孤児院結集編 雷龍からの招待
「そらぁ!」
幾筋にもなって襲い来る雷をソルトは直感で避け、そして手に持つ武器で弾き飛ばす。
自然の雷ではないとはいえ、今ソルトを襲っている雷もかなりの速度であり、同時に複数襲ってくるのだ。一つ一つに意識を飛ばして目で追っていてはとてもではないが進めない。
だが、当然そんなことをしていれば雷は当たる。所詮直感は直感。外れることもある。
「ぐぅ」
今もまた、膝に鋭い雷が突き刺さり、彼はうめく。だが、今彼はとにかく急がねばならなかった。
一つ目の理由。時間をかければかけるほど、当然のことながらソルトの体力は落ちる。そうなればますます雷の発生源であろうクルルシアに近づくのは困難になる。
二つ目制限時間の存在。エーデルワイスの児湯魔法を通じての連絡によるとブバルディアの固有魔法【夢世界】の効果によりソルトがこのクルルシアの精神世界にいられる時間は現実世界において一時間。
だが、この世界と現実世界において時間の流れが等しくあいという可能性も考慮していた。先ほど話したエーデルワイスとの会話が問題なかったためそこまでずれてはいないのだろうが。
「しかしこれ……あとどれくらいでたどり……うん?」
先が雷で見えなくなりつつある状況でソルトが踏み出し、ぼやいた時であった。雷の壁が人ひとり分通れるくらいの穴があいたのだ。
まるで彼を誘っているかのように。
行くしかない、と彼は腹をくくり、その道を行くのであった。
〇〇〇
「来たか」
厳かな声が響く。ソルトが数回だけしか聞いたことのない声だ。
雷の道を抜け、幕にひらいた穴から内部に侵入するソルト。彼を出迎えたのは一人の少女であった。
「く、クル姉?」
外見はクルルシアそのもの。ソルトは目の前に立つ人物に問いかける……が、クルルシアは喋らない。喋れない。当然答えは違った。
「この姿は初めてであったか? 吾はジャヌ・パレード。クルルシアに飼われている雷竜じゃ」
クルルシアと同じ長い黒髪。だがそこからバチバチと電気を放電しながら彼女、ジャヌ・パレードは名乗った。
「すまぬな。吾だけで起こせるかと思ったんじゃがどうもそうはいかぬらしくてな」
「どういう……ことで」
「あれじゃ」
ジャヌの指さす方向。そこにいたのはうつろな目をした少女が椅子の上でうずくまる。ソルトは確信する。彼女がクルルシアであると。
「なにがあったんですか」
「自分で自分に封印の魔法をかけておる」
呆れたように両手を広げるジャヌ。だがソルトは納得しない。
「それならジャヌさんが解けばいいのでは?」
「吾の能力ごと封印したんじゃ。吾は今。魔法の一切を使えぬ。だから救援も呼べんかった」
やれやれ、とでもいうように肩をすくめるジャヌ。そしてもう一度ソルトに向き直る。
「さて、おそらく魔法はお主なら問題はなかろう」
「わかりました。ならすぐにでも」
魔力でできた刀を構え、クルルシアを呪う魔法だけを切るように準備する、が、
「まて」
「え?」
その刀の刃の部分をジャヌの人差し指と親指によって押さえつけられる。いくらソルトが動かそうとしてもびくともしない。まさしく龍の膂力であった。
「ジャヌ……さん?」
「ジャヌでよい、という話は置いといてだな。いいのか?」
「いいのか、とはどういうことですか? 今は時間がないんです。とっとと解決して」
「クルルシアのやつ、壊れるぞ」
「!」
ぞくり、とソルトの背筋に悪寒が走る。
「あいつの家族に対する執着はしっておろう。特に妹弟であるお前たちはあいつにとっての最優先の保護対象であり、もっとも愛すべき宝じゃ。少々行き過ぎてはおるがな」
「保護……」
構えていた刀をソルトは降ろす。集中が解けたのか、刀を構成する魔力も分散し崩れていく。
「そうであろう? 吾はクルルシアの中からずっと見ておった。人間の営みに家族関係、どれも興味深いものだったな。龍は基本巫女としか人間とは接点がない」
