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道に咲く華  作者: おの はるか
私は、知恵の道に何を見る
106/174

孤児院防衛編 参

「があああアアぁああ」


 胸元の穴から血を零れ落としながら、少女は夜の空に吠える。体の大きさは人のまま。しかし皮膚は黒く変色し、爪も一つ一つが鋭利なものに変わっている。

 だがその目に理性はない。そこにあるのはただただ怒りの感情だ。


 そして極めつけはその速さ。異世界勇者たちが木の上にいるセタリアに視線を向けた直後、再び一陣の風が吹き、セタリアの姿が他全員の視界から消えうせる。


「き、消えた!? ヒカル! どこか分かるか?!」

神届物(ギフト)【超視覚】! マモル! 右だ!」


 目に幾何学模様を浮かべながら少年ヒカルが、生き残ったもう一人の少年マモルに叫ぶ。その声に従い、慌ててて前に飛びのいた少年は……


 右足の犠牲だけで済んだ。


「いぎゃあああああ」


 あまりの激痛にのたうち回る少年。右足の、ひざから下がごっそりと引きちぎられたかのように消えていたのだ。


 そして、無事だったヒカルは神届物で強化されたその瞳で見てしまう。


 セタリアが引きちぎったであろう(マモル)の右足を口に咥え、次は自分を狙っていることを。


「げ、幻惑魔ほ――」

「ガあああアアぁ」


 セタリアの咆哮が響く。ヒカルが魔法の準備をするが、彼女のほうが速かった。【狂獣化】という能力によって強化された足は地面をしっかりと捉え、一直線に彼の喉元を食いちぎらんと接近する。


 少年(ヒカル)も、その様子を呆然としながら見ていたアジアンタムも、誰もが次の瞬間、セタリアが首を食いちぎる様を想像した。


 だが、幸か不幸か、その瞬間は訪れなかった。


「があああアアア、あっ??!!」


 セタリアの動きが止まる。それもそのはず。地面が棘のように隆起し、いくつもの土の棘が少女を貫いていて、強制的にその動きを止めたのだ。


 アジアンタムがはっとした顔で先ほど片足を奪われた少年(マモル)を見ると、彼の両手は光り輝き、地面に添えられていた。


「へ……仕返しだぜ……神届物【森羅変形】」


 足を引きち切られたマモルが使ったのは神届物【森羅変形】。少年が神からもらった能力。自然物に対して手を添えるだけでその形を思いのままに変えることができる、というものだ。その力を使って彼は地面を変形、セタリアをいくつもの棘で串刺しにしたのだった。


「マモル! サンキュウ! くらえ魔族め!! カツヤの仇!」

「があ……あ……」


 相対していた少年(ヒカル)が、腰に刺していた剣を構え、動けないセタリアに向けて横一文字に、地面の棘ごと切り裂く。崩れ落ちるようにセタリアは倒れ、少年(ヒカル)はその様子を確認すると倒れた少年(マモル)の方に歩み寄る。


「よし……やったか……。まさか二人も殺されちまうなんて……」

「おい! 俺は生きてるんだから早く治療してくれ! 足がいてえんだ!」

「はいはい、わかったから静かにしてくれよ……おれはカツヤが殺されてショック……」


 足をち切られたマモルは文句を言いながら、もう一人の少年が近づいてくるのを待つ。だが、その治療は一向に始まる気配がない。というか、友人が近づいてくる気配もない。不思議に思って振り向いた彼がみたのは、


 心臓があるであろう位置から腕を生やした友人の姿であった。


「ひ、ヒカル!?」


 友の名前を叫ぶがその声はもう届かない。彼の魔眼も本人が死んだからか光を失っている。


「ありが……とう……血を……抜いてくれて。少しは……冷静になれたよ……」


 心臓を潰した張本人、セタリアが、息も絶え絶えに少年に告げる。乱暴に腕を少年の体から引き抜くとそのギラリと光る双眸で怯える少年に目を向ける。


 そして直後、短くない悲鳴とともに、また一つ鮮血がまき散らされた。


〇〇〇


「り、リア……? だ、ダメだよ! それ使ったらリアは……」

「タム……ダンをよろしくね……まだまだ情けない弟だけど……いい子だから……」


 三人目の少年の命を刈り取るとセタリアはアジアンタムの制止も聞かずにふらつく足取りで孤児院へと向かう。体中に貫通痕があるが【狂獣化】によって無理矢理体を再生し、止血している状態だ。


