孤児院防衛編 陸
シャルは我を取り戻すと孤児院の屋根から地面に降り立ち、倒れた異世界勇者をつつく。
「あ~ちょっと? 死んでないわよね? さすがに殺すつもりはなかったんだけど……」
「う……うう……」
「あ、よかった、こいつは生存っと」
赤毛の少女は生きてることを確認した少年を放り投げる。そして続く少年少女も同じように足で蹴って息を確認。最初の少年同様に一か所に放り投げる。
「ふ~、よかったよかった。殺したりしたらあいつに文句言われるからね」
ソルトの顔を思い浮かべながら淡々と作業していくシャル。そこに孤児院の扉が開き幼い少年が顔をのぞかせる。
「しゃ、シャルさん?」
「あ、え~と、誰だっけ?」
「へ、ヘリオトープと申します。助けていただきありがとうございます」
六歳程度の少年が頭を下げる。それを見てシャルは弁解する。
「いいわよこれくらい。私がソルトに怒られたくないだけよ。拘束魔法【神鎖呪縛】」
シャルは異世界勇者たちを捕縛するための魔法陣を複数展開。それぞれの魔法陣から鎖が伸び、異世界勇者を縛ろうと迫り、
そして、そのすべてが弾かれた。
「え?」
シャルが発動させた鎖の魔法を弾いたのは白い鳥たちだった。異世界勇者たちに迫る鎖をある鳥は足で、ある鳥はくちばしで、異世界勇者を鎖の呪縛から守る。
そして白い鳥が鎖から異世界勇者を守ると同時に、今度は白い狼たちが異世界勇者達を口に咥え、孤児院から離れるように走り出す。
そして動物たちは孤児院の中からも出てくる。二人の少年と一人の少女が狼に引きずられながら孤児院から出てくる。
シャルがその狼たちの進む方を向くとそこには車いすに座るピンク髪の少女と、その後ろに控える一人の少年がいた。
「誰? 一応周囲は警戒していたつもりなのだけれど」
警戒とともにシャルは結界魔法を孤児院にかける。同時に、自身の血を体から取り出し、血の大鎌を形成する。
「【堅固の使徒】カレイ・ドーラと申しますわ」
「付き人、ハハキギ・リョウ。こうもりの視認に頼る程度、誤魔化す方法はいくらでもある」
車いすに座っているピンク髪の少女が使徒を名乗り、その後ろに控えた少年もそれに続いてシャルの問いに答えた。
「使徒!?」
新たに現れた使徒に警戒心を抱きながら戦闘態勢を取るシャル。だが、敵はそれに構わず己の目的を遂行する。
「まだまだ異世界勇者に死んでもらうわけにはいかないのよ。回収させていただくわ」
車いすの少女がそう宣言すると数十数百の動物たちが異世界勇者たちを包み込み、かすかな光とともに転移させていく。
「待ちなさいよ!」
大声とともに大鎌を車いすの方向に振りかぶる。だが、もう少しでカレイの体に傷をつけそうとなったところで白い動物たちがその身を持ってその一撃を止めた。
「無駄よ。私、守るのは得意なのよ。ほほほほ」
「ちっ!」
舌打ちしながら追撃を仕掛けようとするシャルだったが上空から白く、大きなトリたちが攻撃を邪魔するべく襲いかかる。
「じゃ、ま~たね~」
「まちなさい!」
シャルの制止にも関わらず、車椅子とは思えない速度で孤児院から離れていく【堅固の使徒】たち。
「逃げられた……」
がっくりと肩を落とすシャル。だが、気を取り直したように孤児院の方に向き直る。
「ま、しょうがないよね。とりあえずクルルシアさんを元に戻しましょうか」
〇〇〇
「さてと、食堂はこっちだったよね……ん?」
孤児院の食堂、年長の子供達がつい1時間前までご飯を食べていた場所。その場に再び踏み入れたシャルが見たのは完全に硬直しているクルルシアであった。そして部屋に至る所にある焦げ跡。
「これ……誰か状況説明できる?」
「わ、私が!」
孤児院に残っていたと思われる小さな少女が手を上げ、説明を開始する。
「え、え~とね! 三人くらいいたお兄さんたちがね! クルルお姉ちゃんをね、どうせだからこいつも捕まえてしまおうとか言ってたの! でもね! クルルお姉ちゃんに触ろうとした瞬間にね! ピカッと光ったの!」
「ふーん……自動で敵を倒す類の魔法かしら……流石ね……」
シャルはクルルシアが、自身が動けなくなった際に発動する類の魔法でも発動してのだろうと結論づける。そして倒れた異世界勇者を先ほどの使徒が孤児院前の少年少女と一緒に回収した、と。