「巫女?」
「だから吾は飛び出したのだが……それはそれだ。今は関係ない。ソルトや。気づいておるのに気づいておらぬふりをするのはお前のよくない癖じゃ」
問い詰めるようにジャヌの双眸が、クルルシアの紫の瞳とはまた違う黄金の瞳がソルトの顔を覗き込む。
「お主の前の家族……言い方が悪いかもしれんが許せ。プレアにセナ、ジャン、だったか。人間の名前を覚えるのは苦手でな。あっているようならよかった。で、お主、いつから血がつながっていないと思っていた?」
「いつからって……」
「気づいておったよな? 血が繋がっておらぬことに、本当の家族でないことに。それはいつからじゃ? 王都で、プレアと対峙した時か? 違うな。では孤児院で勉学にいそしんだ時か? 遺伝とやらを習っておったな。髪色が違うということに違和感を感じたのはその時か?」
「それが今どう関係あるんで――」
「誤魔化すなよ」
少女が、龍が凄む。
「誤魔化すな。人の子よ。それがお主の欠点じゃ。見て見ぬふりをするな。真に救いを求めるものに救いを与えよ」
「【勇者】の助けを求める声が聞こえるってやつのことか? それなら今までだって助けれる分は全部」
「じゃあ、これはなんじゃ」
「っ……」
ソルトは言葉に詰まる。ジャヌが指さしたのは動かないクルルシア。
「どうした? 人の子よ。クルルシアの愛する弟よ。我はまだ具体的なことは何も言っておらぬが……思い当たる節でもあったか?」
だまったソルトにジャヌが畳みかける。
「お主のその魔法、というより特性か? 困ったもの、助けを求める者の声が聞こえる、だったか。それの細かい定義の確認も孤児院でリナにやらされたな?」
「……」
「その時、その時点で困難に直面する者、困難な事態が目の前にある者、そのものが助けを心で望んだ場合、その声はお主に届く。助けられる範囲にいれば、という条件付きで」
「……」
ソルトは黙ったままだ。
「だんまりということは正しいということでよいな。次に行こう。ではこやつの話をしよう」
ジャヌがクルルシアを見据える。
「孤児院で一回、そして王都で一回。こやつは暴走した。己に潜む闇があふれ出た。知っておるよな。
知らぬとは言わさぬ。何が原因かも知っておるよな? これも知らぬとは言わさぬぞ」
「ぐ……」
ソルトの首元の服をつかみ、そのまま首を絞めんと言わんばかりの勢いで持ち上げる。
「吾は問う。何故お主はクルルシアを救っていない? それを答えぬ限り吾はお主が、クルルシアに触れることを許さぬ」
〇〇〇
「別に吾は今まで助けなかったことに怒っているわけではない。クルルシアから救いを求めていなかったことは事実である。吾が保証しよう。だが、お主の考えがわからぬ。クルルシアはお主たち家族の思考を深くまで探ることはしなかったからな。だから……」
そこで掴んでいた腕を離す。床に落下するソルト。精神世界であるため呼吸も酸素も関係ないがはずだが、その体は力なく落下する。
「だからわからぬ。お主がこやつのことを姉のごとく慕っておるのも知っておる。こやつの過保護に愛想を尽かせずに付き合ってくれていることには感謝しよう。だがわからぬ。なぜお主はこやつを助けない」
「……」
「黙っていてはわからぬ。吾はそこまで気が長くない」
「がっ?!」
いうが早いか、行動するのが早いか、ジャヌの足がソルトを蹴り抜く。壁まで一直線に吹き飛び激突するソルト。
だが意識を失うことはない。加減をしたのか、それともここが精神世界だからか。
「答えよ」
悪意なく、善意もなく、淡々と質問が投げつけられる。
「………よ」
ぼそりと、ソルトの口が動き、音を発する。
「なんじゃ? 今吾は伝達の魔法が使えぬ。もっと大きな声でないと聞こえぬ」
煽るように、ジャヌはソルトに声をかける。
「わからねえんだよ!!」
次に響いた彼の声はそんなものだった。




