悪魔喰い激突編 伍
「?! 神届物【万物切断】!」
四人の首目掛けて放たれた白い糸はリュウヤの振り抜いた一閃に切断され、地に落ちる。
「火魔法【火槍】!」
そしてその糸の出所にカイトは即興で作った火魔法を放つ。業っと燃えるそれは進路上にあった糸を焼きながら直進、糸を放ったと思われる人物がいるであろう場所を焼き尽くし、
直後、何もいなかったはずの彼らの周囲の地面から一斉に糸が吹き出る。
「なんだこれ! 蜘蛛!?」
糸が迫り来るその刹那、ユウが地面に目を向け確認するとそこには小さな小さな蜘蛛が彼らを取り囲むように散在し、糸を吹きかけてけるところであった。
「俺に任せろ! 【ドームシールド】!」
大柄の少年が、さっと他三人の中心に移動し、身を守るための力を発動させる。これはダイを中心にドーム状の結界を張り、外敵から守るためのものだ。
「クスクス、これも防ぎますか。流石は異世界勇者と言ったところでしょうか」
そしてようやく、四人に攻撃を仕掛けてきた女性が彼らの前に姿を現す。
「あ、あなたはナターシャさん!? どうしてここに!? というか、どうして俺達を狙うんですか!」
ユウが叫ぶ。彼らは面識があった。四人の少年が冒険者としてギルドに登録するときにその手続きをしたのも、冒険者になったあとも依頼を斡旋してくれたのも彼女であった。
「クスクスクス、何故って? 貴方たちが異世界勇者だから。理由なんてそれで十分でしょう?」
その双眸は変化し、複眼に、手と足も人のものが正常に二本生えているが背中からは蜘蛛のような足が四本、生えている。
明らかに人のものではなかった。
「あ、あなた、まさか魔族だったのか?!」
だが、ナターシャはそれには応えない。その代わりに新たに攻めの一手を打つ。
「往け、土蜘蛛よ」
「何がくるんだ……って、うわああ!」
ドーム状の結界、その内側の地面が隆起し、小さな蜘蛛がワシャワシャと湧き出る。出てきたのはいずれも手のひらくらいの大きさしかもたない黒い蜘蛛。だが、その顎からは毒々しい液体を垂れ流し、見るからに危険である。
「【万物切断】! くそ! 数が多いし的が小さすぎる!」
「落ち着け! 準備はできた! 【転移】!」
カイトがこっそりとバレないように準備していた魔法を発動する。その瞬間四人の少年の姿は消え去り、ナターシャの前にはなにもない空間だけが残された。
「クスクスクス。逃げましたか。クスクスクスクスクスクスクスクス」
〇〇〇
「危ね! カイト、助かったよ!」
場所は先程の場所から数里離れた森の中。彼の転移魔法ではこの距離が限界であった。
「いや。まだ安心するのは早いと思う。彼女が追跡する術を持たないとは限ら……」
「クスクスクス。追跡するまでもありません。蜘蛛はどこにでもいるのですよ」
絶望が四人を襲った。
〇〇〇
「よし! 今日はここで野宿ね!」
「前から思っていましたがチェリシュ……あなたは前世でどんな生活をしていたのですか」
シャルトラッハ王国へと続く森、その一角で黒髪の少女チェリシュは手際よく木々の枝を集め野営の準備をするのであった。
隣にいるのはマドルガータ。だが、彼女は野営にはあまり慣れていないようでその様子を見ているだけだ。
時刻は夕方、二人はのんびりとシャルトラッハ王国に近づいているのであった。
「言わなかったっけ? 紛争地域での医療従事よ。あの頃はひどかったわ。医療器具すらまともなのがなかったからね。キャンプ準備くらい楽なもんよ」
「なるほど……」
マドルガータも時々枝を魔力の糸で枝を集めながらその枝集めを手伝う。が、その手が止まる。
「チェリシュ、どうやら野宿は中止です」
遠目に、百鬼夜行のような死体の群れを眺めながら。チェリシュも指示された方向を見るといやそうに顔をゆがめる。
「あら、なかなか手間がかかりそうな相手ね。あの死体も恐らく、ここに来るまでの道すがら、墓から掘り起こすか、手ごろなごろつきでも殺したのか……。【死体操り】。死体を操るだなんて神届物、よくも選べたわね」
怒りを隠そうともしないチェリシュ。彼女としては死体を操る、ということに忌避感を覚えるらしい。当然だろう。前世を医者として過ごしてきた彼女は活かすために殺すこともあったし、身を守るために殺すこともあった。だが、単なる戦力増強のために人を殺すことに怒りを覚えるのであった。
だが、怒りの原因はそれだけではない。その数百に及ぶ死体の中央。恐らくその能力を所持しているであろう目つきの悪い少年と、なにやら訳の分からないくらいに恰幅のいい壮年が並んでそこにいる。青年の方が恐らく【死体操り】の能力者。恰幅のいい壮年がアクアの連絡にもあった【節制の使徒】だろう。
