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今日、どうしても出丘の所に行かなければならない。
そう決心し、さっとイスから立ち上がりその場を後にしようとするが、歩き出した椋の右手をさっと柔らかい感触が包み込む。
「行くんだよね…。」
沙希が椋の手を握り、一度だけ止める。
沙希のいろいろな感情の含まれた言葉だった。
椋は静かに頷く。真琴にとっては背中しか見えなくても、言葉に出さなくてもわかる覚悟の表れだった。
優奈は何のことかわからないような顔で二人を見つめている。
さすがに優奈に、なぜ真琴がこんな目にあったのかを教えなければいけない。というよりはそれを知る権利が彼女にはあるのだ。
一応止めたとはいえ、椋が巻き込んでしまったのだから。
一度沙希と優奈の方に向き直し、少しだけ腰を折り、優奈と目線を同じにして彼女の頭を数回ポフポフと優しくなでる。
「いってくる。」
「頑張ってね…。」
そういう事しかできなかった。それが最善だったのだ。
「沙希、頼む。優奈ちゃんには沙希から説明してあげてくれないか?ほんとは俺がやるべきことだって言うのはわかってるんだけど、時間がもうないんだ。」
優奈の不思議そうな顔は治らないが、椋が何かしてしまったというのは何となく感づいているようだった。
「わかった。任せといて。」
沙希の口から出る、なんだか安心感のある声を聴くと、椋は再び頷きさっと踵を返す。
とりあえず今は時間がない。ここから出丘の自宅、襲撃時の待機地点までは大体1時間ほどかかるはずだ。
ぶっつけ本番にはなってしまったが、やるしかない。このデータを残してくれた真琴のためにも。
相手からの反撃を覚悟したとき、彼女はどれほど怖い思いをしたのか。昨日の夜は襲撃に脅えていたんじゃないかと思うと、椋の中の怒りのボルテージが急上昇していく。
ギュッと固く拳を握り、それをそのまま壁面に叩き付ける。
ドッと鈍い音が廊下に響く。固い壁であった。反動でこっちの手が痛くなるほどに。
さらに強く拳を握りこみながら椋がボソッとつぶやく。
「待ってろよ…出丘…。」
そのまま椋は先程医師が歩いて行った、まだ日も暮れていないのに静かで固い廊下を踏み抜けていった。