そうして誰も動いている人がいないという状況にある程度の解を見つけるとクルルシアに掛けられた神届物による拘束の解除を試みる。
「え~と……なにこれ? 時間制御? 頭おかしいんじゃないの? 魔法で解除できるかしら……。闇と光を使えばなんとか……? あ、ほころび見っけ」
なにやらぶつぶつ言いながら硬直しているクルルシアの体を調べまわるシャル。そしていくつか魔法陣を展開しながら作業すること数分。
『ん……ん? シャルちゃん?』
体の硬直が解け、意識の戻ったクルルシアがシャルを見つめ、直後はっとした顔になる。
『皆は? 他の子はどうした!?』
「大丈夫です。私がさっき探索したところみんなこの森の中にいました。近いうちに戻ってこれますよ」
『そうか……それなら私の伝達も届く距離だね』
そう言ってクルルシアは目を閉じる。他の場所に飛ばされた子供たちに連絡を取ってるのだろう。
だが、目を閉じて二秒もしないうちにクルルシアは目を開く。場所の確認としてはそのくらいの時間でいいかもしれないがシャルはクルルシアの顔を見てそれだけでないことに気づく。
『シャルちゃん。みんなこの森にいたのかい?』
「は、はい……。あの時食堂にいた子たちは皆……」
クルルシアの、その恐怖を必死で抑えているかのような表情を見てシャルも不安に駆られる。
『セタリアは……どこだい……』
そのクルルシアの目には、もはや涙すら浮かんでいた。
〇〇〇
数刻後、孤児院に全員が戻ってきた。移動手段を持たない子供たちが少々遅れたためだ。
最後に入ってきたのは真っ白なドレスに身を包んだ少女エーデルワイスと、灰色のコートに身を包んだ幼い少年、ノイバラであった。
だが、二人は、孤児院に入った瞬間、重い空気を吸うことになる。誰も帰ってきた二人と目を合わさず、たった一点を見つめていた。
その原因は孤児院の客間の長椅子。そこに寝かされている獣人の少女であった。
彼女の胸は動いていなかった。
「リア……?」
全員の目線の先を追ったエーデルワイスは半ば呆然としながら寝ている少女に近づく。両肩に手を添え揺さぶるが、当然セタリアの目が開くことはない。
「リア!? 目開けてよ! リア!!」
その様子を辛そうに見ながらシャルはエーデルワイスの背中をさする。ソルトの方は他の子供の背中をなでながら落ち着かせようとしていた。
その場にクルルシアの姿はない。
「ねえ、ソルト、クルルシアさんは大丈夫?」
エーデルワイスを慰めながらシャルはソルトに問いかける。
「大丈夫じゃないだろう……まだ目を覚まさない」
二階を見上げながらソルトはため息をつく。セタリアの遺体を見た瞬間、クルルシアは気を失い、ソルトによって彼女の部屋に運ばれたのであった。
「なあ、もう俺様が異世界勇者を全員殺してもいいか? 我慢ならねえ」
紫の髪が本人の怒りに呼応するように発光させながら、ジギタリスは怒りをソルトにぶつける。
「だめだ……できることならお前らに争ってほしくは――」
「その結果が今だろうが! セタリアは死んだぞ!? 悪いのは使徒や異世界勇者だろうが! なんで俺様達が我慢しなきゃならねえ! スノー! 行くぞ!」
「ええ? ボクも!?」
ジギタリスに手をつかまれ、スノードロップも引っ張られるように孤児院の外に向かっていく。
「待て! お前達だけで動くな」
ソルトがジギタリスを止めようとする。だが、
「どけよ。お兄様。殺すぜ?」
全身から、まるで瘴気のような魔力を放出し、ソルトを威嚇する。
目を合わせたソルトは何を言っても止まるつもりはないと言わんばかりの彼女の緑眼を見て、その伸ばした手を止める。
そしてソルトの方も年少の子供をなだめている最中で動けないこともあり、あっという間に二人の少女は孤児院から出て行ってしまう。
「はぁ……あいつら」
ため息をつきながらも、今は他の子供たちの精神の安定に集中するべくソルトは動く。
セタリアの葬儀は後日執り行われた。
〇〇〇
この章での死亡者 異世界勇者 九名
セタリア
嫉妬の使徒・憤怒の使徒
異世界勇者 残り生存人数 二十七名
使徒 残り生存人数 十一名
孤児院の子供 残り生存人数 十五名(シャル含む、年少組六名 年長組八名)
【私は、知恵の道に何を見る】終
【我、恋慕の道を突き進む】予定




