開戦編 クルルシアのクルルシアによる子供たちのための講座と王族会議
『いいかい。まずそもそもこの世界は一人の神が調整していたんだ。それが数千年前とかそんな話だ。そしてそのための手先がガダバナートス十四柱と呼ばれる集団だ』
いきなりのクルルシアのその発言にほかの子供たちは驚きこそするが、ざわめくことはない。
『しかしそこにもう一人の神が現れた。その存在によって魔王は生み出され、その眷属として魔物や魔族が数多く誕生したんだ。これが数百年前』
「クル姉様、それ、どっから聞いた話でしょうか? 疑うわけじゃないけどあまりに突拍子もないというか……」
だが、流石に抑えきれなかったのか、獣人少女セタリアが疑問を呈する。クルルシアの【伝達】魔法は続く。
『なに、たいしたことじゃない。神から直接聞いただけだ』
「神に……聞いた?!」
『そこはまたあとで説明しよう。とりあえず今の状況としては一人目の神のために動く柱どもが敵神の勢力を倒そうと躍起になっている訳だ』
「あいえyむうあzkzきあいみうおおzmswmうぇzqぜwrうぇyqぞw」
言葉を発したのはスノードロップという少女。意味不明の言葉の羅列だがクルルシアが通訳をしながら答える。
『ソル兄様もその一環で狙われているのかって? うん、その通りだね。とにかく、これで争いの原因は分かったかな?』
「ではクル姉様、ソルト兄様、お二人はどのような決着点をお探しですか? 僕の力で協力できるところといったらそこですよね」
ノイバラが二人に視線を送る。
「神の勢力を全て引きずり下ろす。神なんて要らない。それが俺の結論だ」
ソルトはそう答えた。
〇〇〇
時は遡る。
シャルトラッハ王国、異世界勇者を召喚する唯一の術を持っていた大国。その王宮の大会議室。中央の高い席を中心に同心円状に席が並んでいる。
本来ならば国王や大臣が中心になって国の政策を取り決める場であるが、今この場にシャルトラッハ王国の関係者はいない。席に座っているのはたったの二十二人だ。
「全く、いい気味よね。あの爺」
一人の女性が呟く。上品に着飾り、もはや重そうな印象を与えるドレスを身にまとう彼女は誰に、というわけでもなく悪口を開く。
「ナーリア王女。あまり他国の王を悪く言わない方がいいですよ。もっとも先ほどの言葉には同意いたしますが」
その女性をたしなめるように口を開いたのは外見が五十近い男性だ。同じく派手に着飾り鬱陶しいほどの装飾を身に着けている。
そう、この場にいるのはシャルトラッハ王国以外の王族と、その従者たちだ。各王が二人ずつの信頼できる部下を引き連れてこの場の席に座っている。
「お二人ともやめましょうよ。僕たちは話を聞きに来たんですから。いいお話なんですよね?」
今度口を開いたのは青年だ。視線を会議室の中央に向ける。
場の最も高い位置、本来ならば最上位のものが君臨する場所にいるのは一人の女性であった。
「ええ。皆さま王国連七か国に朗報でございます。この【ガダバナートス十四柱】が一柱、【希望の使徒】が神からの伝言を承っております。【今こそ諸悪の根源を断ち切れ】と」
〇〇〇
「ほほう、神か。大きく出たものだな」
馬鹿にするように一人の男が笑う。だが、その目は真剣そのものだった。最上位に位置する女性を観察するとため息をつく。
「ふむ……本当に嘘はついておらんようだな」
「勿論でございます。このハルピア・マーレー、嘘をついたことはございません」
男性に向かって深々とお辞儀をする女性。場にいる全員が異質なものを見るかのように視線を投げる。恐らく全員が何かしら嘘を感知するスキルか魔法を使ったのであろう。
だが、それで全員が何も言わない、ということはその女性の言葉には嘘がない、つまり本当に、この世に生を受けてから嘘を言ったことがないということになる。それは人間としてどうなのか、と彼等の頭に疑問や猜疑が渦を巻く。
「では、納得していただけたようなので……。まずは皆さま、この国までお越しいただき誠にありがとうございます。やはり嘘をつかない、というのはいいことですね」
ニコニコと笑い全員の視線を受け流す女性。王の一人がしゃべる。
