儡子として練習していたと……まあ、説明してあげよう。異世界、つまりは君たちの住んでいた地球以外の世界に生き返らせてあげようというものだ。
「まあ、詳しい話は君たちが知る必要はないよ。神様にも事情があるということを知っておいてくれ。それにまたあの人に会えるよ」
「勿論傀儡子としても生きていける。だが、二つだけ、転生する際には転生する先の神様と約束をするんだ。君の場合は私だね。この約束だけは君がどんな目にあっても守らなくちゃいけない」
「いや、これに関しては完璧に君たちのことを思ってのことだよ」
「説明するよりも約束はもう決まっているから聞聞いたほうが早いね。私と君の約束、それは【絶対に夢をあきらめないこと】もし君があの時夢をあきらめずに自殺しなかったら幸せになるルートだってあった。私はそれをこの転生で知ってほしい」
「もう一つに関してはまたおいおい連絡するよ。その時になったらまた協力してほしい」
「何も人生の夢というのは一つじゃないんだからね。生きていれば幸せになれるヒントもたくさんあるんだ」
「人の子よ。後ろばかり見てはいけません。しかし後ろを忘れてもいけません。過去を教訓にしなさい。そのうえで未来に生きるのです」
「強く生きるのです。人の子よ……。よし、これで完璧のはず」
「あ、神届物の話を忘れてた」
〇〇〇
「きこえますか? 思い人に先立たれ、自殺を選んだ哀れな人の子よ」
「あなたには彼女と同じ世界に行ってもらいます」
「あなたと私の約束は【彼女を見つけること】」
「できますね」
「では行ってらっしゃい」




