死に人の行進編 毒を食うのは愚か者
「チェリシュ!」
「ええ、分かってる。まずはあの屍集団がこの森の中に入ってくること。それが私たちの勝利条件の一つ」
作戦を建てながらチェリシュとマドルは森の奥深くへと進んでいく。幸いミネルヴァの結界は森全体を包むように円形に、巨大に張られているためその行動に支障はない。
日が沈み始め、森がさらに暗くなる。だが二人が困ることはない。一度も木の根や蔓に足を取られることなく颯爽と後退していく。
「さてそろそろ頃合い……マドル!」
そろそろ止まってもいいか、という時に、チェリシュが急に立ち止まる。隣にいたマドルガータの襟首をつかみ、無理やり彼女の動きも止める。
当然首を絞められる形となったマドルガータは抗議の声を上げた。
「くっ!? チェリシュ! 何を……」
と、その時だった。
木の陰から二人の少女が現れる。年はどちらもチェリシュよりも年下だろう。その戦場に見合わない若さにチェリシュは警戒心を抱きながら訪ねる。
「なんのつもり? 敵対するなら殺すわよ」
「チェリシュ……さっきから何を」
険しい声色のチェリシュにマドルガータは疑問を浮かべる。
「毒よ。彼女を中心にまき散らされている。この匂いは恐らく神経毒」
チェリシュの返答。それを聞いた瞬間、マドルは距離を取る。二人の少女のうちどちらかが毒遣いであるというのならば人形使いのマドルガータにとって近づくことは不利でしかない。
「けけけ! なんでばれたんだ?」
「ジギ~やめようよ~」
あくまで好戦的な目をしているのは紫髪の少女ジギタリスだけだ。もう一人の少女スノードロップは及び腰でありすっかりジギタリスの後ろに隠れている。
「いやいやいや、敵対するつもりはねえんだよ。けけけ。どんくらい強いのかなって思っただけさ。俺様の毒で動けなくなるくらいなら俺様たちが操ったほうがいいだろ?」
「だからなんでそんな喧嘩売るみたいに言ってるの~! すいません! 本当にすいません! ていうかジギ! 明らかにチェリシュさんでしょ! 要注意って言われてた人じゃない!」
「私のことを知っている……? まさか貴方たちソルト・ファミーユの関係者……?」
「正解だぜ。お兄様の妹ジギタリス・ファミーユだ」
「す、スノードロップ・ファミーユと申します」
名乗りを聞きチェリシュは納得する。
「ジギタリスね……全草に毒性を持つ植物……あなたが毒使いね」
「んにゃ? なんでバレたんだ?」
好戦的な雰囲気は消えきょとんとした顔となるジギタリス。チェリシュはその様子に油断はしなくとも警戒心を解く。
(今ここで二人を倒すのは恐らく一瞬で終わる……でもそれだとソルト君の怨みを買いかねない……となると最善は……)
「ねえ、貴方たちの目的は何? 私達と敵対することが目的でないなら協力するわよ」
「ほんとか!?」
ジギタリスが喜ぶ。チェリシュが選んだのは協力する道。彼女たちに恩を売っておけばソルトに恩を売ることにもなる。そう考えてのことだった。
「ならさならさ! 一つお願いしても良いか!?」
「私達にできることならね」
流石に無理難題を押しつけられても彼女は困る。ということで一応言っておく。
「ああ、大丈夫だ。俺様たちが頼むのはもっと簡単だ。けけ」
「簡単……?」
「ああ、死んでくれ」
「?!」
油断はしていなくとも、突然膨れ上がる敵意にチェリシュは一瞬たじろぐ。そしてその隙に、今度は視認できるほどの毒の煙がチェリシュ達を襲う。
だが、チェリシュも一人ではない。後ろにはマドルガータが控えている。
「チェリシュ!」
叫ぶが早いか行動が早いか、マドルガータが動かす人形がチェリシュを毒煙が来る前に回収する。
「助かったわ、マドル! 神届物【幽霊武器・不殺の手榴弾】!」
そして、我を取り戻したチェリシュから放たれるのは全ての物質を透過して爆発する手榴弾。ジギタリスとスノードロップの二人を防御不可の爆風が襲うのであった。
