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 公爵家の一室、本来招かれざる二人の母娘がそこで出された紅茶を楽しんでいた。


「見てよお母様! 素敵ね~このカップ一つで一体いくらくらいするのかしら?このソファーだって材質が違うもの! こ~んなに広いお屋敷に()()()がいるだなんて信じられない! 本っ当にお義父様ったらどういう事なのかしら」


「ブレンダ、あなた何度も言う様だけどちゃんと大人しくお淑やかにしておくのよ? 話を聞くまであなたは黙ってわたくしに任せておきなさい。それにしても確かに味が違うわこの紅茶......あの人もなんだってわたくしにまで黙っていたのかしら?」


 茶葉の違いや家具の材質の事など本当の違いが分かっているのか疑問の二人だが何やら計画があるらしく、目的の家人が来るまでは与えられていた空間を楽しんでいた。



「本当に乗り込んで来るとはな! せめて伯爵に確認を取るなりの考えにも至らぬほどの愚かさとは、呆れ果てて物も言えん」


 二人が通されていた部屋に入るなり頭ごなしに相手の事を貶すテオバルトに、娘のブレンダは呆気に取られていたが母親のダリアは顔を引きつらせつつも即座に対応した。


「これは閣下、先程は本当に失礼をいたしました。改めて謝罪いたします、またお招きいただきました事深く感謝いたします。わたくしはハワーズ伯爵の妻ダリア・ハワーズと申します、そしてこちらが娘のブレンダでございます。以後お見知りおきくださいませ」


「..................」


「あの......閣下? そのぅ......あの娘から何かお聞きになったのですか? 閣下はあの娘の事を妻と呼んでおられましたが経緯をお聞きしてもよろしいでしょうか? きっと何かの()()()があったと思われます。それにあの娘は義母であるわたくしが言うのも憚られますが、とてもとても公爵家に嫁げるような人間では......」


「..................」


「そもそもあの娘は伯爵家の娘でありながら、幼少期より地味で口も利かず何を考えているかも......」


「だまれ......」


「公爵家に迎えるのであればこちらにいるブレンダの方が......えっ? 閣下、何かおっしゃいましたか?」


「『黙れ』と言った。お前の事も、ましてやその娘の事などちりほども興味はないのでそれ以上口を開くな」


 さすがのダリアもテオバルトのこの言葉に黙ってしまった。その母親の様子を見たブレンダが少し慌てるように会話に入ろうとするが、テオバルトに正面から睨まれて止めた。


「お前達に言って聞かせる義理は微塵も無いが、今後マリエッタに執着されては迷惑だから私から話しておく、なのでこれを聞いたら直ちにここから立ち去り、この公爵家にもマリエッタにも二度と近付かないと約束するんだ! わかったな」


 そう言ってテオバルトは長い足を組み替え二人に言い聞かせた、そして己の怒りを抑えるようにゆっくりと話を続ける。


「いいか? お前が何を以って()()()と言っているのかは知らんが、私とマリエッタの婚姻はこの国の王太子であるルーク・メレディウス様承認の元、ハワード伯爵もすでに承諾している事であり、立会人の確認後教会へも届け出を済ませている。したがって今更お前達があれこれ口を挟む筋合いはどこにも無いと知れ、どうだ理解したか!」


「お、王太子殿下がですか? お待ちください! そもそもが何故あの娘に話が来たのでしょうか? 我がハワード伯爵家の娘として話をいただいたのであればアレではなくブレンダでもよいはずですし、いいえむしろその方が双方にも良い事のように思えます。それにアレは辺境の地に送られたものとばかり......」


「お父様が承諾しているだなんて! 何故お父様は私達に嘘をついてまでこの事を隠したのよ! そんな事信じられるわけないじゃない! それにあの女がここでのうのうと暮らして......この私よりも恵まれた環境だなんて、許せない......あんな何も出来ないクズ女が公爵夫人? 笑わせないで!」


「ブレンダ! おやめなさい! 今すぐ閣下に謝罪するのよ!」


 感情のままに声を荒げる娘を母のダリアは慌てて諫めよとするが、今更態度を改め謝罪しようが猫を被ろうが手遅れであった。いや、テオバルトは報告書を読んだ時点でマリエッタの家族の非道さについては知っていたので手遅れという言葉は適切ではなく、ただテオバルトが自分の目でその実態のほんの一部を垣間見ただけであり、こんな事は氷山の一角でしかない事は分かり切っている事だったのだ。

 

 それでもダリアが慌てているのは罰を与えられるのを恐れたからというよりも、まるであわよくばマリエッタに代わり本当の娘であるブレンダをその座に据えようと画策しているのが透けて見えていた。

 

 その後も「ブレンダは普段は淑やかで優しい」だの「本来気品と教養兼ね備えている」などと必死に取り繕っているが、当の本人はというと淑女の「し」の字もないほどの悪態をついているので、もはや母親が妄言を吐いてテオバルトを更に不快にさせただけなのであった。


 部屋の空気がこれ以上は......というほどに悪くなった時、テオバルトのより一層低い声が地を這い二人の母娘をとらえた。

 先程までもテオバルトは不機嫌さを隠そうともしていなかったが、その比ではなく恐怖を感じさせるほどの圧に身じろぎすら出来なくなった二人。


貴様・・()が何を言いどう足掻こうがマリエッタを手放す事も、ましてや貴様らのいる伯爵家へ帰す事などあり得ない。彼女は既に公爵夫人であり、紛れも手違いでもなくれっきとした俺の妻であるのだ。その彼女を、夫であり公爵である私を前にしてなお貶した貴様らにはそれ相応の罰を下す。心して伯爵家へと戻るがいい、伯爵はこの件どう判断するかな? 分かったならばこの屋敷からさっさと立ち去り二度と近付くな!」


 比喩ではなく本当にピリピリとした空気を肌で感じたダリアは黙って立ち上がり、ここは一旦非礼を詫びて大人しく引こうとしたのだが、そんな場の張りつめた空気も母親の顔色の悪さすら感じ取れないのがブレンダである。

 彼女は不貞腐れたようにぼそりと、しかし相手の耳には届く音量で呟いた。


「あんな傷モノが公爵夫人?あの女の体中の傷を見てなお側に置くだなんて趣味が悪いこと」



——ドンッ!!——



 その音と衝撃は3人がいた部屋だけに留まらず、周囲に異変と警戒を伝えた。

 慌てて駆け付けたリチャードが目にしたものは、テオバルトを中心に家具などが弾き飛ばされたかのように周囲に吹き飛ばされており、ソファーに腰掛けていた二人もソファーごと壁際でひっくり返っていた。高い天井からはパラパラと何やら落ちてきているので、もしかしたらどこかにヒビが入ったのかもしれない。


 無言で部屋を出て行こうとしたテオバルトは、リチャードの横を過ぎる時に一言小さく「すまない」とだけ呟いて出ていってしまった。何に対しての謝罪なのか……。

 後始末の事だけを言っているのではないと分かっているリチャードは、改めて室内を見て大きな溜め息をついた。

そうしてひっくり返り意識を失っている二人をいち早く伯爵家に送り返す為の馬車を手配したのだった……。

 





 






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