戦争介入編 吸血鬼の勝利と龍の敗北
結界が消えた。
シャルとアジアンタム、そして悪魔喰いの二人を閉じ込めていた白い結界がまさに蜃気楼のように消えていく。
「やったね!」
「う、うん。やったけどその子死んでないよね?」
「え? 多分」
元気そうなのはアジアンタム。小柄な体だが少女の足を持って軽々とと引きずっている。
そしてそれを見て若干ひいているのはシャル。シャルの方は倒した悪魔喰いの少年を大事に抱えている。
「多分って……ちょっと、もう死にそうじゃない!」
引きずっているせいでシャルは気付くのが遅れたが引きずられている少女の胸には明らかに剣が貫通した傷があり今もなお血がこぼれている。
そのこと気付いたシャルは急いで駆け寄ると治療を開始するのであった。
〇〇〇
「ん……? いたっ!」
「セーラ、おきたかい?」
悪魔喰いの少女、セーラが目を覚ます。体を動かそうとした瞬間それを邪魔するかのように激痛が走る。
「テイ……ル……? 私たちどうなったの? 負けたの?」
「負けだね。見てごらん。周りの景色が見えるのがその証明だ。僕たちの番号鍵箱は消えた。つまりナイルは僕たちの負けを判定したわけだ」
「そっかぁ……」
残念そうにつぶやく少女。だが、自分の胸を見て驚く。
「ねえ、テイル。この傷の手当は誰がしたの? あなた?」
「いや、流石に僕じゃないよ。やってくれたのは――」
「あら、起きたの? やぱり転生人って体丈夫なのね」
「シャル・ミルノバッハ……」
セーラは憎々しげにその赤髪の少女の名前を呼ぶ。
「そんなに睨まないで頂戴。一応傷の手当てもしてあげたんだしね」
「くっ、何の目的があって私たちを助けた!」
「セーラ、やめよう」
敵意をあらわにするセーラ。しかし、その体は外見こそなんの拘束もされていないが動けば即座に様々な魔法が降りかかるようにシャルによって封じられていた。
それを案じて少年テイルは少女の言動をいさめるのであった。
だが、彼女は止まらない。
「いいじゃない! さんざん私たちの邪魔をしてるんだよ! こいつさえいなかったら今頃私たちは目標を達成できてた! マドルやプレアの願いもきっと――」
「セーラ、黙るんだ」
「……っ!」
先ほどよりも強く言葉を口にするテイル。少女の方もようやく口が滑った……とでもいうように顔をゆがめ、様子を窺うようにシャルの方へと目を向ける。
「わたしがいなかったらとかちょっと気になるけれど……別にいいわ。どうせ尋問したって答えてくれないでしょうし」
そのまま近くにあった岩に腰掛けるシャル。特に何をするといった様子もない。
「私があなた達を助けているのは取引に使うためよ。私の仲間があなた達の仲間と今も戦ってる。全員が負けるなんて思えないけどそれでもその可能性はある。その時に命だけでも助けてもらえるようにね」
視線の先ではそれぞれ【Ⅵ】、【Ⅳ】と書かれた白い結界が今もなお健在している。あの中ではいまだにジャヌ、ダンダリオン、ラディンがそれぞれ分かれて戦っているのだろう。
「シャルさあああん! ご飯できたよ~」
場を和ます声も聞こえてきたのであった。
〇〇〇
「なるほどね……今度は入れ替わってたわけ……」
「そゆこと、二回も幻惑に引っかかるとかあなたたち倒しやすくて助かるわ」
憎まれ口をたたきながら、思いのほかのんびりした空気に包まれて進む、まだ陽も登っていない時間のご飯。
もちろんテイルもセーラもシャルによって何重にも動きを封じる魔法がかかっている。敵対行動をとった時点で首が飛ぶ。なお、魔力はシャルがセーラから悪魔の魔力を奪って使用した。(二回目)
現在、先ほどの戦闘の解説をシャルが二人にしていたのであった。
「で、あなたたち、目的は何なの? 聖剣が目的なの? それとも他にも目的があるの?」
しかし、その雰囲気はシャルが本題の話を始めた瞬間終わる。敵対行動はとらないが悪魔喰いの二人から険悪な雰囲気がこぼれる。
「まあ、ね。でも私たちはあんまり情報を聞かされてないわ。全部知ってるのはナイルだけよ。目的こそあれ、その過程は私たちには知らされてない」
「そうだね、僕たちが今回聞かされているのは【君が持っている聖剣を奪取すること】、そして【君たちをここにくぎ付けにすること】。それだけだよ」
