王国脱出編 限界
「そんな……」
プレアは愕然とした様子でその場にしりもちをつく。シュークはいまだにプレアの神届物が効いているのか動く様子はない。
その様子を察してか、アクアがプレアに言う。
「プレア。彼にかけた神届物を解いてあげて。ひとまずマドルガータに会わせましょう」
「え、ええ。そうね。【もう自由に動きなさい】」
ようやく自由を取り戻したシューク。だが、突然すぎて何が何だか分かっていない。どうしてここに連れてきたのかの説明もまだだし自分に対する警戒心がすでにプレアから感じられなかった。
「ではここからは私が案内する。プレアは休んで」
猫耳の少女アクアがシュークの案内を買って出る。
「お、おい。俺はまだお前たちを信用していな――」
瞬間、シュークが言葉を言い切る前に彼の首に二本の剣が突き付けられる。目にも止まらない速さでアクアが抜剣したのだ。
「安心してもらっていい。こちらもあなたを信用しているのはマドルガータ一人。プレアの神届物を解かせたのは必要がなくなったから」
ジャキリ、と剣と剣のこすれる音が森に響く。
「私がいればそれだけであなたは事足りる。そう言うこと」
〇〇〇
「マドル、入るよ」
「ええ、チェリシュは向こうのテントで寝ていますが――師匠!?」
張られていたテントのうち一つにアクアとシュークは入っていく。中にいたのはマドルガータ。治癒の魔法がかかったベッドで寝ていた。
だがシュークの姿を認めると急いで跳ね起き、目を丸くする。
「はい、連れてきた。あとは自分たちの問題でしょう。とっとと話し合っておいて」
それだけ言うとアクアはテントの外に出ていく。残されたのはマドルガータとシュークのみ。
「あ、あの……師匠はなんでここに……」
「知らん……俺だって連れてこられただけだ。あと師匠はいい加減やめろ」
「師匠は師匠ですから」
前世、地球においてマドルガータの前世は、このシューク・ドルストンの前世の子供のような存在であった。その思い出を、いくつか思い出せない点もあるがゆっくり振り返りながらマドルガータは言う。
「それは前世の話だ。この世界では俺たちは」
「そんな寂しいことを言わないでください。私は生まれ変わっても師匠を愛すると決めてるのです」
前世の弟子の態度を思い出す。父のように慕ってくれているとは思っていたが恋慕の情に関しては全く気付かなかったシューク。先ほどプレアに悪魔喰いの目的を聞かされもしやと思ってはいたが、やはり言葉にされると相応の衝撃がシュークを襲う。
「お前……まさかだが俺と引っ付くためだけにこの戦争に参加しているのか」
「はい。この世界、師匠が人として転生していることは神と会ったときに聞いていました。ですがこの体は、私のこの体は魔族のものです。人のものではありません」
「魔族?」
「はい。もっともエルフと人間の混血ですがね。しかし、人の国において魔族と人が結ばれることなんて言語道断。私の両親もワタシを捨てるしかなかったようです・なので王国側に師匠が見つかる前に私たちで保護しようとはしたのですが」
「見つけた時には俺が王国に仕えていたと」
やれやれという風に首をすくめるシューク。
「お前って昔からそうだ。何でもかんでも言うのが遅い」
「む……なんですか急に」
ふくれっ面でシュークに聞き返すマドルガータ。彼は続ける。
「お前が一言言ったらいつでも迎えに行ってやったのに、って言ってるんだよ。まったく、そんな理由でテロとか起こしてるんじゃないぞ」
「師匠……ありがたい言葉です。でも残念ですがそれはまた別の事情が……」
「おい……まだなにかあるのか」
つぎから次へと出てくる情報にシュークは驚きを通り越して呆れの感情を見せ始める。が、会話は続かなかった。
「テロ……おそらく王国襲撃の話でしょうけれどあれは――」
「きゃっ!」
マドルガータが続きを放そうとしたときにテントの外から短い悲鳴が聞こえる。同時に「止めなさい!」という怒号もだ。
「とりあえず見てくるが……ついてくるか?」
「はい、お願いします」
一人では動けないマドルにシュークは肩を貸しテントの外に様子を見に行った。
〇〇〇
すごい光景が広がっていた。
もう一つの張られていたテントの様子をみていたであろうプレア。その彼女がテントの入り口から離れた木にもたれかかって体を痛そうに抱えている。おそらくテントから吹き飛ばされたのであろう。
