孤児院防衛編 伍
セタリアのところに辿り着く、その少し前。
ソルトは漂ってくるわずかな悪意を感じ取りながら暗い夜の森の中を進んでいた。
だが、思ったよりも遠くに飛ばされていたのか、なかなか孤児院が見えてこない。
焦るソルト。だがその隣に森のいたるところから蝙蝠が集まりシャルの形を成す。先行して探索を行っていた彼女が戻ってきたのだ。
「シャル! どうだ? 見つかったか?」
「ええ。見つけたわ。でもちょっと不味い。まず襲ってきたのは使徒の一人よ。それに追随して異世界勇者が八人」
「八人か……それに使徒も加わると……」
「不味い!! 二手に分かれた! ん? 違う……三人がえ~と、アジアンタムちゃんとダンダリオン君とセタリアちゃんのところに残って……他は孤児院に向かって……え?!」
走るソルトの横に追随しながら、今なお己の使役する蝙蝠で敵陣営を見張っているシャルは驚きの声を上げる。
「シャル、どうした?」
「残った三人がアジアンタムちゃんに近づいた瞬間にセタリアちゃんが……え……速い……」
信じられないものを見るかのように呟くシャル。しばらくたってようやく状況を説明する。
「その場に残った三人をセタリアちゃんが殺害。使徒を追いかけ始めた」
「何だって!?」
「また二手に分かれて……使徒が……セタリアちゃんに応戦……他は孤児院の方向に……」
「あいつ……何してんだ……まさか!?」
最悪の可能性、【狂獣化】をセタリアが使っている可能性を思い当たったソルトは焦りを覚え、移動の速度をさらに加速。その様子をみたシャルが提案する。
「ソルト! 私が異世界勇者のほうに向かうからソルトが使徒の方に行ってくれる? 一対多なら私の方が有利のはず出し、この夜の時間帯なら私の方がソルトより動けるはず」
「だめだ。あいつらがどんな神届物を持っているかもわからない以上一緒に動かないと被害を増やすだけだ」
シャルの提案をはねのけ、さらにセタリアたちがいる方向へと走り出すソルト。だが、シャルが手を握り、引き止めたことで強制的に止められる。
「おい! シャル! 何してんだ! 早くいかねえと――」
「それなんだけどね……ソルトの血、吸っていい? 私って一応吸血鬼だからさ、それで多少の力の底上げはできると思う。」
吸血鬼の、紅い瞳でソルトをまっすぐ見つめるシャル。その目は真剣そのものだ。だが、それでもソルトの不安は消えない。彼女一人に異世界勇者を何人も相手にさせるのが不安なのだ。先ほどソルトたちが応戦した異世界勇者の神届物だって因果に干渉するような代物だ。あれ以上が出てきたらソルトとシャル、どちらか一人では厳しいだろう。
「それでも……」
「皆助けるならこれが最善だと思う」
だが、シャルの、これ以上何を言っても聞かなさそうな顔を見てソルトも腹を決める。何よりこの迷っている時間の方がもったいない。
「分かった。やってくれ」
「うん……いただきます」
ソルトの首元の衣服をはだけさせ、その首筋にカプリと少女は噛みつく。チクリとした痛みに一瞬ソルトは顔をしかめるがすぐにその痛みも引いた。
シャルも初めての吸血に最初は遠慮が見られたが一度吸い始めるとそのためらいも消える。
そして……
〇〇〇
「さて、ようやく孤児院だぜ」
「まったくよね。面倒かけさせてくれちゃって」
五人の異世界勇者の少年たちが再び孤児院の目の前にたどり着く。
「ふむふむ。おれの神届物【陣地探索】によると今孤児院の中に残っているのはクルルシアさんと戦闘能力のなさそうな子供が……五人だな」
「ならとっとと乗り込むか。待ち伏せしてたやつを待ってるんじゃクルルシアさんが動き出しそうだ」
「でもあいつら、失敗したならとっととここに戻ってくる約束だったのにな。遅くねえか?」
あいつら、というのは孤児院の子供たちが転移した先で襲い掛かる予定だった異世界勇者の事である。予定では孤児院の子供を不意打ちで殺す、そして、仮に失敗しても祖の時は孤児院に集合することがあらかじめ決められていたのだ。
返り討ちにあったなど誰も考えていない。
そこに、やたらと場違いな笑い声が響く。
「ふ、ふふ、ふふふふフフフふふ! ふふフフフふ!」
そしてその声とともに数十の黒い影が異世界勇者達へと襲い掛かった。
