死に人の行進編 動きを止めるは死者
「神届物【【希望は星の果てに】】」
かすかに、呟かれた言葉。それに呼応してミネルヴァの周りに針状の結界が構築され、勢いよく射出される。
「な!? いつの間に!?」
先に気づいたのはスノードロップだった。
気づいたはいい。褒められるべきだろう。だが、相手の放ったのは龍ですら速度では勝てない射出攻撃。クルルシア達ですら高威力の魔法をぶつけて迎撃するしか手段のなかった【神届物】だ。まともに対処するすべをこの二人が持っているはずが――
「動くな!!」
刹那、スノードロップの叫び声が森の中をこだまする。そしてその声に呼応するかのように二人の少女目掛けて飛んできたミネルヴァの【神届物】が空中で停止。ミネルヴァもその動きを止める。
「ジギ! 走って!」
「お、おう」
その隙に二人は再び森の中に消えていくのであった。
スノードロップとジギタリスがその場を離れて数分後、ようやくミネルヴァは見えない拘束が解けたかのようにして急に動き出す。
「追跡……継続……排除……」
うつろな目をした憐れな骸は、てくてくと二人の後を追うのであった。
〇〇〇
「ぜえぜえ……なんだよあいつ」
「うーん……クル姉様の情報が確かなら【結界姫】ミネルヴァ・アルトリアさん」
ミネルヴァの初撃を逃げ切った二人はひとまず走れるだけ走ると大きな木の陰に体を預けるのであった。
「それって悪魔喰いだよな……。でもさっきの二人となんで別行動してたんだよ。それにスノー、お前が気づいたってことは……」
「うん、彼女は死んでた。まさしく死体だった。間違いない。だから私でも干渉できた」
ジギタリスが息を整える間に情報を二人で共有、整理していく。
「なんでだ? 何がどうなってる? 訳わかんねえぞ? 悪魔喰いのやつらが仲間割れでもしたのか」
「わからない……でも間違いなく私たちの敵がいる」
それだけは確信のできることであった。
〇〇〇
「さて……あの二人がこの森にいる以上あの作戦は控えたほうがいいわね……」
「やはりあなたは優しい。まあ確かに彼女たちを巻き込めばソルト君からの恨みはすさまじいものになってしまうでしょうが」
森の一角。人形を一機だけそばにおいているマドルガータと、魔力で構成したメスを手にしたチェリシュが襲い来る死体を迎撃していた。
時に死体の四肢を切り、時に心臓を貫く。彼女たちの周りにはすでに死体の肉片でいっぱいであった。
「彼、絶対許さないわよ……っと。よし、これで近くにいた死体は全部かしら」
「恐らく。あ、いえ、そこの気の影にも四体います……まったく面倒な相手です。気配もないうえ、森中に私たちを探すべく放たれています。一体どれだけの骸がこの森の中にいるのか……」
あきれ半分、苛立ち半分といった様子でマドルガータも呟く。そんなおしゃべりをしている間にも彼女の操る人形は高速で動き木の陰に潜んでいた死体を解体する。
「マドル? 終わったかしら?」
マドルガータの指の動きが止まったことを確認しチェリシュが声をかける。
「はい、問題なく。それではどうしましょうか。あの二人の少女を探し……チェリシュ!!」
「え? きゃっ!?」
唐突にマドルガータが人形でチェリシュを突き飛ばし、マドルガータもその場から離れる。
刹那、上空より、大柄な男が先ほどまでチェリシュがいた場所に落下。チェリシュを突き飛ばした人形の頭部に拳を振り下ろす。
「ヴァン?!」
人形に突き飛ばされたチェリシュは空中で身をひねりながら襲い掛かってきた存在の正体を確認。
その正体は彼女たちの元仲間であり、そして現在死体となってなお、戦い続ける憐れな戦士の姿であった。
「くっ……やはり重い……」
死体のヴァンが腕を振り下ろしたその先、マドルガータの操る人形が軋みながらもその腕撃を受け止めていた。
「マドル! まだ動かせるかしら!?」
「いけ……ます!!」
がしり、と、受け止めるだけであったヴァンの拳を人形はつかみ取り、