「それに……心配しないで。他の子も……守ってくるから」

「ダメだよ! リアは休んで! 私が頑張るか……ら……」


 アジアンタムがセタリアに抱きつき動きを止める。だがセタリアはアジアンタムの頭を血に濡れた右手でそっと撫でるとその拘束を優しくほどく。


「タム……あなたは本当にいい子だから……他の皆をよろしくね」

「リア……」


 目に涙を浮かべアジアンタムはセタリアを見つめる。


「私だって、お姉ちゃんなんだから。良いかっこ……させてね」


 セタリアはそう言うと、傷ついた体に鞭を打ち、孤児院の方へと走りだす。


〇〇〇


「でもあいつらとんだ変態よね~。あの子どう考えても十二、三歳でしょ~? それに欲情するとかキッモ」

「まあまあ、それよりも俺達は俺達で仕事しようぜ」

「だな~、しかしあの子たちを追いかけてたら随分と孤児院……ていうか魔王城から離れちゃったな」

「そういう系統の魔法も使ってたのかも知れないわね」


 異界勇者達が嫉妬の使徒に連れられて、孤児院へともと来た道を辿る。


「ふふ、来たようだな」


 その最中、嫉妬の使徒が振り返る。


「来たって、何がですか?」


 異世界勇者の少女が嫉妬の使徒に問う。だが、それには答えず嫉妬の使徒は体中から触手を出し臨戦態勢をとる。


「貴方たちでは荷が重そうですからね。私が片付けておきましょう。皆さんは孤児院の子供を捕獲しておいて下さい」


「わ、分かりました……」


 意味が分からないながらも渋々従う異世界勇者達。彼らが距離をとった直後、一つの暴風がその場に到着する。うなり声を上げながらセタリアは嫉妬の使徒に向かって吠える。


「お前達は……許さない!」

「ふん、何度も神に噛み付くその蛮勇は褒めてやろう。このガダバナートス十四柱が一つ、【嫉妬の使徒】バルボドス・クラウリンが潰してやる」


〇〇〇


 セタリアは縦横無尽に走り回る。襲い来る触手群に対して時に切り裂き、時に食いちぎり、男に接近する隙を伺う。

 だが、消し飛ばしても数秒後には何事もな勝ったかのように復活する触手を見て、セタリアは焦りを感じる。なぜなら彼女には時間がなかった。


 彼女の現在使用している能力、固有魔法と言ってもいいが【狂獣化】は身体能力を飛躍的に上げる代わりにそれなりの代償が伴う。


 代償、それはまさしく命。セタリアは現在、命を代償に、嫉妬の使徒との戦闘に臨んでいた。そうでもしなければ一瞬でダンダリオンのように一瞬で潰されるのがオチだ。


(でも……もってあと数分……その間に蹴りをつけないと……私は……)


 加速していく戦闘の中、どうにか突破口はないかと模索するセタリア。その間にも数十数百の触手の束がセタリアを叩き潰さんと上空から、刺し貫こうと真正面から襲い掛かる。


「ふん! ちょこまかと動く……」


 嫉妬の使徒が鬱陶しそうにつぶやく。

 セタリアはその一本一本を卓越した動体視力で見切り、右へ、左へと躱していく。時折触手の一本をつかんでは電撃を流したりしてみるが男が痛がるそぶりはない。


(やっぱり本体を直接叩くしかない!)


 触手の、その根っこの部分に立つ男を見つめ、セタリアは決心。さらに全身を強化すると一撃で終わらすべく多少の傷などお構いなしに突撃する。


「雷魔法! 【雷爪(らいそう)】!」


 自身の手に雷を纏わせ、より切れ味を増した爪で男までの道を一直線に切り開いていく。一歩、また一歩と確実に。


「ほう、私のところまで直接来る気か。面白い」


 セタリアの意図を察した男はさらに触手の数を増やす。男としてはセタリアが無理をしているのは手に取るようにわかる。だから彼としてはセタリアの時間切れを待つべくひたすら手数を増やすだけにとどめているのだ。


 そして終わりは唐突に訪れる。


〇〇〇


 襲い来る触手を斬り続けるセタリア、だが、男のもとにたどり着く前に彼女の体は限界を迎えた。傷口は徐々に開き、力も入らなくなる。


「ぐ……ああああああ!」


 そして【狂獣化】の副作用。今の今まで無理をした分が一斉に彼女の痛みとして襲い掛かる。そしてそれは嫉妬の使徒にとって絶好の攻撃の機会だ。


「ようやく時間切れか。ほれ、ひき肉になるがよい」


 セタリアがあまりの痛みに、動きが鈍ったその瞬間、圧倒的な質量を伴ってセタリアを押しつぶさんと迫る。

 だがそれを見てもセタリアはもはや動く体力も気力もない。


「……ごめんね……ダン……皆……」


 自身の力の足りなさを悔やみながら心に浮かぶ家族たちに謝罪するセタリア。視界が触手で覆われ暗くなり、


「間に合った!」


 直後、光で満ちた。

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