戦争介入編 【君は私から逃げられない】
「何……あれ……」
アジアンタムを抱きしめるシャルの手に力が入る。アジアンタムも不安そうな顔でシャルを見上げる。
二人の眼前に迫るのは数えるのも馬鹿らしくなる数の光弾。いずれも魔力で作られたもの。泥の人形に動きを邪魔された悪魔喰いの少女はそれからずっと自身の魔力を光弾へと変換し、泥人形に打ち込んでいたのだろう。
そしてどういう原理なのか、泥で完全に止まったはずの光弾を一斉に動かし二人の少女目掛けて泥を突き破ったのだ。
四方、そして上空を白い結界に閉ざされた空間、逃げる場所などない。地面も土が見えているがおそらく無駄だろう。今から潜って逃げたところでその大地ごと削り取られるのがおちだ。
「シャルさん! どうしよう!」
「落ち着いて! まだ手は――」
視界を埋め尽くす光弾が地面に激突した。
〇〇〇
「セーラ、どう? 倒せたかな?」
少年が隣の少女に確認する。だが、問われた彼女は二丁拳銃をしまうことなく構えたまま首を振る。
「いや、まだだね。姿は確認できないけどまだ私の神届物が反応してる。油断しないでよね」
「分かってるよ。しかし姿が見えないとなると……」
「幻惑か、霧化か、はたまた僕たちが知らない方法なのか」
油断なく周囲を見回すテイル。槍を下段に構え、いつでも動けるように待機する。
「うーん……でもどうだろう。私の攻撃を弾いていた子も消えているし幻惑魔法の方が可能性としては高いかも」
「でもどちらにせよ、魔法を使うなら何かしらの前兆があるはず……!? 来るぞ!」
「やあああああ!」
大声をあげながら突撃するのはアジアンタム。小柄な体に身体強化を掛けながら走っているのか子供とは思えない速度で突撃してくる。
だが、いまさらその程度で驚く悪魔喰いはいない。
「セーラ」
「わかってる! 神届物【君は私から逃げられない】!」
高らかな宣誓とともに、溢れんばかりに銃口から放たれる魔力の光弾。そのどれもが一斉にアジアンタムの視界を埋め尽くす。
だが、彼女がすでに光弾を弾くすべを持っていることは悪魔喰いの二人ともが確認済み。そのままで済ますつもりはない。
魔力で作られた弾幕の後ろ、光弾が進む速さと同じ速度で彼女の固有魔法【魔転外装】を無効化できる術を持つテイルが槍を構えて突撃する。
ここで、確実に一人目を仕留めるために。
「吸血鬼の姿が見えないのは気がかりだけれど……一体どこかな?」
魔力弾を放ち終えたセーラは今度は周囲を警戒する。
すると、
「お。来たね。シャルさん」
誰もいないはずの場所、それもまだまだ距離のある場所に、セーラは銃を向ける。虚空にいる相手が息をのむのがセーラにはわかった。
「私の神届物はね、的に認定した相手を常に感知、補足できるの。さっきまでどうやって存在を消していたのかは知らないけど今みたいに姿が見えないだけじゃだめだね」
そして彼女は引き金を引く。今度は吸血鬼一人、丸々消し飛ばしてしまえるほどの魔力を込めて。
「どんな、防御の魔法を張っても無駄だね。あっちに反射の魔法を使える子はいるみたいだけどそれも固有魔法級だろ。いくら君でも使えない」
引き金にかける指に力を籠め、必殺の一撃を放つ。
「神届物【君は私から逃げられない】」
魔力で作られた光弾が銃から発射される。狙いは間違いなく、虚空にいる何者かを狙い定める。
じゃりっ、と足音がする。場所はもちろん、セーラが銃で狙った場所から。姿を隠していただけでやはりそこにいたのであった。
その存在はあきらめたのか、足音を隠すこともせずに走る。光弾を避けようとしたのか右に左にと動くが光弾もまた、それに合わせて右に左にと動くので意味はない。
そして、光弾と、足音がなる場所が重なり、
弾が弾かれて
「は?」
驚くのもつかの間。グサリ、と蛇腹剣がセーラの胸を貫いた。
〇〇〇
光弾を前面に、テイルは疾走する。自慢の悪魔の足で、一歩一歩加速をつけながら彼は疾走する。
光弾が目の前の少女アジアンタムに到達するまであと二秒。その時間が経てば光弾は弾かれて、いくつかはテイルのもとに飛んでくるであろう。
そして、【同じ系統の能力】を使えるテイルは、そのまま突撃して手に持つ槍で突き刺す。これで倒せる、というのがテイルの考えであった。
しかし、
「?」
時間が経っても光弾は反射されない。むしろ透かされているようにも見えた。
だが、もう敵は目前、考えるよりも先に体が動く。
「悪魔の足・全力開放」
槍で刺突、ではなく、投擲、さらにその槍に走って追いつき、悪魔の足で蹴り飛ばす。
もはや空間すら捻じ曲げんとする速度で飛来する槍。対象は目前、外すことは絶対にない。
そしてさらに神届物の効果も追加される。彼の持つ神届物は【折れぬ志】。自身の攻撃は妨害が入ったとしても目的を果たすまでは邪魔されないという特性を付与されるというものである。
今まで彼が使ったのは【シャルを吹き飛ばす】、【アジアンタムの攻撃を邪魔する】の二回。
今度はそれを【目前の敵を粉砕する】ために使う。
「はぁあああ!」
一閃。
槍は狙い通りに敵を粉砕する。
悲鳴を上げる暇もない。目の前の少女はなすすべなく消し飛ぶ。間違いなく、四肢は断裂し、血ははじけ飛び、髪の毛の一本に至るまでばらばらにされる。
吸血鬼のような再生能力を持っていなければ復活はできないほどの絶命に至らせる一撃。
「ん?」
確かな手ごたえをテイルは感じる。間違いなく、彼は目の前の少女を消し飛ばした。
だが、違和感が残る。孤児院の子供たちはいずれも危険人物として注意を受けていた。実際【魔転外装】なるすべての攻撃を弾くという埒外な能力をアジアンタムは所持していた。
だからこそ。無効化できるテイルがその相手を受け持ったのだが……
「どうも違和感が――」
「闇魔法【延回迷路】」
「?!」
反応するも……遅かった。
テイルの意識は深い闇の底へと落ちて行った。