「あ”?」
「ヴァン、お許しを。チェリシュ!」
マドルガータが人形を操作し、ヴァンを上空へと放り投げる。同時にチェリシュに指示を出す。
上空に放り投げられたヴァン、そこを少女は狙い撃つ。
「導け! 進め! その道を違うべからず! 生の後には安らかな死を! 光魔法【聖人の投槍】!」
純白に輝く槍がチェリシュの右手に現れる。彼女がこの世界に死体の魔物がいると知ってから編み出した魔法。
もともと光魔法そのものが死体系の魔物に強い。死体に対する呪いを浄化する作用があるのだ。そこにチェリシュは【安楽死】のイメージを投影。その魔法は迷宮などでそういった存在と相対するたびに、彼らが苦しむ間もなく死体ごと消滅させてきた。
そして今回も、音速を超える速さでその純白の槍は投擲される。まさしく、浄化するべく、その生の象徴である心臓めがけて
「【悪魔の腕】発動」
「な?!」
「空中で!?」
白槍がまさしくヴァンの体を、その心臓を貫くその瞬間、
ヴァンはその両腕で空気を叩いた。たったそれだけの動作。だがそれだけでヴァンの体はさらに上空へとずれ、チェリシュの放った槍の軌道から外れる。
「空気をたたく……。確かに空気を殴って攻撃してるところは見たことありましたが……」
「むちゃくちゃね……さすが悪魔の腕……」
「私達のもらった悪魔の部位もあれくらい戦闘に使えればよかったのですけどね」
空気をたたくことで空中ですら自分の位置を変えるヴァン。その様子を見ながらミネルヴァとマドルガータは半ば呆れ気味にため息をつくのであった。
〇〇〇
「なんだこれええええ! おい! スノー! 何とかしやがれ!」
「いや! 人型のものは嫌い!! ジギこそ毒でどうにかできないの?!」
「呼吸もしてねえ相手に毒霧は通じねえよ! 聞く時間がかかる! その間に圧殺されておしまいだ!」
二人の幼き少女は駆ける。その後ろに何匹もの死体を引き連れて。
ふたりとも肉弾戦はソルトたちに遠く及ばない。だが全く戦えない訳でもない。そのため彼女たちのすぐ後ろを追いかけてくるくらいの敵であれば造作もなく戦える。
問題はもっと後方の敵、ミネルヴァ・アルトリアの死体だ。今現在、森の木々と日没による視界の悪さが相まって互いに全く見えない状況ではあるが、それだけの距離を離れていても強力な攻撃を仕掛けてくるのだ。ジギタリスもスノードロップもこれ以上距離が縮んだ場合など考えたくもない。
そんなこんなで二人は全力で、しかし行く当てもなく結界の中を駆けまわる。
その時。
一筋の、真っ白な閃光が夜空に向かって放たれる。夜空の真っ暗闇の中で輝く其れは誰の目にも明かであった。二人は知らないがチェリシュの放った光属性の魔法【聖人の投槍】だ。
「あれってもしかして……」
「はあ、はあ。おぅ? そこでも戦闘起こってるんじゃねえか」
「ジギ……もしかしてとんでもなく性格悪いこと考えてない?」
「べっつに~。この死体の群れをあっちで戦ってるやつらに押し付けようとか考えてないぜ~」
「やっぱり……」
「うるせえ! こっちはもう散々走って戦って疲れてるんだよ! ほら! さっさと行くぞ!」
ジギタリスの考えたことは単純である。彼女らを追いかけている死体の相手を全て向こうで戦闘を行っているチェリシュ達に押し付け、自分たちは高みの見物、あわよくば漁夫の利を得るつもりなのだ。
彼女達の悪だくみが上手くいくかどうか、見ものである。
〇〇〇
「嫉妬の使徒様。変な少女がいるのですが……なにやら俺の【神届物】に干渉したようです」
「ふむ……【神届物】に干渉するほどの固有魔法が使える少女ですか……匂いますね……ソルト・ファミーユの関係者とみて間違いないでしょうな」
「捕まえますか?」
「いえ、殺しても問題ありません」
不穏な会話をする異世界勇者と使徒。
森の中。生者は六人。
この中で生き残るのは……
またしばらく亀更新になります。
申し訳ありません。