知っている限りの情報を彼らは話す。黙っていてもただ殺されるし、知っている情報も少ないので彼らに話すことに対する抵抗はない。
「なるほどねぇ。そんなに聖剣が大事なの? 確かに魔王を封印できたっていうくらいには強いらしいけど……」
「さてね。僕たちもそれを何に使うのかは知らない。一応それを破壊して魔王の体を全部集めれば復活するらしいけど……」
「けど?」
少年の口から妙な引っかかりを感じたシャル。少年は続ける。
「あ、そうか。君たち人の国から離れていたから知らないか。魔王の復活、その根幹となる胴が破壊された。もう魔王復活はかなわない。だからなんで今も聖剣にこだわるのかが僕にはわからない」
「魔王が……もう復活しない?」
〇〇〇
「やっぱり知らなかったか。それなら確かに、魔王復活を受け入れることができていないソルト君が聖剣を渡さないように頑張ってたわけだ」
「ちょ、ちょっとまって、魔王がもう復活しない? どういうことよ」
衝撃の情報にシャルは混乱する。聖剣はずっと悪魔喰いから狙わrえていた。そもそも、悪魔喰いが本格的に動き出した最初の事件、その時も彼らは聖剣を狙っており、ずっと行動目標として定められていたものと彼女は、そしてソルトも思っていた。
だが、そうではない、ということが明かされた。
「じゃ、じゃあどういうこと……悪魔喰いの行動目的はなんなの? 魔王の復活ではないの?」
「勿論それができたら楽だった、というだけの話さ。正義の使徒がやってくれてね。まあ、別に僕たちは世界平和が目的なわけでも魔族の平穏のために動いているわけでもない」
「じゃ、じゃあ!」
「残念だけど時間切れよ~。これは返すからその二人は返してくれるかしら~」
音もなく、金髪の少女が一組の男女を抱えてシャルの後ろに立っていた。現れたのはナイル・パウラム。悪魔の脳の持ち主。そして担がれていたのは――
「ダン!? それにラディンさん!?」
慌てて近寄ろうとしたアジアンタムだが、シャルに首根っこの服をつかまれて止まる。
「まって、タムちゃん。近づいちゃダメ」
「そうですよ~ すでに見えている相手に近づいていいことなんてありませんよ~」
キラリ、とアジアンタムの、まさに目と鼻の先が直線状に光る。一本二本ではない。無数に張り巡らされたそれは……
「い、糸?」
「正解ですよ~。人の体程度ならすんなりと切断できま~す。それに設置型ならあなたの固有魔法も反射してくれないんじゃないかしら~」
「くっ……」
自身の最大の武器である固有魔法、さらにはその弱点まで把握されていたことにアジアンタムはうめく。
「安心して、呑まれちゃだめ。あっちこそこっちに人質がいる以上手出しはできない」
「そうね~、人質がいると困るわ~。めんどくさいわ~。だから交換よ」
パチン、とナイルは指を鳴らす。すると次の瞬間にはナイルに抱えられていたダンダリオンはテイルに姿を変え、ラディンもまたセーラに変わる。
同時に、シャルのとなりにいたテイルとセーラもまた逆にダンダリオンとラディンになったのであった。
「今回はもういいわ。テイルもセーラも殺さないでくれた。だから見逃してあげるわ~」
「随分気前がいいわね、こっちはまだ戦え――」
「推奨。戦力差を把握するべき」
その新たな声にシャルは驚き振り返る。そこに立っていたのは四人目の悪魔喰い。アクア・パーラ
もとから四人いたことを知っているのでシャルがそこで驚いたわけではない。
「あなた……まさか龍に勝てたの……」
「肯定。安心していい。殺してはいない。いや、正確に言うと殺しきれてはいない」
裸の状態の刀を二本、腰に差す獣人の少女。息切れや疲れは見られない。
だが、その刀から滴る血が戦闘があったことをまざまざと教えてくれる。
「……どうする気?」
「いえ~? 別にどうも。このまま立ち去ってくれれば結構ですよ。ご安心を、ソルト君はあとで責任をもって届けるわ~」
「随分と気前がいいわね」
「勿論条件はあるわ~。これに従えないなら逃がさない。戦闘開始よ」
「条件って……?」
警戒心を上げ、二方向の敵に対応できるようにしながらシャルは問う。
「簡単よ~。聖剣を見せてくれればいいのよ~」




