戦争介入編 戦場へ
「なあ、タム、これはどう思う?」
「ん? 私はこうやってかっ飛ばしていく方が好きだよ」
現在、ソルト、シャル、ラディン、ダンダリオン、アジアンタムの五人はクルルシアの使い魔である龍ジャヌに乗り次の目的地を目指すのであった。
はるか上空、雲の上を音速の速度で飛びながら。
ちなみにアジアンタムと同じ年であるエーデルワイスはクルルシアの方についていっている。
なぜクルルシア達がいないかというと彼女らは戦闘に参加できない子供たちを安全な場所へと運ぶためだ。
「しっかしソル兄、シャルさんと喧嘩でもしたの? さっきから目線すら合わせてないけど」
「いや……喧嘩はしてないんだけどちょっとな……」
察しがいい義妹アジアンタムの追及に言葉を濁しながら答えるソルト。ちなみに他の三人、シャル、ラディン、ダンダリオンは龍の背中に、アジアンタムとソルトは龍の頭に座っている。
シャルとラディンはダンダリオンの獣耳を堪能しているらしかった。
「いやさ、別に仲直りしろとか言わないよ? ソル兄がどうせなにかやったんだろうし」
「おい、ちょっとまて、俺そんな印象あるのか」
義妹の衝撃の言葉に驚くソルトだったが、何を馬鹿な、という表情のアジアンタムが言葉を続ける。
「だって、私たちの気持ち何にも知らないじゃん……」
「何のことだ?」
「なんでもな~い! それで? 私たちは今どこに向かっているの?」
「ああ、俺たちが今向かっているのは魔族と王国の戦力がぶつかる場所、クル姉の予測したのはガルメア平原だ。戦いが起きる前になんとか魔族を率いているはずのリナ母様を説得する」
あからさまに話題をそらしたアジアンタムだったがソルトはこれ以上墓穴を掘らないためにもそれに乗る。
「説得するってこと? でも魔族側は説得の可能性もあるけどさ、王国側とかどうするの? ソル兄底辺冒険者だし指名手配中だし」
そう、彼らが行おうとしているのは説得、戦争を回避するために、一人でも死者を減らすための行動を今夜開始するのであった。
そしてアジアンタムの懸念のとおり魔族側ならば彼らの育ての親であるリナや孤児院の子供を鍛えたバミルやワーリオプスなどソルトと面識のある人(?)員がいる。だが、王国側にそのようなつてはない。
もっとも、そのようなことは気にしていないソルトであった。
「そこは後から追いつくクル姉がやる手はずになってるよ。ちび共を預けてきたらそのまま飛んで追いつくらしい」
「なるほどねえ」
『おい、お主ら、そろそろ見えてくるぞ。迎撃が来ても大丈夫なように備えて置け』
と、そこに足元から『伝達』の魔法がソルトたちの頭に届く。見ると確かに遠くの方に陣を張っている軍団が見える。と言ってもまだまだ地平線にちらっと見える程度だが。
「よし、ジャヌ。とりあえず魔王軍の上空に行ってくれ。そこまで言ってくれればあとは俺一人で潜入する。ワーリオプスやバミルが襲ってこない限りは大丈夫だ」
自身に剣や体術を叩き込んできた師匠たちと遭遇しないことを祈りつつソルトはジャヌにそう伝えたのであった。
〇〇〇
「目標補足距離、およそ五十キロ。射程範囲内に敵対象を補足」
「セーラ。やるのかい?」
「やる。私たちに聖剣が必要なことに変わりはない。というかそれがないと魔王の復活は遠のく。リナさんたちに説得できる自信があるなら任せたけどないらしいし」
ソルトたちが見た軍団よりさらに手前。そこにいるのは二人の男女。
少女の方が手に持っていた銃を構える。
「悪魔喰い団員番号八、セーラ・アミルタ! 神届物【君は私から逃げられない】!」
高らかに名乗り、その銃口を夜の空に向けて自身の神届物を発動するのであった。
〇〇〇
最初に異変に気が付いたのはジャヌであった。
『おい、お主ら。衝撃に備えよ』
唐突に発された言葉はしかし、ソルトたちの警戒心を引き上げるには十分で……
そして直後、夥しい光の弾が前後左右上下、あらゆる方向から飛行するジャヌの体に襲い掛かってきた。一つ一つが人の大きさほどもある光弾が数十数百の群れを成して襲い掛かる。
「全てを断裂せよ。闇魔法【黒繭】!」
最初に動いたのはシャルだった。ジャヌの体すべてを覆うほどの黒い球体を作り、それでジャヌの体を包み込む。
