王国軍脱出編 使徒と悪魔喰い
「魔王軍、進撃を始めました! このまま行けば夜明けには激突します!」
「そうか、報告ご苦労であった。休んで良い」
時刻は夜。丁度ソルトが魔王城に向かってなげられ、シャル達が悪魔喰いの面々と対峙しているまさにその時、王国連合軍のその司令部で七カ国を纏めるラミリアアート王国国王が斥候からの連絡を受けていた。
だが、その表情はどこか虚ろ。目は焦点を結ばずに兵士が去った後もその場所を見続けている。
「さて、どうしますか? 傲慢」
「そのまま突き進めば良いでしょう。戦力を分散させている様子もない。ならばこのまま踏みつぶしてしまえば良い。戦力は異世界勇者のうち半分もいれば充分。なにせ私が操っているのだからな」
そして、その王の後ろで無遠慮にイスに座り飲み物を嗜む男女が二名。
傲慢の使徒ドグライト・バッケルセルト
希望の使徒マーレー・ハルピア
「傲慢ですわね。ですから私はあなた方が嫌いでしてよ」
「ふん、希望などと有りもしないものを騙るお前達の方がよほど醜悪だ」
お互いに敵意を隠そうともしない。確かに使徒は全員がある神の命令によって動く存在。だが、それでも大罪の名を冠する使徒と大徳の名を冠する使徒は基本的に仲が悪い。
争わないのはただ単に、目の前にいる鬱陶しい者を排除できるということ以外に利点がないからに過ぎない。
一触即発、闘いが起こる寸前善のところで両者がにらみ合っているとき、声と共に再度扉が開いた。
「失礼します。シューク・ドルストン。報告があって参りました」
「何用だ」
傲慢の使徒ドグライト・バッケルセルトは面倒くさそうにしながらも王を操り対応させる。
「はっ! 悪魔喰いの団員を二名捕らえ牢に繋いでおります」
「ほう……詳しく延べよ」
思ったより重要な情報に王は、そして後ろにいる使徒二人も興味を引かれた様子で耳を立てる。
「はっ! 先日節制の使徒様と戦闘になった悪魔喰いの二名を戦闘の後私が交戦。その後捕獲しました」
「節制の使徒と協力したのか?」
「いえ、私が駆けつけたときは既に外界からの干渉を受け付けない結界が張られており……既に手が出せない状態でした。勝負が決し、結界が解かれたところを私が交戦した次第です」
「そうか……では節制の使徒は死んだか?」
「はっ、死体も確認いたしました」
特に動揺することもなく王は応じる。後ろの二人も同じだ。
ちなみにだが今現在、使徒達は王を操ることでその立場を彼らに宣言させて各王の側近に近い立場でいる。
「わかった。ではその悪魔喰いのいる牢へ案内せよ」
「その前に一つお願いがあります」
傲慢の使徒の能力は触れた相手を意のままに操ること。そのために悪魔喰いの場所を聞き出そうとしたのだがシュークは顔を上げる。
「なんだ、申してみよ」
面倒くさそうにしながらも傲慢の使徒は王を動かして用件を聞く。
「ありがとうございます。お願いというのは私が捕まえた者を私の元に監視させて欲しいというものです」
「ふむ……それはつまりそやつらを殺すなということか?」
「はい」
「残念だがそれはできぬ。奴ら【悪魔喰い】は散々人を殺してきたのだ。今更罪を許すことはない」
「しかし……」
「だが、命だけは助けてやる。このの名にかけて。罪は償って貰うが他の方法で、だ。それで良いか?」
その代案にシュークは顔をほころばす。
「はい、ありがたき……」
その返事を聞き王の後ろに控えていた二人の使徒は嗤う。乗っ取り、人格を壊し、自分達の駒にする。それが罰だ、と。口には出さないが二人の考えは一致していた。
「それで、場所はどこだ」
「はっ、場所は」
「対象、この声が聞こえる者全員。命令、【黙れ】」
突如、上空から振ってきた声。それを聞いた瞬間シュークの口が止まる。まるで金縛りにでも遭ったかのように。
