孤児院結集編 最後の来客
「ねえねえ、クル姉様元気になった?」
「僕もそれ思った」
「そのほうがクルルシア姉さまっぽくていいわ」
がやがやと食堂に集まった小さな子供たちが口々に話し合う。
『皆いるね。今日はこれからのことを話したいと思うがまずは謝せておくれ。ほんとうに迷惑をかけた』
そう言って誕生席の位置に立ったクルルシアが頭を下げる。驚く子供たちだがその顔を見て安堵を浮かべる。
まるでどこか憑き物が落ちたような、見ていて安心できる表情であった。
『セタリアの死はもちろん悲しい。今も心は痛む。だけど私たちは止まっている時間がないのもまた事実だ』
子供たちは黙って聞く。実際シャルの使い魔によって、すでに外の世界では戦争にむけて動きが進んでいるという情報がもたらされていた。
そしてクルルシアが立ち直る間に、他の子どもたちも各々でセタリアの死を受け入れていた。さんざん泣いた子もいれば作った墓に花を添えて別れを告げる子もいた。
『だから、私たちは動くよ。あの子のためにも私は、止まっていることはできない』
「じゃあどうするの?」
エーデルワイスが問う。
『まず、だ。今回の襲撃でも相手が私たちを補足するすべを持っている可能性、最低でもこの孤児院の場所は知られている。だから、これから私が同行を許すのは今から言う者だけだ。それ以外は私の知る限り最も安全な場所でかくまわせてもらう』
その言葉に「ええ!」と幼い子供たちは文句をいうが年長組の子供たちは当り前という顔であった。こうして全員で集まる前にクルルシア、ソルト、シャルで話し合って決めた内容である。
「最も安全な場所? ここ以上に?」
『ああ、それに関してはまた教えよう。まず先に同行する者を伝える。まずソルト。それにシャルちゃん。ダンダリオン。アジアンタム。エーデルワイス。以上だ』
その声に対して幼い子供たちも納得の表情を浮かべる。名前が出た兄姉は孤児院の外に普段からでてもいいという許可を孤児院の管理者であり母でもあるリナからもらっている者たちだった。
『ありがとう。それじゃあもう少し待ってくれ。それから皆を安全な場所に連れて行く』
「待つ? 今からすぐに移動するんじゃないのか?」
ソルトが、聞いていなかった予定に驚く。
「ああ。大丈夫。もう来るさ」
「来る?」
その時だった。孤児院の玄関の扉が開き、
「久しぶりです! ソルトさん、クルルシアさん。知恵の使徒ラディン。参りました!」
知恵の使徒。星形の矢じりのついた槍を肩に携える少女。その名乗りにクルルシア以外の孤児院の子供たちは一斉に戦闘態勢に入る。だが、ラディンと一度だけ接点のあるソルトだけはその邂逅を思い出し質問をした。
「ラディン……さん?」
「はい! ラディンです。この度ソルトさん、クルルシアさんの力になるべく参りました」
改めて名乗りを上げるラディン。ソルトの耳元にシャルが小声で聞く。
「ねえ、ソルト。あの人知り合い?」
「あ、ああ。一応。だけど前は使徒なんかじゃなくて普通の人だったはずだ……」
戸惑いを隠せないソルトたち。この間も子供たちは混乱したままだ。
「ええと……あれ? クルルシアさんから何も聞いてない感じですか?」
そしてラディンもまた、孤児院の子供たちから向けられる敵意に戸惑っているのであった。
〇〇〇
「と、まあ、なんやかんやあり、私は知恵の使徒になりました。ほんとだったら村の皆の葬儀も【憤怒】の使徒が死んだ後にやりたかったのですが……」
「【堅固】の使徒に追いかけられたと……それであいつら孤児院にも来たのか」
ラディンの状況をききながら、気絶した異世界勇者たちを連れて退却していった【堅固】の使徒をソルトたちは思い出す。車いすに乗った少女とそれに付き添う少年を。
『そしてこの孤児院にやってくる最中に私が回復。まあ昨日の夜のことだが。そしてちょうどそのタイミングで私の魔法、【伝達】が届く範囲に来たわけだ』
「そこから私の情報は伝えていたはずなのですが……」
『ごめんね、私もそれどころじゃなくてね』
あはは、と心の声で笑うクルルシア。すでに涙の後は消えているが夜の間ずっと泣いていたのだ。まだ本調子ではない。
「いえ、それに私の方こそ急に押しかけてごめんなさい。少しでも役に立てるのでは……と思ったらいてもたってもいられず……」
「いや、十分だよ。ありがとう。その気持ちだけでうれしい」
謝るラディンにソルトが言葉をかける。また、事情を理解したのち子供たちも警戒を解く。武器を収めたり、もといた席に戻ったり、と様々だ。
『そしてだ。まずは戦闘に参加しない子らを移送する。そしてそのあとにジギタリス、スノードロップの回収。同時に戦争の、その戦闘が始まるのを一日でも遅延させる。これが当分の私たちの行動になる』
そして、クルルシアは号令を出す。
『皆、みじめでもなんでもいい。雑草のごとく生き残れ! 勝たなくていい! 負けるな! 生き残ることが私たちの勝利条件だ!』
〇〇〇
「ねえ、ソルト。あなた何をしたの?」
「ん? どうかしたのか?」
子供たちに向けた説明が終わったのち残っていたソルトにシャルは声をかけた。どこか確信めいた口調で。
「誤魔化さないっでちょうだい。クルルシアさん、随分空気が変わっていたけれど?」
「何をっていわれてもな。俺は別に」
「嘘つき」
突如、空いていた間合いをシャルは一気に詰め、ソルトの眼前に現れる。何かの魔法か、ソルトは身動きができない。
「シャルっ?! 何を――」
チュッと、静かな部屋に音が響く。一瞬だけだが、シャルの唇がソルトの唇に触れたのだ。
「お仕置き。ソルトの嘘ってわかりやすいのよ」
「な……な……」
「大丈夫よ。別に私は人間じゃないし気にしないわ。クルルシアさんもあって精々独占欲でしょう。あの人が人並みの常識に縛られてるとは思えないわ。全部あなたの気持ち次第よ」
「何を言って……」
「じゃあね。私はもう寝るわ」
そしてソルトの質問には答えずシャルは部屋を出ていくのであった。