彼女が使ったのは闇魔法の【黒繭】。シャルの使う魔法の中では寝ているときにすら使えるほどの熟練度を持っており、即座に使える防御系の魔法の一つである。
外界からの情報をすべて遮断する、が魔法の第一目標のため光が入ってこず内側は真っ暗となるがそれゆえ、その遮断能力は随一のものだ。
だが、
「ぐっ……だめ! 押し切られる!」
外から降り注ぐ光弾のすさまじい量に結界が悲鳴を上げる。事実、彼らは知ることはないが、本来黒い結界である【黒繭】が今外から見れば色とりどりの光弾に包まれており黒い部分などわずかも見えない。
「いや! 続けろ!」
だが、そこにソルトが魔法を重ね掛けする。
彼の固有魔法【英雄外装】。刀に使えば悪を切り裂き、決して刃こぼれせず、曲がらない。鎧に使えばたとえ布の部分であろうと使用者を守り切る。言ってしまえば武器防具を強化する魔法である。
いまだに一回につき一つの道具にしか使えないがその汎用性は先に挙げた通り、いや、それ以上に便利なのである。
例えば、今シャルの結界魔法【黒繭】を補強するといったように。
「も、持ち直したか?!」
「なに?! これ!?」
ダンダリオンは事態の急変に驚き、アジアンタムも頭にいては危険と判断し、背中に移動する。
「なんだこの攻撃は……威力で言ったらクル姉くらいは強いぞ!」
「ラディンさん! これがなにかわかる?」
「これは……」
ほっと息をついたのもつかの間、外界から襲い来る光弾をしのぎつつソルト、ラディン、シャルは状況の把握のため一番知識をもつラディンに問いかける。が、
「これは……ただ魔力を固めて飛ばしているだけです」
「は?!」
「いや、それはそれで驚きだけどいったいどこから?!」
驚いたのはシャル。さらなる疑問が出てきたのはソルト。それぞれ当然ではある。
シャルは魔法を得意としている。そのため魔力の使い方に関してはこの場の誰よりも(もちろんラディンは除く)詳しい。
そして彼女が驚いたのは【魔力を固めて飛ばす】というところだ。魔力というものは体内に保管されている燃料のようなものだ。そして火や水という属性があるのはそれぞれの保管する魔力にあった属性の魔法を使えばそれだけ変換効率も良くなり、魔法の威力も燃費もよくなる。
だが、無属性の魔法は違う。身体強化であればそこまで魔力を消耗しないがそれは大概に魔力を放出しないからだ。幻惑の魔法なども実体がない魔法であってもかなり魔力を消費する。
そしてだ。今回の光弾に関しては燃費の面でいえば最悪のひとことだ。魔力を実体を持つまで凝縮するとなると普通の人間であればそれだけで蒸発するほどの魔力量が必要となる。
当然利点もある。今回の魔力弾であればただ固めて発射するだけのため、一つ一つの魔法の準備時間が極端に速い。属性の魔法であれば魔法陣を作ったり、それぞれの属性の魔法により特化したものに変換したりしないといけないのだがその時間がないのだ。
もちろんそんな一秒にも満たない時間を短縮するために馬鹿みたいに魔力を使う人間はいないが。
そしてソルトが驚いたのはそれが魔力を飛ばして攻撃を受けた、ということだ。さらに言うならばシャルも、龍であるジャヌも感知には優れている。一山二山の距離であれば狙撃であろうと気が付けるはずであった。
しかし、この攻撃は明らかに敵意を持っているにもかかわらず彼らの誰にも直前まで感知できなかったのだ。どうやって、という疑問が彼の頭に残る。
「しかたない……ジャヌさん! いったん降りて! 地上に降りたら接地式の防御結界に切り替える!」
シャルが下した判断は不時着であった。飛行さえやめてしまえば墜落という危険もなくなるうえ結界などの精緻な魔法もジャヌがしようできる、という判断だったが……
〇〇〇
「よしよし、降りてきたね」
黄の短髪を手で払いながら少女は落下していく目標を確認する。
「計画通り?」
隣にいたのは長身の女性。猫の耳としっぽがふるふると風に揺れているのが特徴で、ナイル、と呼びながら隣の少女に確認をする。
「そうね~。というわけで次は私の番ね~。アクアも、上空の二人も準備はいいわよね~?」
黄色の髪の少女は両手で持っていた武器――黒い金属のような輪に刀が生えたような物体――が回転を始めた。
「さあ、いくわよ~」
【悪魔の脳】を持つ悪魔喰いの団員、ナイル・パウラムの神届物が発動する。




