孤児院結集編 固有魔法【ユメセカイ】
ブバルディアの固有魔法【夢世界】。
術者が任意の人物を指定し、その人物の精神の中にまた別の任意の人物の精神を送り込む。
代償は術者の魔力のみ。
しかし失敗した場合は送り込んだ精神が帰ってこない。
「ん……ここは……?!」
そしてさきほどまでクルルシアの寝室にいたはずのソルトは見知らぬ場所で目を覚ます。
視界は一変していた。そばにブバルディアもエーデルワイスもおらず、クルルシアの姿もない。目の前に移るのは……
「なんだこれ……。、まさか、これがクル姉の心の中か……」
真っ黒な暗闇と轟轟と荒れ狂う雷雲が視界一杯に広がっていた。視界を保っているのは雷が光源として機能しているからにほかならない。
天から、地から、夥しい数の雷がうねり、轟き、そして、それが不意に来訪者であるソルトに襲い掛かる。
「おっと!」
とっさに体を後退させ、その脅威から逃れるソルト。床のようなものは視認できないがどうやら普通に移動できるらしい。
雷が追いかけてくるがそのことごとくをうまく回避する。雷撃はクルルシアの最も得意としていた魔法の一つ。よく見慣れたそれを回避するのは彼にとって容易い。
そして雷撃は、ソルトが一定のところまで後退した時に唐突に止まった。
「攻撃が止まった……。てことはやっぱりあの中か」
雷が飛んできた方向を見据えソルトは嘆息する。雷が渦巻いており中心は見えない。雷が幕のように視界を遮っている部分があるのだ。雷はそこを中心に密度が濃くなっており、そこからはなれたソルトに追撃は来なかったのだろう。
「突っ切るしかねえか」
魔力で刀を模して作り二、三度振って感覚を確かめる。今ソルトの持ち物は部屋にいたときに着ていた服のみのため、武器はこのように作らないといけないのだ。
そして彼は身体強化を自身に使い、駆け出した。
荒れ狂いながら襲ってくる雷をソルトは一つ一つ冷静に、魔力で構成した刀で弾いていく。そして一歩、また一歩と進むたびにその雷も数を増す。
「ちっ、奥義【骨断】」
数本の雷がまとめて襲い掛かってきたのをソルトはまとめて薙ぎ払う。だが、距離はまだ三分の一ほど。いまだに直撃は食らっていないがここから先はさらに雷が数を増す。
「腹くくるか……」
持っている剣を握り直しつつ、慌ただしく雷を迎撃する、ソルトはまた一歩歩を進めた時、
『返事をしてください、兄さま!』
〇〇〇
「ディア?」
「だ、だってぇ……」
残された部屋、エーデルワイスが、クルルシアとソルトの体を一瞥したのち、少女の愛称を呼ぶ。
現在この部屋にいるのは四人。しかし二人は意識がない。
ベッドに寝ているクルルシアに、それに寄り添うように、隣に置かれた椅子に座っているソルト。彼の意識はディアの魔法によりクルルシアの精神世界の中だ。
そして部屋に入ってきた少女エーデルワイスはブバルディアに向き直る。
「ディア、私、あれほど頼んだよね? あなたの口から使えないってことを説明するようにって。それなのにどういうこと?」
「だって……にいさまがぜったいにかえってくるって……。いったんだもん」
「言ったからってそれはなんの保障にもならないよ! 帰ってこなかったらそうするつもりなの? リアお姉ちゃんは死んじゃったし、クルルシア姉さまもソルト兄さまも動けなくなったら私たちは終わりなんだよ? 今すぐにでもジギちゃんやスノーを連れ戻さないといけないっていうのに」
「だって! くるねえさまにかえってきてほしいんだもの!!」
叱責するエーデルワイスに、ブバルディアは怒る。
「エーデおねえちゃんはいいの? このまんあおねえちゃんがおきなくてもよかったの? あたいはやだよ!」
ブバルディアは泣いていた。そしてその涙を見て、エーデルワイスも少女がなにも考えずに魔法を使ったわけではないことを知る。
「……わかった。で、制限時間は?」
「時間?」
「制限時間。あなたの魔力はどれくらい保てるの?」
「一刻……くらい」
「それ、ソルト兄さまに伝えた?」
「……」
だが、問いには答えずそっぽを向いてしまうブバルディア、いや、そっぽではなくその視線はクルルシアとソルトの元へ。
「はぁ……。私ができる限り干渉してみる」
手をソルトとクルルシアの額に当て、彼女もまた自身の固有魔法を発動する。ブバルディアほどでなくても記憶に干渉できる彼女の固有魔法ならば声くらいは届けることができるはずと信じて。
「固有魔法【かの地よりこの地へ】発動。兄さま、聞こえますか。返事をしてください、兄さま!」
〇〇〇
「これは……エーデか? 一体どうやって……というかどうした?」
突然、聞こえるはずもない義妹の声に彼は驚く。
「ああ、よかった……。聞こえてる。兄さまに伝えることがある。一時間。今から一時間以内にこっちに帰ってきて。でないとずっとそっちの世界に留まることになるから。こっちに帰ってこれなくなる」
「……そうか」
特に動揺することもなく彼は自分に言い聞かせるように復唱する。だが、その危機感のない声にエーデルワイスは怒る。
「そうか、じゃない!! いいの?! 絶対にかえってきてよ!?」
「大丈夫だ。そんなに時間はかけないよ」
焦るエーデルワイスだが、ソルトはどこ吹く風。だが、
「すぐ帰る」
目の前の密度を増してきた雷に彼は突撃する。
妹にこれ以上心配をかけたくないソルトであった。




