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道に咲く華  作者: おの はるか
我、戦乱の道を切り開く
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ソルトの魔王城訪問 

「おちるウウウウ!」


 ジャヌに投げられて、ソルトは落下し始めていた。その落下地点、彼に確認する余裕はなかったが魔王の軍勢の中心地、簡単な魔王城(移動可能)が建っている場所であった。ジャヌは的確にソルトを、その龍の膂力を持って投げ飛ばしたといえる。


 ガゴン、と天井や壁を突き破りながらソルトは建物の中に入り、そしていくらか地面を滑ったところでようやく止まる。


「おや、そっから来たか」


 部屋にいた人物がソルトに声をかける。少し痛む体だったが、その声を聴いた瞬間ソルトは跳ね起きる。


「リ、リナ母様……」


 直接会うのは久しぶりだろう。孤児院をでて王都に向かってから、手紙のやり取りが多少あったものの、彼は育ての母である彼女に会っていない。


「全く、久しぶりだというのにその再会が天井からだとは思わなかったよ」

「リナ母様、聞きたいことが山ほどあるんだが」


 のんびりとした空気のリナ。ここが軍隊の真っただ中であることすら忘れてしまいそうなほどのんびりとした声であった。


「まあまあ、落ち着きなさい。戦うよりもまずはのんびり気を静めてね。そうしないとわかることもわからない」


 剣に手をかけながらソルトは問うているのに、リナは大して臆した様子もなく部下と思われる存在に声をかけお茶を持ってこさせる。


「リナ母様……」


 すっかり困った様子でソルトは用意された椅子と机を見やる。ここで座るべきか否か……



○○○


「つまり直接姉であるプレアに出会って自分の親がジャンやセナでないことを知ったと」

「そうだよ、そっから二人の家にいった。何か手掛かりがあるかもしれないと思ってな」


 ソルトは席に着き、準備されたお茶をのんびり飲みながらこれまでの経緯を説明していた。王都で悪魔喰いが戦いを起こして、王都を追われ、自分が幼少の頃に育った家に行き、魔王が死んだときの情報を得た、この一連の流れをリナにする。


「なるほどね、それで、君はこの戦いを止めようとしに来たのかな?」


 そして話は核心にいたる。


「そうだ。リナ母様。戦争なんてやめてくれ。人が死ぬ。魔族も死ぬ。だれも喜びやしないんだ。それに……神様の操り人形なんて嫌じゃないのか」

「ほほう、そこまで……」


 神様の操り人形。ソルトが孤児院でクルルシアに聞いた話の一つ。戦争は二人の神様の喧嘩のようなもの。悪魔喰いもなにもかもがその二人の手のひらの上で踊っているにすぎないということ。


「知ってたのか……?」

「勿論。実際に神にあった記憶のある私だ。その程度知っている。だが、それがどうした?」

「なんだって……?」


 リナの返事が理解できないソルト。彼女は続ける。


「それがどうした、と私は聞いているんだ。ここで私は神がいるかどうかの禅問答をするつもりはない。この戦争に集まった戦士は転生者の【悪魔喰い】も含めて全員が、己の使命を感じたうえで集い、武器を持っている。君だってそうだろう? 人が死ぬことをよしとしない、その心意気のために、戦争を止めるべく行動しているわけだ」


 すらすらと、神の操り人形になっていることを否定せずに、しかしそれでも自分たちの意思で戦いを起こしていることを主張するリナ。だが、ソルトはそれでは納得しない。


「でも! そんなの操られているだけじゃないか! 本当にリナ母様の意思で動いているのか?! 悪魔喰いも片方の神様の陣営を殺すために行動しているんじゃ――」

「言っていいことと悪いことがあるぞ。ソルト」


 リナの声……ではない。それはソルトの後ろから発せられた男の声。彼が振り返ると予想通りの人物がいつの間にか部屋の中にいた。


「バミル師匠……」


 鬼の魔族、全員が持つ二本の角、たくましい体格。それでいて気配を感じさせないたたずまい。まさしくソルトに体術を教えた鬼バミルそのものであった。


 彼は続ける。


「言っておくぞ。ソルトよ。悪魔喰いはなにも神の言うことを信じて行動しているわけではない。彼らはしっかりと自分の目的を見つめ真摯に行動している。誰一人として神の言いなりになっているものはいない」

「何を言って……それならなんで魔王を復活させようとしてるんだ。それにこの人と魔族の戦争だって意味が分からない。誰かに操られている風にしか見えない」

「ソルト、それは正解だよ。ただし操られているのは人の方だ」


 再び机の向こうのリナから声がかかる。


「どういうことだ?」

「単純なことだ。確かに今から起ころうとしている戦争は人と魔族のもの。まさしく状況としてはソルトの言う通り神の望んでいる状況かもしれない。だけど魔族の側にはきちんと理がある。益がある。しかし人の側にはそれがない」

「魔族には理があって人にはない……?」


 なおも理解できないソルト。リナは続ける。


「ガダバナートス、その集団に会ったことはあるな? セタリアを殺した一味だ」

「知ってる。王都でも会った」

「そいつらが今人側の最高司令官、言ってしまえば王族全員を支配してしまっている。人側はおそらく最後の一人になるまで突撃の命令が下され続けるだろう」


 支配する、という言葉にソルトは一番最初に出会った使徒、【傲慢の使徒】のことを思い出す。触れれば操られてしまう相手。ソルトではどうやって戦えばいいのかいまだにわからない。