そしてテントの方を見てみれば先ほどシュークをテントまで案内したアクアが彼女よりも二回りは小さい少女を羽交い絞めにしていた。
暴れていたのはチェリシュ・ディベルテンテ。
「アクアァ! 離しなさい!」
「離したらプレアを脅迫すると予想する。看過できない。冷静になるべき」
「冷静になんて……なれるわけないでしょうが!」
だが、完全にアクアのほうが体格でも筋力でも優れているのか完全に抑え込まれている。
「一体何が……」
「チェリシュの姉さんが自分の神届物を改変しろってプレアさんに頼んだのさ」
「いや、あれって頼んだっていうか脅迫してた気が……」
呆然とするマドルに状況を教えてきたのはテイルとセーラ。だがそれだけではまだマドルガータに状況はわからない。
「神届物を改変……?」
「自分の神届物に実害を付けて欲しいそうよ」
呆れながらにセーラが補足で説明する。そしてそれでマドルガータはようやく合点がいった。
「ああ、なるほど」
チェリシュの神届物は【幽霊武器】。実態を持たず、それゆえすべての防具を貫き疑似的な傷を負わせるもの。そしてそれに付随する効果として相手を殺さないという神からの呪いともいえる魔法。
それをチェリシュは外したいと言っているのだ。
「マドルの姉さんは賛成かい? 反対かい?」
テイルから聞かれ少し考えるマドルガータ。しばし考えたのち口を開く。
「チェリシュが望んでいるならそうしてあげてもいいと思うけれど……あの様子だとプレアが反対しているのかしら?」
「そうね。代償がデカすぎるとかなんとか」
そう言っている間にもチェリシュはアクアの下で暴れようともがいている。が、腕力だけでは抑え込んでいるアクアには勝てないと判断したのか口を開く。
「神届物【幽霊武器・不殺の手榴弾】」
言った瞬間チェリシュの手に小型の手榴弾が現れる。慣れた手つきで右手の指先だけでピンを引き抜くと――
「させないと言っている」
アクアがチェリシュの手首を握り、あらぬ方向に投げさせた。
「ちっ! 神届――」
「くどい」
チェリシュが次の詠唱をする前にアクアは自分の服をちぎってアクアの口にかませ詠唱を妨害する。
ついに最後の手段である神届物まで封じられ少しおとなしくなるチェリシュ。これを好機ととらえたプレアが近づき説得を試みる。
「チェリシュちゃん、気持ちはわかるよ。サクラスもミネルヴァもヴァンも殺された。でもね、ここであなたまで死んだら駄目でしょう。あなたの神届物はもとから強力でね、改変したら間違いなく命を縮めるの」
「構わない。こんな世界なら生きていても仕方がない!」
だがそれでも、全く意見を変えるつもりが見られないチェリシュ。ほとほと困ったプレアは最後の手段に出る。
「悪魔喰いの皆に使いたくはないんだけどね。仕方ないか。対象、チェリシュ・ディベルテンテ。命令【大人しく――」
最後の手段、プレアの神届物による強制。これによって場を収めようとしたプレア達だったが
「いいんじゃないかしら。改変しても」
この場にいなかった最後の悪魔喰い。【悪魔の脳】を持つナイル・パウラムの声が小さな森の広場に響いた。
「ナイルちゃん!」
「プレア、落ち着きなさいな~。あなたが熱くなったところで彼女の気持ちが変わるとは思えないし、それにあなたこそ悪魔喰いに『命令』なんて使ったら寿命を縮めるわ~」
ナイルに正論を突かれ黙り込むプレア。まさしくナイルの言う通りチェリシュのような転生者に対してプレアが無理やり、本人の意思に反することをさせようとするならば、正義の使徒に対して片腕を失ったときのように相応の代償が必要となる。
プレアが黙ったのを確認して、ナイルはアクアに抑え込まれているチェリシュに近づく。
「ねえ、チェリシュ。いいかしら?」
「ふぁふぃよ」
口に布を加えさせられているためはっきりと発音できていないが「なによ」といっているのだろう。
「あなたにはやらねばいけないことがあるの。それまでは絶対に死なないって約束できる?」
膝をつき、小声でささやくようにしてチェリシュに声を届けるナイル。それを聞いたチェリシュは一瞬怪訝な顔をするがこくこくと頷く。
「そう、ならいいわ。プレア、やってあげて。もう彼女は決意を決めてるわ」
「わ、わかった……対象、チェリシュ・ディベルテンテの神届物、命令、『不殺』の排除、代償……」
「私の命」
布を振り払って、チェリシュは宣言した。
七章【我、戦乱の道を切り開く】完
次章【私たちは希望の道を諦めない】