「な、なんだ?!」
「こ、こうもりよ!みんな!気を付けて!」
「こうもりだあ!?」
夜目の効く少女が影の正体を看破。だが、看破したからといって事態が好転するわけでもない。必死で手をふるい追い払おうとする少年たちだが擦り傷が増えていく。
そしてこうもりが異世界勇者のいる場所を通りすぎ、彼らと孤児院の間に集まり、凝縮。一人の少女の形を成す。
「あ、あれってシャルちゃんじゃない?」
「た、たしかにそう……あれ? 髪色だったっけ?」
シャルの人間に擬態していた時の姿しか知らない元クラスメイトは彼女の赤髪に一瞬戸惑うが顔は全く一緒なので恐らくそうだろうと判断。場を仕切っていた少年が前に出る。
「え~と。シャルさんだよね? 君も指名手配にはなってるけど今回俺らが捕まえなきゃいけないのは孤児院の子供たちで――」
「ふふっ、クヒヒ! あはハハハ!! ああ、おいしかった! おいしかったなあああ!!」
「えっと……シャルさん? 話聞いてる?」
話している途中にもかかわらず突然笑いだすシャルに戸惑う少年。その横で少女が口をはさむ。
「コウキ。話しが通じてる風には見えないわ。きっと彼女はもう邪神の手に堕ち――っ!?」
その言葉が途中で潰える。少年が不思議に思って横を見ると、
前にいたはずのシャルが少女の顔を鷲掴みにし、地面にたたきつけたところだった。
「な?!」
シャルが急に動いたことに、そしてその動きが全く終えなかったことに驚く少年少女たち。あわてて少年が少女の名前を叫ぶ。
「ナナ!」
だが次の瞬間には少女の名前を叫んだ少年も右腕の圧迫感と激痛とともにはるか上空に飛ばされていた。
「え?」
その動きが追えたものは小年少女の中にはいなかった。シャルがやったことは単純だ。目の前にやってきた少女の顔を鷲掴みにし、地面にたたきつける。そしてその後、隣にいた少年の右腕をつかみ上空に放り上げた。
ただ、それだけだ。そこに魔法も特別な能力も使われていない。あくまで純粋な身体能力だ。
「コウキ! 風魔法!【風絨毯】」
上空に打ち上げられた少年を案じて地上にいた少年が風魔法で優しく受け止めようと行動。それとともに魔法を行使する少年を守るべく一組の少年少女がシャルに対して攻撃を仕掛ける。
「水魔法! 【貫通水】!」
「雷魔法! 【雷千本】!」
少年の方が水鉄砲のように水を射出。少女の方が雷の針をそれこそ千本以上出し、シャルの行く手を阻む――
「ふ、ふふ、ふふフフフふっ! あははははっははは。ちゃんとね! もらった血の分くらいは働くよおおおおおおお!!」
だが、水流が体を貫いても雷の針が体を貫いてもシャルは嗤い続ける。大分気分が高揚しているらしい。そして……
「うぐっ!? おえええ!」
風の魔法を行使していた少年が息を詰まらす。そしてその口から一匹のこうもりが出てきた。
「な!? いつの間に!?」
水の魔法を放った少年のほうが驚きの声を上げるが口から出てきたこうもりが赤い霧となって霧散していくのを目視してその原理を知った。
「あいつ! 体を霧にして俺たちの中で蝙蝠になりやがったのか!!」
シャルが体の部位を蝙蝠として変身しているのは先ほどの登場の時も彼らは見ていた。
だが、流石に体の中に物質を構築されるのは予想外であった。
そして少年少女が後ろに意識を取られた瞬間だった。シャルの右手が少年の首を、左手が少女の首を絞める。
「うぐぐぐ」
「あ、あああ」
「ふふふふっ! あはははは!」
数十秒ほど首を絞め続けただろうか。その間にも上空に投げ上げられた少年は地面に墜落。少年少女の意識も失われる。
少年少女の反応が消えたのを確認するとシャルは両手を解放する。そして全身をこうもりへと変身させると孤児院の屋根の上に再び出現すると高らかに笑う。
「ふふ! フフふふフフフふフ! 気分、最高!! 血ってこんなにおいしかったのね!! 力がみなぎって来るわ!! アハハハハハ」
地面に倒れ伏す少年少女を見下ろしながらシャルは高らかに笑う。だが、ひとしきり笑うと……
「あれ……? 私何してたっけ……?」
〇〇〇
「今度血を飲ます時は気を付けよう……」
セタリアのところに向かう途中、貧血にふらつく体を身体強化で支えながらソルトは呟くのであった。




