空気ヒロインは永遠に
人生は一本道だ。何があっても引き返すことはできない。
だからこそ、俺の後悔は大きかった。
あの日々はもう取り戻すことができないのだから。
いくら悔やんでも時は流れる。
俺は多くの友人と大学生活を過ごし、彼女を作り、別れ、紆余曲折ありも卒業した。
卒業後は大学院に進み、博士号取得を目指した。
今まで考えもしなかったことだが、俺は学者になろうとした。やりたいことがあったからだ。
文系の俺には化学部進学は容易では無かったが、努力の甲斐あって何とか進学できた。
院卒業後は大学校教授を務め、一学者として研究に明け暮れた。
この頃から学生、他教員との交流の他、外界との接触を絶ったため、結婚などはできなかった。無論、友人もいなくなった。
しかし、その程度の事はどうでもいい。その頃には俺が進めていたある研究が理論上は成立していたのだ。残すは実証実験だけだった。
更に月日は流れ――――――
ある日、一本の電話が入った。
「茨木さん、あなたのノーベル賞受賞が決まりました。おめでとうございます」
多少驚きはしたが、事前通告があったので意外ではなかった。
その後、日程その他諸々の打ち合わせをして通話を切り、一息吐く。
「先生、今の電話って」
そばでコーヒーを淹れていた助手が訊ねる。
「ああ、ノーベル賞の受賞が決まったそうだ」
「すごいじゃないですか!」
彼は携帯電話で他の助手にも報告した様で、研究室にこぞって押し掛けた。
皆が手をあげ声をあげ喜んでいる。
仕舞いには、
「先生! 今日は受賞祝いに宴会を開きましょう!」
なんて言う者もいる。
「あ、ああ」
俺は勢いに負けて承諾してしまった。
参ったな。
本当はノーベル賞だとか、宴会だとかはどうでもいい。
今日、やっと完成したのだ。幾多の失敗を繰り返し、俺が長年追い求めていた物が。
今も早く使ってみたく、うずうずしている。
現実には、質問攻めでそんな余裕は無い。
「ほら、行きましょう」
助手たちに腕を引っ張られ、俺は急遽セッティングがされた宴会会場に連れてこられる。
駄目だ、思考がままならない。
「先生、飲まないんですか? どうぞ」
「ああ、すまんね」
結局、頭が真っ白なままで、助手にお酌された酒を一杯飲んで帰ってしまった。
しかし、一杯しか飲まなかったのは好都合だ。
酔ったまま朦朧とこれを使うなんてもったいないことはしたくない。
「……よしっ」
俺は深呼吸をして、目の前の機械のスイッチを押した。
機械は光と熱を発しながら、粒子が集まって人型を構成していく。
「ん……ここは?」
現れたのは少女だった。
「成功した!」
物質を擬人化する装置。数十年の歳月を掛けてやっと完成させた物だった。
そして今、二酸化炭素で構成された少女が目の前にいるのだ。
「おかえり、カオリ」
「あなたは……まさか司!? どうして!?」
カオリは俺の顔をしばらく見るや、困惑した。
「俺がお前を創った。遅くなった」
「そういえば随分老けたわね」
言われてみれば、顔はシワだらけで、髪も大分白髪が増えた。
研究に没頭していたせいで、気にかけた事も無かった。
「そりゃあ、あれから五十年も経ったからな。復活祝いはフランスのコート・ダジュールじゃなくてスウェーデンになりそうだから、あの約束はまだ先になりそうだがな」
「もう、しょうがないわね。……司」
カオリが俺を呼びかける。
「何だ?」
「これからもよろしく」
「ああ!」
ご愛読ありがとうございました。