そしてその二人を守るように彼女らの元仲間ミネルヴァ・アルトリアにヴァン・アルトリアがいるのであった。ともにSS級冒険者。相手にするのもしんどい相手である。
「それにあれだけの数のアンデッド。面倒な相手です」
「そうね……。あれとまともに戦うのは道化のようなものね。一撃で仕留める」
そういうと、身体強化を施した全身で半透明な矢を二本、半透明な弓に番える。
「銃は使わないんですね」
「私、弓の方が使いやすいのよ。神届物【幽霊武器・不殺の弓、弐射合一】」
限界まで弓を引き絞るとチェリシュはそっとその手を放す。音はしない。実体を持たないために空気を振動させることもないのだ。
放たれた二本の矢はまっすぐに死体を操っているであろう少年と、その横にいる壮年をチェリシュの狙い通りに襲う。
その狙いに寸分の狂いもなく、また、殺意もないために感知されることもまずない――
「え?」
「やられましたね」
驚きの声を上げたのは青年たち……ではない。
矢を放ったチェリシュと、その横で様子を見守っていたマドルガータだ。
チェリシュの矢は間違いなく、音速を優に超える速度で射出され、その軌道は間違いなく目標である敵の心臓めがけて放たれた。狙いは完璧であり、しかもその尋常でない速度のせいで視認しても避けることすら不可能の一撃である。
だが、弾かれた。不可視の結界によって。
「ミネルヴァの神届物ですね。やはり死んでも神届物は使えますか」
「悪魔の能力も使えると考えたほうがいいわね……っと、場所がばれたわ」
チェリシュに言われ、マドルガータが確認すると確かに死体の群れは彼女たちに近づきつつあった。
「まったくおぞましい……」
悪態をつきながらマドルガータは人形を召喚。戦闘態勢に入るのであった。
〇〇〇
「やっぱり神届物ってつよいですね。あんな不意打ちにも対応できるんですから。いや、そうでもないか……男の方は飯を出すだけっぽいし……」
「軍を維持するとなれば食料は生命線です。それをいくらでも出せるというのはやはり脅威に違いありません。また、軍だけでなく経済も操ることができるかもしれませんよ」
死体の群れの中で少年と壮年が話す。
少年の名前は玄道冬也。異世界勇者の一人であり、ジョブは呪術師。そして神にもらった神届物は【遺体操作】。読んで字のごとく、死体を操ることができるというものだ。それも生前、彼らが所有していた能力をそのまま使える状態で。
しかも操ると言っても操作するのではなく、命令を与えれば勝手に動いてくれるため自分の脳がつかれる心配もない。(もっとも精神衛生上はあまりよくないだろうが)
「さて、矢の飛んできた方向はあっちであってますよね」
「そうだね。どうする気だい?」
「こうします。おい、女。結界を張れ。ここら一帯にだ」
少年がミネルヴァを小突く。彼女は流れるような動作で腕を天に掲げる。
「神届物【希望は世界の果てに】」
森を中心に結界が張られる。もう逃げ場はない。
〇〇〇
「ひゃっほーい! さすが俺様! このまま突っ走れ!」
「ジギいいい、止まってえええええ」
「いいじゃねえかいいじゃねえか! さあ! 捕まってろよ! まだまだ行くぜ!」
一匹の獣が土ぼこりを上げながら森の中を走り抜ける。そしてその背にしがみつくのは二人の少女。一人紫色の髪を持つ少女。獣の頭の上で楽しそう嗤っている。もう一人は白黒の髪を持つ少女。獣の背にしがみつきながら目を回している。
孤児院を飛び出したソルトの義妹。順にジギタリス・ファミーユ、スノードロップ・ファミーユである。
「しかしよ! ほんとにこっちでいいのか? スノーが死体の匂いがするっていうから来てるんだけどさ」
「確かめるから止まってええええええ」
もともと白い顔色をさらに白くしながらスノードロップが叫ぶ。その悲痛な声を聞き、ようやくジギタリスは獣を止める。
「仕方ねえな。ほらよ、これでわかるか?」
「ちょっとまって……吐きそう……」
「お前ふざけんなよ」
「ジギのせいだよ?!」
くだらない口喧嘩をしながら二人は木の陰に入る。さっきまで乗り回していた獣は地面に血を吐きながら倒れる。
「あ~あ、あれじゃもう使い物にならねえぞ」
「ジギはもう少し動物に……いや、他人を大事にして……あと死んだら死んだで私が使うし……」
その時だった。ミネルヴァが森を中心に結界を張ったのは。
「ん? これは……」
「当たりっぽいな。けけけ」
自分たちが結界に巻き込まれたこと、そしてスノードロップが死体に匂いを感じていること。
ジギタリスは嗤う。親愛なる姉セタリアの仇を撃つべく動き出す。