「確かに、人の国がより発展する、と嘘を言わずに、誤魔化しなく宣言されてしまえば私たちは行くしかない、なにせ目の前には魔族の脅威があるのだからな」
実際に、シャルトラッハ王国が戦線を維持していなければ他の国もすでに消えている可能性があった。
「ええ。そうでしょう。そして、もう一つ、異世界勇者を奴隷にしてくださり誠に感謝いたします」
「む? そのことまで知っておるのか。まだ本人たちにも気づかれてないはずだというのに」
異世界勇者奴隷計画。王国連の七か国で持ち上がった計画である。
第一にシャルトラッハ王国の召喚した勇者たちを奪取。
第二に彼らに対して【隷属の腕輪】を装着させる。
第一が難しかったが【悪魔喰い】のおかげでその理由付けが完了し、各国が受け入れた異世界勇者に【隷属の腕輪】を装着したのであった。
だが、この計画を知っているのは各国の上層部、それも信頼されている者のみのはずだった。この時点で各国の王は女性の得体の知れなさに警戒を抱く。
それを見越してか、女性が次に口を開いた時は柔らかな口調であった。
「安心してください。あなたたちに敵対することはありません。あなたたちの敵は私達ではありません。共に力を合わせ、人の繁栄を邪魔する魔族を滅ぼすのです」
「しかし、希望の使徒やら。魔族の力はどれも人とは桁違いだ。数十人の異世界勇者を手に入れたところで私たちが苦戦するのは必至。その状況で我ら七か国がともに手を取り合い、協力し合えるとでも? 楽をしようと他国に押し付ける国が出てきてもおかしくはないぞ」
文句をいうのはこの場で最も老獪な印象を抱かせる男性。その声の主を向き、女性は口を開く。
「はい、そこもわかっております。なのでこちらであなた方に与える力を用意いたしました」
そういうと女性の手に複数の魔法陣が現れ、それと同時に王様や従者の目の前に装飾品が現れる。
あるものはブレスレットであったり、あるものは腕輪であったり、あるものは首飾りであったりと様々だ。
「これは?」
最初にシャルトラッハ王国国王の悪口を言った女性が疑問を口にする。
「それは神より授かった、人に神届物を与える魔道具となります。いえ、少し語弊がありますね。魔法を使っていないので神具とでも言っておきましょう。それをはめるだけで力がみなぎり、神より力が与えられます」
その言葉に各国の国王は目配せしあい、それぞれの従者に装飾品を付けるように指示を出す。流石に嘘をつかないと言われても初対面の相手に渡された道具を身に着けるのは少し憚られる。
従者の方は誰も文句を言うものはいない。大人しく自分の主の命令に従いそれぞれ装飾品を身に着ける。
「ふむ、確かに、魔力も上がり、私でも見えない力が宿っているようだな」
「はい、間違いなく力が増しております。これならば魔族も一対一なら負けることはないでしょう」
目に魔法陣を浮かべながらひとりの王が判断、従者も自信満々に言葉を返す。
その会話を皮切りに全員が装飾品を身に着け、
そしてその場に倒れた。
〇〇〇
「これで王族の洗脳は完了ですかね。ドグライト、出てきていいですよ」
『いやいや、見ていたが便利なものだね。希望の使徒の権能は。【嘘を見破られない】なんて使いどころによっては便利なものだのう』
女性の呼び声に従って会議室に入ってきたのは一人の男性だった。だがその目に生気はない。操られている人形のような目であった。
「また、【人形】を使っているのですか。趣味が悪いと言っているでしょうに」
「王族全員をだますような女性にそんなことを言われるとは心外ですな。くっくっく。【人心支配】に【与夢】、おっと、【神届物】まで使っているのかな? それに私の力まで使わせておいてそれを気持ち悪がるとはね~」
「もういいですから行きなさい。あなたの装飾品は着けたら効力を発揮するのでしょう? とっとと働いてくださいな」
「くっくっくっく。人使いの荒いお嬢さんだ。まあ良い。おかげで王国の兵は自由に動かせるのだからな。感謝するぞ。王族と接触を図るのは私でも骨が折れるのでな」
人々の知らないところで国の頂点に魔の手が伸びた瞬間であった。
そして後日、王国連が魔族へ宣戦布告することとなる。




