10
松葉づえで出せる最高の速度で、自宅に向かう。
門の手前にある階段を上がるのに多少手間取ってしまうが、それでも3分と掛からなかっただろう。
急いで玄関の戸をあけ、バタバタと音を立てながら、リビングルームに向かう。
勢いよく扉を開け、そこでイスに座ってコーヒーを飲んでいる母に向かい、駆け寄っていく。
「母さん!頼みたいことがあるんだ!」
松葉づえをガツガツと鳴らしながら、血相を変えた椋が叫んできた。
「なんなんです、慌ただしい。」
これまでよりは優しく接しているつもりではあるが、もともとの性格上、少々きつそうな言葉が出てしまう。
京子は心の中で大きなため息をつきつつも、息子の話を聞く。
「昔うちの中学に、出丘宗っていう今高校2年生の生徒がいなかった?」
と息子から飛んでくるその名前に思わず反応してしまう。
彼は昔問題を起こし、あの中学で唯一自主退学させた人物だ。
それが出丘が中学二年生の時だから、当時小学6年の息子が知っているわけないのだ。
「なぜあなたが、彼のことを知ってるんですか?」
母親の顔色が少し悪くなった気がするが、正直に答えるわけにはいかない。
「できれば理由は聞かないでほしい。そして調べられるなら、出丘の写真と家の住所を調べてほしいんだ。」
彼女の顔がさらに曇る。息子が不良少年の家の住所をなぜ必要とするのか。
「できないことはないですが、それは危険なことに直結しているのではありませんか?」
「………………。」
京子の的確な推論に帰す言葉がなくなってしまう。
椋の言葉が詰まった喉から必死に言葉を選び、京子に伝えようとする。
「沙希を…、沙希をあんな目に淡得た奴が…のうのうと暮らしているなんて…。」
ギュッと松葉づえをきつく握り、続ける。
「俺はあいつを一発ぶんなぐらなきゃいけない。自分のため、そして沙希のためにも。危ないことだってことはわかってる。だけど、ここで引いてはだめなんだと思うんだ。」
どのくらい彼女に伝わったのかはわからない。正直に言いすぎて許しをもらえないかもしれない。でも、言いたいことはたぶんいえた、椋は半分あきらめてしまい、別の方法を模索しようとする。
「ごめん…。」
とだけ言い残し、だんだんと使い慣れてきた松葉づえで、キュと方向転換をしリビングルームから自室に向かおうとする。
しかし、椋は後ろからの物音に反応して思わず振り返ってしまう。
彼女が飲みかけのコーヒーをそっと机の上に置き、自分の携帯端末型の人口結晶で何かを始めた。
ものすごい勢いのタイピングの中、椋には見ることができないが、何をしているのかは大体わかる気がする。
彼女は椋の携帯に小林に関するデータを送付してくれたのだ。
「約束してください。無理はしないで。」
指の動きを止めた彼女が、椋を見つめながら、そういった。
「うん。わかってる、ありがとう。」
それだけいうと、椋は自室に向かい、ゆっくりとデータを眺めることにした。