〇〇〇
「どう……?」
半透明な爆風が消える。だが、既に日は沈み、距離も離れているため、はっきりと二人の少女を捕らえることはできない。
「私の人形で確かめましょう」
マドルガータが橙色の人形を転がっている二人の元に差し向ける。チェリシュの神届物であるが故に死ぬことは絶対にない。
人形が二人の少女の元に辿り着く。人形の瞳を通してマドルガータも状況を確認する。
「ふむ、逃げたようですね。そこに転がっているのは土塊です。土魔法といったところでしょうか。あと一方からはその土魔法とはまた別の魔力を感じる塊が」
「にげた? あ、その魔力の塊は多分毒よ。紫髪の……ジギタリスちゃんだっけ? 彼女の魔法でしょう。でも随分と不自然な気がするのだけれど……」
どこか納得していない様子のチェリシュ。
その直後だった。
土埃を立てながら凄まじい勢いで何かが二人の元に近づいてくる。
「なに!?」
チェリシュが驚きの声をあげながら光の魔法で音の震源を照らす。
彼女たちは知るよしもないが、そこに居たのは先程までジギタリスとスノードロップが乗り物として扱っていた魔物である。巨大な図体で森の木々をなぎ倒しながら近づいてくる。だが、状態は酷い。白目をむき、口からは涎と血がだらだらとこぼれている。
その正体は孤児院周りの危険な森、そこに生息することのできるS級の魔物であった。
「熊の魔物かしら……」
「ですね。しかし様子がおかしい」
冷静に、マドルガータは人形を操作し、熊の元へと走らせる。
橙色の人形は月明かりしかない暗がりでもよく目立つ。目の前に現れた障害を取り除こうと魔物はその巨大な右手で人形を叩き潰さんとする。
「アルバ。やりなさい」
マドルガータがくいっと指を動かし、それに連動してアルバと呼ばれた人形は右手で拳を作り、
魔物の右手を殴っただけで消し飛ばす。
そしてさらに人形は一歩踏み込み、熊の懐へと入り込む。
地面を踏みしめ、体をひねり、その鋼鉄の体はマドルガータの魔力で補強される。もう一撃、魔物に与えるために。
魔物は残った左手で防御しようとする。いや、それだけではなく、仮に左手を吹き飛ばされたとしても後ろへ跳んで衝撃を受け流すべく足に力を入れる。
まるで闘いを知っているかのような、それこそ人間のような動きだ。
「無駄です」
だが、マドルガータは意に介さない。そのまま指揮をするかのように指を動かし人形アルバを動かす。
「【破城槌】」
人形アルバが殴りにかかる。それが殴って衝撃を与えるだけなら、魔物も助かっただろう。事前に準備していたとおりに後ろへ跳べばある程度受け流すこともできただろう。
だが、
ズドン、と音が響く。魔物は吹き飛ばされなかった。
人形の打撃が弱かったのか、違う。そうではない。人形の一撃が鋭すぎたのだ。
魔物の胸に穴が開き、ゆっくりと倒れ込む。その隙に人形が首を、足を、次々と切断して確実に再起不能へと追いやる。
その一撃一撃は胸に穴を開けた打撃と同様、全てが一撃必殺級。防御は意味をなさずてただ貫く。
〇〇〇
「え……なにあれ……」
「おかしいな……ドーピングはまだ切れてないはずなんだが……」
その様子を離れた場所から二人の少女が見守る。ジギタリスとスノードロップだ。二人はスノードロップが土魔法で作った人形を囮にし、先ほどの魔物をぶつける作戦であった。
「ねえ、あれってソルト兄様でも苦戦するくらいには強く改造したはずだよね……」
「そのはずだぜ……」
そんな作戦はあっさり破られたが。
「どうするの? 近くに異世界勇者も良そうだけどそっち狙う?」
「そうだな~。よし! そうと決まれば」
ジギタリスとスノードロップは話し始める。
だが、そのすぐ後ろ。
一人の小柄な、うつろな目をした少女が立っていた。
「神届物【希望は星の果てに】」




