開戦編 孤児院の晩餐
時は同じく孤児院、ソルトが獣人姉弟セタリアとダンダリオンに案内されながら食堂に入ると、すでに中央の長机には四人の少女と一人の少年が座っていた。
机の上にはこれでもかというほどの料理が並べられ、ソルトたちの座る席も準備されている。
「お? お兄様じゃねえかさっきぶりだぜ」
乱暴な口調の少女。長い紫の髪が床に着かないようにするためか、椅子に座りながら自分の髪を編んでいるのはジギタリス・ファミーユ。不気味さを感じさせる緑で染め上げた着物に身を包み、腰には髪と同じ紫色の帯が特徴だろう。
そしてその言葉の通り、悪魔喰いに追われバタバタしていたが彼女とソルトが別れたのはわずか数時間前だ。
「ジギ、挨拶するならきちんと目を見て言いなさい。おかえりなさい、ソル兄様」
礼儀正しく挨拶するのはジギタリスとともにソルトの家に行き、日記などの記憶を掘り返したエーデルワイス・ファミーユ。こちらも長い髪だが地面に触れても気にしていないらしい。白の、装飾の少ないドレスに身を包み、いかにもお嬢様という感じである。
「やっほ~~! ソル兄久しぶり!! おりょ? クル姉様も帰ってきてるじゃん! もしかして久しぶりに全員揃ったんじゃない? ほら! ノイバラも喜ぼう!! 君の言う通りだ!」
上機嫌でそう口にするのは孤児院で開催された料理大会を取り仕切った少女、アジアンタム・ファミーユ。紅の髪を一房にまとめ、食堂に入ってきたソルトたちに手を振る。リナの創った茶色のコートに身を包み、足をじたばたさせながら椅子に座っている。
「お帰りなさい、ソルトお兄様。待ってましたよ」
アジアンタムに話しかけられたノイバラ――食堂の席についている唯一の少年――がソルトに挨拶する。この中では一番若いだろう。しかし、そこに幼さは感じられない。灰色のシャツの上から黒いコートを羽織っている。
「あいえyむうあzkz、がずにぇう!」
最後に言葉を飛ばしてきたのは白と黒の混じった短髪が特徴の少女、右が蒼で左が赤のドレスに身を包み、ソルトたちに軽く手を振った。だが、その言葉は意味不明であり、数年間一緒に過ごしたはずのソルトでも即座に理解するのは難しい。
「おい……スノーはまた死んだのか……。酷さからみると昨日辺りか?」
あきれ顔になるソルト。その少女の名前はスノードロップ・ファミーユ。外見の特徴は先の通りであるが、もう一つ大きな特徴がある。
よく死ぬのだ。そしてその度に言語のレベルが著しく退化する。
「あ~、実は一昨日年少組と遊んでたらね……」
「待て、なんでそこで言葉を切るんだ?! 遊ぶ最中に何があった?!」
セタリアの不穏とも謎ともとれる発言にソルトは動揺する。
『【ソル兄様、久しぶり!】だってさ』
ソルトの隣にいたクルルシアが通訳する。彼女ならば意思さえあれば通じ合える。
そしてそれを聞いたソルトは気を取り直したように笑顔で言うのであった。
「ああ、ただいま」
和やかな晩餐が始ま……
〇〇〇
らなかった。
「ここがソルトの家……」
すでに偽装の魔法を解除し、吸血鬼としての姿をさらしているシャルがソルトの後から少女たちの視界に映った瞬間、凄まじい殺気が食堂に渦巻く。いや、ジギタリスとエーデルワイスに限ってはシャルの存在を知っていたのでそこまで放ってはないないが……。
「そ、ソルトお兄様……一応の確認だけどその女性は?」
少女たちにはさまれるように座っていたノイバラが冷や汗を流しながら確認する。
「ああ、シャルか? 俺に協力してくれてるんだよ。そんなに警戒しなくても仲間だ」
「そうじゃなくて……いや、そうなんだけど……それだけ?」
その質問にさっきは反応の薄かったジギタリスやエーデルワイスまでもが警戒したような顔でシャルの方を見る。
「そりゃあ、それだけだぞ。何を警戒してるんだ」
「そうよ、安心しなさい。あなたたちのお兄さんを盗ったりはしないから」
ソルトではなくシャルの言葉でようやく場の殺気が少し収まる。
『はいはい! みんな、ご飯を食べるよ! これはタムかな? おいしそうだ』
「そうだよ! わかる!?」
気を取り直したように全員に思念を送るクルルシア。料理の外観を褒められたアジアンタムが喜びの声を上げる。
そしてようやく食事が始まったのである。
もっとも、これからする話は年少組には聞かせたくない戦いの話だが。
「なあ、ところで年少組のごはんは? 誰が面倒見てるんだ?」
『それなら安心したまえ。ジャヌが面倒を見ている』
〇〇〇
食事が終わりに差し掛かり、全員の手の進みがゆっくりになってくるとソルトはようやく本題を切り出す。
「さて、俺のことについてはジギとエーデの方から話を聞いているか?」
ソルトのこと、つまり彼が現在悪魔喰いに追われ、使徒の方からも魔王の関係者として危険分子として判断されている状況のことである。
「うん、聞いたよ! それでそれで? どうするの? 全員殺せばいいのかな?」
意気揚々と聞いてくるアジアンタム。どの孤児院の子供にも言えるが彼らにとって孤児院の家族以外の存在はどうでもいいのだ。一般的な道徳教育はリナから施されているが、家族に害をなそうとする存在を救おうなどと考えることはない。
ソルト以外は。
「いや、そのつもりはない。そんなことをすれば俺たちも全員が無事でいられる保証はない。あくまで自衛が最優先だ。そしてそのうえで俺はこの戦いを終わらせたい。人も魔族も争う理由なんて本来ないはずだ」
「なるほど!」
「しかしお兄様よ~、どうする気だよ。魔族はそれぞれの長とか説得すりゃいいんだろうし、何だったらリナ母様たちが今魔王やってるんだからそれに頼んだらいいと思うぜ? だけど一番の問題は人だろ? 王様とかそっちの方に伝手はないぜ」
納得するアジアンタムであったが今度はジギタリスが難癖をつける。だが、言っていることは正しい。
「そこに関してだが、やはり王様とかも話そうと思えば俺とクル姉が乗り込めばいける。だけど一番の問題はそこじゃない」
『使徒だね。魔族を滅ぼそうと躍起になっているのは彼等だ。そこをどうにかしないとたとえ両方の陣営の長を説得できたとしても争いは止まらない』
「クルルシアお姉さま、その使徒、というのはどうして魔族を滅ぼそうとしているのですか?」
ノイバラが食器を置き、クルルシアに向き直る。クルルシアは手に持っていたグラスを机に置くとゆっくりと話し始める。
『そうだね。そろそろ皆にも教えるよ。この闘いの元凶を』




