王国軍脱出編 【博愛】
【博愛の使徒】が一歩、悪魔喰いの三人に近づく。
そして悪魔喰いの三人は一歩後ろに下がる。だが、すぐ後ろにあるのは今出てきたばかりの牢。
「マドル、チェリシュを連れて逃げれるか?」
「それくらいならいけるわ」
「ちょっと?! 一人で相手をするつもり?」
サクラスの一言にマドルガータは同意、そしてチェリシュは慌てる。
「お前ら二人とも牢の影響で神届物を使えないだろう。それにアクアの報告通りなら節制の使徒やヴァン、ミネルヴァとも戦ったはずだ。今は戦いに参加せずに逃げろ」
「で、でもあなたは戦闘向きじゃないでしょう!」
だがチェリシュの叫びなどお構いなしにサクラスはマドルにチェリシュを渡す。人形を操るようにチェリシュを糸で接続するマドルガータ。
「チェリシュ、今私たちがいてもむしろ邪魔です。ろくに身体強化も使えないとあってはここにいない方がサクラスのためです」
「でも!」
「合図を出す。その隙に全力で逃げろ」
納得しない様子のチェリシュを無視してマドルガータにサクラスが指示を伝える。直後、
「相談はすみましたかね? いきますよ」
どこからともなく鎌を取り出した【博愛の使徒】。猛然と三人がいる方向に駆けてくる。
「土魔法【隆土帰砂】!」
サクラスが土魔法で周囲の土を隆起させ、そのすべてを砂にし、使徒に襲い掛からせる。
砂で襲い掛かっているのは使徒の視界を奪うため。その隙にマドルガータは糸でチェリシュを操作しながら全力で駆ける。
だが、
「逃がしませんよ!」
その逃走に気が付いた使徒は目標を逃げる二人に変更。砂嵐をものともせずに鎌を振り下ろしその命を刈らんとする。牢の魔法で衰弱した二人を殺すのは今ならば簡単だろう。
かくしてその鎌は振り下ろされた。
そして白い結界に阻まれた。
「おや、これは……」
困惑する【博愛の使徒】に後ろから声がかかる。
「番号鍵箱。俺が死ぬか、お前が死ぬか、それが起こらない限りこの結界は消えない」
声の主は当然サクラス。土の魔法で大剣を作り上げた彼はゆっくりと博愛の使徒に近づく。
「なるほど……一騎打ちをご所望なのですね。いいですねえいいですねえ。その高潔な精神。仲間を逃がすために自分が犠牲になるという姿! まさに神が愛するに足る!!」
「ふん、もう勝っているつもりか。争いは苦手だったんじゃないのか?」
喋る使徒にサクラスも言葉を返す。今彼がするべきは二人が来るまでの時間稼ぎだ。
「いえいえ。その通りですよ。私は戦闘に関しては弱い。使徒の中でも最弱でしょう。しかし勝つか負けるかで言えばだれにも負けません。負けないから勝つのです! なぜなら私は【博愛の使徒】だから!」
「そうか」
確かにサクラスの目からして敵は隙だらけであった。構えも適当であるし、先ほど鎌を振り回していたがそれもただ振り回されていただけのように思える。
流石に実力を隠しているだけだと思うがそれでも相手が油断しているのならば今が機会だと自分に言い聞かせ彼は突撃する。
勝てなさそうな相手であれば時間稼ぎをするしかないがそうでないなら速攻に限る。サクラスは【博愛の使徒】が瞬きをした瞬間に身体強化を自身に施し相手の後ろを取る。
そして手に持った大剣で首、両腕、両足、そして胴。合わせて六つの斬撃を浴びせ
「?!」
「だから言ったでしょう。私は負けないと」
ようとしたサクラスの斬撃は一撃目の首すらも斬ることはなかった。
だが、妨害されたわけでも【博愛の使徒】が避けたわけでもない。彼自身が首の、ほんの手前まで振り下ろされた大剣を止めたのだ。
慌てて飛びのくサクラス。【博愛の使徒】は緩慢にその様子を目で追う。
「はやいですねぇ。流石悪魔喰い。いつもならその動揺した瞬間にその命を愛してあげられるのですが……」
「なんだ……何が起こった……」
残念そうに、しかしのんびりと呟く使徒に対してサクラスの頭は混乱が渦巻いていた。そして使徒はその呟きに答えてくれる。
