孤児院防衛編 弐
「リア!!」
「ダン! 待って!」
獣化した姉の胸が貫かれたのを視認したダンダリオンが自身の獣化を解き、わき目もふらずにセタリアに走り寄る。アンタムの制止も聞かずにだ。当然それは大きな隙になる。
「神届物【我、嫉妬の道を広げゆく】」
伸びる触手。さきほどはセタリアの、獣化し硬度が上がっていたはずの皮膚を難なく貫通したそれが今度はダンダリオン目掛けて勢いよく射出される。セタリアに意識が向いているダンダリオンはそのことに気づかない。
だが、その凶悪な触手が彼を貫くことはなかった。
「させない! 【魔転鎧装】!」
ダンダリオンに迫りゆく触手を前にアジアンタムが割って入る。だが、セタリアの固い皮膚を貫いた触手だ。小さな少女が一人立ちふさがったところで止められるものではない、
はずだった。
「なに?!」
嫉妬の使徒の触手がまさにアジアンタムを貫こうとした瞬間、彼女の脇腹に触れた触手は進む方向がずれ、あらぬ方向へと延びていく。
その隙にダンダリオンはセタリアを回収。アジアンタムも使徒から距離を取るのであった。後ろから嫉妬の使徒が攻撃するが、その全てにアジアンタムは対応し、あらぬ方向へと導く。
「ふむ……敵の攻撃を弾く能力か……鬱陶しい!」
イライラしたように呟く使徒。そして次の瞬間にはダンダリオン達の進行方向に触手で編まれた壁が現れる。ダンダリオンが殴り、アジアンタムも蛇腹剣で切りつけるがすぐに再生してしまう。
「ダ……ン……?」
「リア? 気が付いたか?!」
ダンの背中に担がれ、胸から血を流すセタリア。心臓は外れていたらしいがそれでも胸に穴がいていることに違いはない。急いでこの場から離脱しなければ彼女の命は危ない。
だが、それを嫉妬の使徒が許さない。アジアンタムがどこかに向け道はないかと探したが見渡す限り、孤児院を中心に高さが三人の子供たちの何倍もある触手が檻のように囲っている。
「わた……しを……おいていって……そうしたら……逃げれるでしょう?」
「そんなことするわけないだろ! いいからここで休んでろ。【治癒】はまだ使えるだろう?!」
それにそもそも逃げることも選択肢としてはない。もし三人が逃げれば孤児院に残っているであろう年少組が連れ去られるのは間違いない。
そんなことを、孤児院の子供たちは許さない。
セタリアの治療のため【嫉妬の使徒】から距離を取ろうとしたダンダリオンとアジアンタムだったが難しいと判断したダンダリオンがセタリアを地面に優しく横たえる。彼は彼女が持つ能力【治癒】を知っている。胸に穴が一つ空いた程度ならば一時間もすれば治りきるほどの再生力だ。
その時間が与えられるのならば、という条件付きだが。
そしてその時間を今から稼ぐ。
「タム、よろしくたのむぜ」
「よろしくね。ダン」
逃げるなど選択肢にない二人が姉に必要な時間を稼ぐべく巨悪に立ち向かう。
だが、相手は神の使いである。
〇〇〇
戦況は最悪と言っていい。
ダンダリオンの戦闘の持ち味はその敏捷性からくる速さと一撃の威力だ。だが、相手の触手のほうが早く、鋭く、そして重い攻撃を仕掛けてくる中、その長所は完全に潰されている。
一方のアジアンタムの固有魔法【魔転外装】。本来は飛び道具や打撃、刺突を全て弾き、相手の懐に切り込んでいくための魔法だ。これによって触手の打撃や刺突に対してはダメージを負わずにいられるがいかんせん、この今の場合決定打に欠ける。切っても切っても現れる触手の前には無力だ。そのうえ、打突や刺突以外の攻撃、つまり拘束してくるような触手に対しては弾いたところで意味がないのだ。
結果……
「はぁ……はぁ……」
「い、痛い……」
「ふん、警戒していたが大したことはないようだな」
嫉妬の使徒が嘲りの表情で二人を見る。ダンダリオンは触手による貫通痕こそなかったがその重い打撃により既に手足が動かないほどの疲労がたまっている。
一方アジアンタムもその両手を触手により拘束され、宙づりに。持っていた蛇腹剣もすでに取り落としていた。ぎりぎりと締め上げる触手にアジアンタムが苦痛の声を漏らす。
そしてその状況はさらに悪くなる。
「嫉妬の使徒様! 俺たちはもう動けますよ!」
先ほどまで孤児院の前で耳を抑え、倒れていた異世界勇者たちがやってくる。使徒一人でも現状圧倒的な力の差があるのにそこに異世界勇者など現れればもう勝ち目も逆転もない。