そして王と使徒は上を見る。全員が面倒くさそうに。
「悪魔喰い団員番号三! プレア・ダンスここに!」
〇〇〇
びちょん、びちょん、と水滴が落ちる音が響き渡る。
薄暗い牢屋の中二人の少女が拘束されていた。
「ねえ、マドル、なんであの人あんなに強いの?」
「何故と言われても……私の行動はすべて読まれていますしあなたの神届物は彼が操る人形に聞きませんからね」
「相性悪すぎでしょう……」
腕を拘束されているが壁にもたれかかる小柄な少女チェリシュ。
二人は節制の使徒、そして異世界勇者に操られたミネルヴァとヴァンを倒した。しかしその直後、突如現れたシューク・ドルストンに補足されたのち戦闘に発展。
そして、戦闘において、圧倒的な力を持つはずの悪魔喰い二人を終始圧倒したのはシュークであった。
「私の生前の師匠ですからねぇ。私の動きを読むことくらい容易いでしょう」
「私の神届物も人にしか聞かないしねぇ」
はぁ、と二人そろってため息をつく。せっかく使徒を倒したと思ったらすぐにこれである。しかも今自分たちがいる場所は間違いなく王国軍関係の牢屋。敵の本拠地の真っただ中である。いまだに使徒が自分たちを殺しに来ないことが不思議なくらいだ。
と、そこに。
「き、きさま!」
「な、何者だ!」
なにやら騒がしい音が入口の方から聞こえてくる。人が争うような音だ。
「この匂いは……サクラスね」
「早くて助かります」
悪魔の鼻を持つチェリシュが争いの原因を言い当てる。そして同じタイミングで入口が開く。
「チェリシュ、マドルガータ。とりあえず助けにきたが……動けるか?」
悪魔喰い、団員番号二。サクラス・トールが大剣を担いで牢の中にいる二人に問うのであった。
〇〇〇
「で、状況は!?」
「アクアが千里眼でお前たちの場所を補足。俺とプレアが救出に動いた。他のメンバーはソルトたちを足止めしに行った」
サクラスの肩に担がれたチェリシュが聞く。戦闘で身体強化を使いすぎたせいで自分では動けないのだった。
「私たちが別行動をとってからそんな状況になってましたか……で、軍同士はまだぶつかっていませんね?」
「ああ、まだだ。だから今のうちに俺たちは逃げる。リナさんもそうするように言ってきた」
「なるほど……」
なにやら考え込むチェリシュ。今までのこと、そしてこれからのことを考える。そして考えがまとまったのか顔を上げる。
「とりあえずここを逃げなきゃね。雑兵程度なら今の私達でも相手できるでしょうけれど使徒が出てきたらきついわ」
「ああ、だから直接お前たちを助けるのは俺の役目になった。俺の【悪魔の耳】にお前の【悪魔の鼻】があればまず敵と遭遇することは――」
「残念!! その考えは残念過ぎます!!! ああ! 神はなぜすべての人に愛を与えなかったのか!! なぜこうも私のように愛に満ちた人間ばかりでないのですか!!」
「な……」
「どうやって……」
牢を出てすぐの場所で奇妙な服装をした男が待ち構えていた。
だが、チェリシュの鼻もサクラスの耳も彼を認知していなかった。
「不思議そうにしています! ああ! かわいそうに! こんなこともわからない! ですがですがですが! 教えて差し上げましょう! なにせ私がつかさどるのは【博愛】! そんな愚かなものでも愛しておりますので!! ええ! 愛せますので!!」
「博愛の使徒……」
「まためんどくさそうね」
ぼそりと呟くチェリシュとマドルガータ。その声が聞こえていたのか相手は言う。
「めんどくさいだなんてそんなそんな! 私はそんなに強くありませんよ! ただ【相手から敵として見られない】だけ! いかなる警戒も無駄! いかなる神届物も無駄! いかなる決意も無駄! すべては神の愛の前には無に帰すのです!」




