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挨拶を済ました三人は、急いで電車に乗り込む。
正確には電車ではなく超電導リニアなのだが、昔の通称があまりにもなじんでしまったため、今でもこの電車という言葉は使われている。
ほかに乗客が数人しかいない、しかもその数人も確実ではないが、花学の入学生だろう。
こんな早朝から普通の学生が港に向かう訳がない。
電車のふかふかのイスにゆっくりと腰を掛け、
「どっこいしょっ!」
と年柄もなく、椋が情けない声を上げた。
「そんな声あげないの。アンタまだ高校生でしょ?」
と真琴に叱られてしまう。
「そうそう。そんな小父様臭いセリフいわないでよ」
と沙希がそれに続く。
「そうだよ辻井君。君はまだ若いじゃないか」
とそれに続く誰かの声が聞こえた。どこかで聞いたことのある、男の声だった。
3人が同時に声の方へ振り向くと、椋、沙希にとっては見覚えがある顔がそこにはあった。
「永棟君!」
椋が思わず叫んでしまう。
入学試験の時に一緒に『確認の間』での試験を受けた、永棟契だ。
契が軽く挨拶をしながら、3人のすぐ隣に座わる。なれなれしいわけではない。この状況でほかの席に座るというのは不自然だと椋でも思う。
「ちなみに契でいいよ。僕も椋って呼ばせてもらっていいかな?」
などと少々照れながら言ってきたそれを椋は首肯した。
一人話についていけない真琴に、あらかたの説明をし、契にも真琴を紹介する。
真琴は少し警戒心が強めのように見えたが、話をする間にどんどんとその警戒もほどけて柔らかくなっていった。
契の話を聞くと、彼も椋達3人と同じ港の地図が添付されていたらしく、そのまま今回の入学式では行動を共にするという事になった。
人はみな考えることが似ている。彼もまた、周辺探索用に色々と準備をしていたそうだ。
くだらなくも有意義な電車での時間を4人は笑いながら過ごすことができた。
椋達が唯一契に隠していることといえば、椋が《愚者》の能力者という事だけだ。これはもう少し彼と過ごし、本当に信頼し合える仲になってから打ち明けると決めていた。
もし打ち明けることになれば、彼を巻き込んでしまうかもしれないと危惧してしまったからだ。
現に、おせっかいではあったが真琴も巻き込んでしまった。
これ以上自分のせいで他人が傷つくは耐えられないと心の底から思っている。
そのくせ《愚者》の目的には全力で手を貸すという少々矛盾が見られる思想なのだが。
あまり長くない楽い乗車時間はあっという間に過ぎ去ってしまた。
超電導リニアを降りた先には、もうすぐそこに海が見える。
現在の時刻は5時40分。
(ちょうどいい時間だ)
と思いながら、椋は再び心を引き締め入学式に挑むのだった。