「いいでしょう。せっかくこのような私が絶対に勝てる状況を作ってくれたのです。特別に教えてあげましょう。私が神より賜った【神届物】は【人から攻撃されない】。私を狙った攻撃はすべて私を避けてくれるのです。まさしく神の寵愛を一番受けている神届物でしょう!」
「そういうことか」
歯ぎしりしながらサクラスは立ち上がる。だがすでに結界は張られた。逃がさないために解かれない結界を、解かれないために単純で強力な条件を設定されたこの結界はサクラスの意思では解けない。
「これは追いつけそうにないな……」
ため息をつきながら彼は逃げているはずのマドルガータとチェリシュに思いをはせるのであった。
〇〇〇
「マドル! おろしなさい! サクラスが!」
「だから行ったところで邪魔になるだけです! それに彼が番号鍵箱を使用したのは見たでしょう! ミネルヴァ以外であの結界に干渉できるのは悪魔喰いにはいません!」
「でも! でも!」
夜明けが近づく暗い森の中でチェリシュは泣き叫ぶ。だがマドルガータが自由を許さない。まさしく人形のごとくチェリシュを中に浮かべ戻らないようにしている。
「落ち着いてください。それに私だってこうしてあなたを運ぶのがい吾は精一杯なんです。じっとしていてください!」
「うぅ……サクラス……」
涙を流しながらチェリシュはサクラスの無事を祈るしかできなかった。
〇〇〇
「対象 この部屋! 命令【過重力】!」
プレアの声が響き渡ったその直後王国軍の本部の重力が数倍となる。
その場にいたのはシューク、【傲慢の使徒】、【希望の使徒】、そして羅みり愛アート国王のみ。王様を除き身体強化を施せば大した影響もなく動ける程度のプレアの攻撃。
だが、一人、その影響を深刻に受ける者がいた。
「これは……俺の人形を使わせないつもりか」
「貴方にはさんざん困らされたからね! これくらいの対策はさせてもらう!」
シューク・ドルストン。悪魔喰いに大して一度も負けていない青年。マドルガータの生前の師にして実力はさらに上。
戦いは相性の問題もあっただろうがその強さはやはりその精緻な人形の操作にあった。
相手の一挙手一動を見逃さずそのすべてに対して人形に仕掛けたギミックで対処する。
だからプレアはその長所を潰した。過重力下での精緻な糸の操作などできるはずがない。少なくとも慣れるまでにかなりの時間を要する。
「ですが、我々がいることを忘れてもらっては困りますね」
王の腰掛けていた椅子の向こうから一組の男女、【傲慢の使徒】と【希望の使徒】が出てくる。そしてそれに合わせて大量の足音も近づいてくる。
「くっくっく、私のお気に入りの駒たちだ。この程度の重力など気にも留めぬぞ」
【傲慢の使徒】の能力。触れた相手を魔道具のようなものを通して操作する。単純でありながらその数に制限もなく軍すらも作れるかもしれない。
ガタン、と扉を破壊して中に入ってくる兵士たち。使徒の言う通りその動きは多少鈍ってはいるものの過重力の場において大きな影響菜なさそうだ。
「うわぁ。まためんどくさそうな……。でもいいわ。それくらいやってあげましょうとも!」
迫りくる兵士たちの中白髪の少女がその集団に飛び込む。右手に持つのは一振りのナイフのみ。だがそのたった一本で的確に鎧の隙間から急所を狙っていく。
そして左腕は、というと鎧の兵士をつかんでそのまま投げ飛ばす。そしてそれだけにとどまらず兵士の剣を受け止め右手の攻撃の始点にもしていた。
「むぅ、なんだその腕は……」
「うん、やっぱりなじむね」
プレアの左腕。それは生身のものではない。正義の使徒と交戦した際に彼女は自分の腕を犠牲にして正義の使徒に神届物を使った。それゆえ左腕がない。
そして代わりにマドルガータに人形の腕を魔力で動くようにしてつけてもらったのだ。
「さあさあ! 暴れるよ!」
次から次へと部屋にやってくる兵士を倒しながら、使徒がチェリシュやマドルガータ、サクラスの方に行かないように少女は戦う。