「そうですか。ならよかった。早くしないとクルルシアにしかけた神届物が解けないとも限りませんからね」
そう言って彼らは踵を返す。ダンダリオンは捨て置いて、アジアンタムは拘束したままで。アジアンタムを拘束したままなのは彼女がまだまだ動けるための処置だ。
「タ……ム……」
意識を失いそうになりながらもダンダリオンは義妹の名前を呼ぶ。それに気づいた異世界勇者がダンダリオンに近寄る。
「使徒様! ほかの子供はこいつらより弱いんですよね! それなら俺たちはこいつらで遊んでいいですか?」
三人ほどの異世界勇者の少年が嫉妬の使徒に希望を言う。
「ふむ……なるほど……いいだろう。好きにするがいい」
彼等の瞳を見て嫉妬の使徒は面白そうに微笑むとアジアンタムを開放し、他の異世界勇者とともに孤児院へと戻る。自身の身長よりもはるかに高い場所から落とされた彼女は痛そうにしながらもすぐに臨戦状態に移る。
だが、その姿を見た異世界就勇者達は嗤った。
「はっ! こいつまだ戦うつもりだぜ!」
「お前の能力はもう知ってるんだよ! 拘束魔法【蔓の呪縛】!」
異世界勇者の中で杖を持っていた少年が魔法を起動。手のひらから現れた魔法陣から蔓が伸び高速でアジアンタムに迫る。拘束から解き放たれたばかりのアジアンタムには蔓をかわすほどの元気はなく、瞬く間に両手両足を拘束する。
「は、離せ!」
「ふん、無駄無駄。俺ってば【魔法使い】だぜ? そんなささやかな抵抗で解けるわけないだろ」
ニヤニヤと気色の悪い笑みを浮かべながら近寄ってくる、自分よりもはるかに身長の高い少年たち。本能的な恐怖がアジアンタムを襲う。
「い、いやあ! 来ないで!」
悲鳴に近い声を上げるが四肢は拘束され彼女に逃げる手段はない。じわじわと彼女と少年たちの距離が縮まる。
「ま……て……」
だが、その異世界勇者の足をダンダリオンが掴む。倒れていた彼が最後の力を振り絞って彼らの歩みを、義妹を助けようとしたのだった。
だが、所詮は重傷の身。彼が足をつかんだところで少年たちは気にしない。軽く払うと再びアジアンタムに向かって歩みだすのを止めない。勿論その際、身体強化を施した足でダンダリオンを蹴り飛ばすことを忘れない。
「ダン!!」
「はいはーい、おとなしくしましょうね~。怖くないからね~」
「ひっ」
下卑た笑みを浮かべながら近づいてくる男にアジアンタムは涙すら浮かべる。そして近づいてきた少年たちは彼女の服に手を伸ばし……
それが起爆剤となった。
〇〇〇
セタリア・ファミーユ。推定十五歳。ダンダリオンとともに赤ん坊で捨てられていたところをクルルシアによって発見され、以後ファミーユ孤児院で過ごす。
ソルトやクルルシアには及ばないがその動体視力と敏捷性は弟のダンダリオンとともに孤児院のこども達の中で高い戦闘力を誇る。
趣味はご飯作り。レシピ通りに作れば普通に料理を作ることができるが、自身の手作り料理を作れ、と言われれば料理に対する愛情が爆発、見境なく食材を入れ、ドラゴンの治癒力を持つクルルシアでさえ毒殺しかけるほどの料理下手。
彼女の能力は三つ。一つは【獣化】。【獣化】はその言葉の通り、自身の体をより人間から獣へと近づけ、その身体能力を高めるもの。
二つ目に【治癒】。【治癒】は自他関わらず認識した怪我を治癒できるというもの。
孤児院の子供全員に言えることだが彼女は妹として、姉として、他の兄姉弟妹が大好きである。
目の前で泣かされた義妹を見て激怒するくらいには。
そして三つ目の能力……。
〇〇〇
それは一瞬だった。
一つの風が吹いた。
だが、その風は優しい風ではない。嵐のような凄まじい勢いの暴風だった。
そしてその風が止んだ後、残ったのは……
突然の風に驚く少年二人とアジアンタム。そして一つの首なし死体だった。
「な? マツト?!」
「だ、誰だ!?」
驚く二人の少年。アジアンタムも突然の出来事に戸惑いを隠せない。だが、戸惑いはするものの、何が起こったかは理解している。そしてだからこその戸惑いだった。
「リ……リア……? それって……【狂獣化】……」
アジアンタムのその視線を追い、二人の少年も状況を理解する。視線の先にいたのは一人少女、いや、一匹の少女の形をした獣だった。
「があああアアぁああ」
胸元の穴から血を零れ落としながら。少女は夜の空に吠える。




