表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/26

15.


「「グランジュ公爵ですって⁉」」


 店主が明かした俺の公爵家という身分に反応したのは礼儀知らずの娘だけではなかった。

 先程マリエッタの名を呼んでいた事と、この態度俺の勘が正しければ間違いないだろう。マリエッタの義母と義妹......、二人の顔を知っているリチャードは先に店を出て馬車を手配しに行っているが、確認するまでもないだろう。

 俺が不快感を前面に押し出していると、母親の方が声を掛けてきた。


「ブレンダお行儀良くなさい! 申し訳ありません。まさか貴方様がグランジュ公爵閣下とは思いもよらず、どうか広いお心でお許しください。改めてグランジュ公爵閣下にご挨拶を、わたくしダリア......」


「挨拶も謝罪もいらん、お前達には私が公爵と思いもよらぬほど小物に映っていたらしいからな。店主! 気分が悪いからこれで失礼する、今後は屋敷から使いを出そう。では世話になったな」


 俺は目の前に出てきたのが、マリエッタの義理の妹と母親だという事に思い至り、もとより不快であったが更にあからさまに敵意をむき出しに返事をした。すり寄ろうとした母娘は俺のその態度に一瞬言葉に詰まりはしたがひるまず前に出て、背を向けてもなお声を掛けてきた。まさに『厚顔無恥』とはこの事である。


「閣下! どうかお待ちください。誤解でございます、先程の言葉は閣下があまりにもお若かったので"言葉のあや"でございます。どうぞ話を聞いてくださいませ、そこの娘について閣下のお耳に入れたい事がございます」


 「そこの娘」と言われマリエッタの体が硬直し、動きを止めた。早々に立ち去ろうとする俺達をなんとか引き留めようとする義母の言葉に、肩を震わせ下を向く。すかさずナタリーがマリエッタの隣に立ち、背に手を添え声をかけるが反応がない。

 返事のない事に腹を立てたのか、その義母は強い口調でマリエッタに直接話しかけてきた。


「お前? 何をしているの? 早くわたくし達の誤解を解き、閣下にきちんと紹介をなさい! そしてなぜお前がここにいるのかを説明するのよ」


「マリエッタ? こいつらと話す事があるか? 君はどうしたい?」


 俺の声に反応したマリエッタが顔を上げると、頬に一筋の涙が流れていた。

 返事をしたわけではないがそれが答えなのだろう、俺は戻ってきたリチャードとナタリーに指示をしてマリエッタと二人で馬車に乗り一刻も早くその場を離れようとした。

 相手にされなかった義母と義妹が声を荒げようとする二人をリチャードが制止する。心なしか周囲の温度がヒヤリと下がったようだ。


「リチャード、後は任せた」俺はそう言ってマリエッタの手を握って、馬車の窓を閉めたのだった。



「失礼いたします、我が主の言葉です。『店の前で妄言を吐くのであれば牢に入る事を覚悟せよ! 大人しく話が出来るのであればリチャードに従い我が屋敷まで参れ』との事でございます。遅れましてテオバルト様にお仕えしております、わたくしリチャードソンと申します。今後の関わりはないと存じますので覚えていただかなくて結構です。ではどうなさいますか?」


「な! 何よあなた! 使用人のくせに失礼ね!」

「やめなさいブレンダ、お行儀良くと言ったでしょう? それで?ジョンソン……だったかしら?わたくし達は公爵家に参りますから案内なさい」


 動かすたびに個性的な香りを振り撒くような趣味の悪い扇子を広げ、センスの悪い冗談で悪意を絡ませリチャードを牽制するマリエッタの義母であるダリアと義妹のブレンダ。



 馬車の中で俺は、マリエッタの様子が心配ではあったが聞いておかねばならない事を質問した。


「マリエッタ? 大丈夫か? 屋敷に着いたら君は部屋でゆっくりしているといい。一つ確認したいのだが、君はあの二人や父親、伯爵家......というか生家に未練や思い入れはあるだろうか?」


 あの母娘なら乗り込んでくるだろうと踏んでいたが、俺は一応マリエッタの意思を確認した。

 報告書での内容に加え、先程対峙した事で押さえられない怒りを抱えていたが、万が一にでもマリエッタが実家に気持ちを寄せているのであれば()()()()()手加減をせねばと思ったので一応確認したのだ。

 しかし、目の前で俯くマリエッタは首を横に振って、膝の上にポタポタと涙を流すのであった。


 

 馬車が公爵家へと着き、マリエッタを出迎えたマーサと部屋に戻らせた俺は、家令のサムエルと執事のスチュアートを自分の執務室に呼んだ。

 彼らはにこやかに部屋に入ってきたが、俺の様子を感じ取った途端表情を引き締めた。


「どうされました? デートが上手くいかなかったのですか?」


「マリエッタの家族に会った。義母と義妹だが、恐らく二人はこれから屋敷に来るだろう。奴らが大人しく話ができるとは思えないからマリエッタを同席させるつもりは無いが、一応そのつもりで準備をしておくようにマーサに伝えておいてくれ。ナタリーとリチャードはその二人と一緒に戻るはずだ」


 俺は出先での事を二人に軽く説明した。

 そうして店の前で二人に声を掛けられ時に表情が抜け落ちたマリエッタの顔と、静かに流すマリエッタの涙を思い出し......何とも言えない胸の痛みに胸が締め付けられた。と同時に楽しい時間を過ごしていた彼女にそんな顔をさせたあの母娘を許せない。勿論これまでの事も含めてだ。


 俺は二人の到着を手ぐすね引いて待ち構えるのだった。

 

 その頃マリエッタは、マーサに街での楽しかった事を話したい気持ちがあったが、言葉に出来ず義妹達の事を静かに考え込んでいた。

 マーサはまだ事情を聞いていない事もあり、マリエッタの沈んだ様子とその虚ろな瞳を心配し声を掛けようとしたが、ちょうどその時扉をノックする音がした。

 

 ドアを開けるとそこには執事のスチュワートと戻ってきたナタリーがおり、着替えのドレスと装飾品を部屋に運び入れてきてマーサと交代する。何事かと驚くマリエッタだったが、部屋に来た二人の話を聞いて怯え戸惑うのだった......。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