「それじゃ、あいつらを倒すだけで……」

「それでもだめだ。この世界を平和にするにはそいつら全員の抹殺が必要最低限の条件ではある。だが、最低条件でしかない。他にもいろいろと清算しなえればいけないものが山ほどある。そしてそれをすべて片づけるのもこの戦争だ」

「おかしい……話が飛んでる! 他にも方法は……今からでも戦争を回避する方法だって」


「残念だがソルト。君は遅かった」


 必死に食い下がるソルトにリナは冷酷に言い放つ。バミルは黙ったままだ。


「遅かった? まだ軍はどっちも激突していないだろ!」

「いいや、遅かった。すでに私たち魔族側は九つあった部隊のうち二つを壊滅させられている。それにこちらは王国連合のうちの一つの国をつぶしている。もう後戻りできる段階じゃない」


〇〇〇


「どうしてそんなことを……」

「どうしてと言われてもね。やられっぱなしでは魔族は間違いなく穏健派と過激派に別れそこで戦争が起こる。そうなってしまっては間違いなく魔族に未来はない。その二つが不毛な話し合いをする前にことを進める必要だったから急いだんだよ」

「不毛って……」


 顔をしかめるソルトであったがリナは気にしない。


「不毛だよ。間違いなくね。どうせ話は平行線で進んで挙句の果ては殺し合いだ。その間に滅ぼされるところまで間違いない」

「だからやり返したっていうのか」

「そうだ。過激派を調子に乗らせるには最もいい手だ。もちろん虐殺したわけじゃない。パークストという国の軍隊がいるところに一人送り込んで倒せるだけ倒してこい、と言っただけだ」

「潰したっていうのはなんだ? 全滅させたのか? たった一人で?」


「悪魔喰いならその程度可能だ。もっともお互いに潰しあってからは様子見に入っているがね。これ以上相手に好きにさせないように……っとそろそろかな」

「今度はなんだ」

「ソルト、君はもう少し悪意以外の攻撃に慣れたほうがいい」

「?……っ?!」


 一瞬何をいっているのかわからないソルトであったが次の瞬間嫌でも理解することになった。


 体が動かないのだ。


「なん……だ……これは……」

「その呪いの中にあっても意識があるのは流石と言ってあげよう。君が知っているかどうか知らないが私の称号は占いが使える【占術師】と呪いを扱う【呪術師】だ。それに関する警戒をしなかった時点で君の負けだ」

「でも……悪意は……」

「安心しなさい、これは君のために私が考えた作戦だ。善意こそあれ悪意はない。ちょっと痛いかもしれないけどね」


 力が入らなくなりついには椅子から転げ落ちるソルト。地面に倒れ伏す彼にリナは手をかざす。


「開け、封印されし扉よ。今こそ再び魔王の力を世に示せ」


 瞬間、ソルトの体の奥の方から、なにかがかちりと外れる音とともに膨大な魔力がほとばしるのを彼は感じる。


 それと同時に体中が熱くなり、声も聞こえる。


「よぉ、今度は逃げられねえぜ」


 意識がなくなる前に自分自身の声が聞こえた気がした。


〇〇〇


「クスクスクス。これが次の魔王ですか。心配になりますね」


 倒れたソルトを見下ろす一人の女性。だがその姿は人ではない、背からは蜘蛛のような足が生えており目も複数ある。魔族の女性だ。


「ナターシャか。捕まえてきた異世界勇者たちはどうだい?」

「ええ、何の問題もありません。全員拘束したうえで牢に入れてあります。脱出することはできないでしょう」


 そこで言葉を切り、視線をソルトからバミル、そしてリナへと移す女性。


「クスクスクス。本当にあなた方は優しいですねぇ。彼が戦力で参加すれば魔族は安泰だというのに」

「彼は戦力としては優秀かもしれないがそれだけだ。それに善戦に出たらそれこそ真っ先に狙われる」

「言い訳しなくても結構ですよ。あなた方が彼をかわいがっていることは知っていますし魔族のこれからを思うならこれが最善でしょう」

「すまないね。ナターシャ」

「クスクス、いいですとも。もともと魔王の幹部であった母を復活させようとした私に手を貸してくれたのはあなた達です。今度は私が恩に報いましょう。しかし、予想外です。まさかワーリオプスが私よりも先に逝くとは……」


 骸骨の騎士の名を出しながら部屋にいる二人に問いかけるようにナターシャは言う。ワーリオプス。ソルトに剣を教え、孤児院にかかわる大人の一人。


 彼の姿はここにはない。


「早いか遅いかの違いでしかないよ。それに彼も子供を守れて満足だろう」


 リナは言う。


「その通りだ。俺たちはすでに運命を決めた。ワーリオプスもそれに従っただけのこと」


 バミルも口を開く。


「そうは言いますけどねぇ。あなた方、ソルト君たちの親のようなものなのでしょう? 何も言わずにいなくなったら悲しみますよ」

「いってどうにかなる話じゃないしね。それに不意打ちができるのは一回。できるうちに封印は解いておかなければいけなかったからね。次の機会があれば話してあげるさ」


 その時、窓から光が入ってくる。朝日だ。夜が明け、また新たな一日が始まる。


「さて、それじゃあ進もうか。私はソルトを適当な場所へ転送する。ナターシャは蜘蛛を通じて全部隊へ通達せよ」

「内容は?」


「全軍、進め。人の軍勢を一掃せよ」


 魔族の軍勢は進む。


 そしてその日から三日後、軍と軍の戦いが始まった。


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