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《エレメントホルダー》は知っている限り九人。
大宮亜実がいった言葉は正しいに違いない。ただそれは個人が持ち得た情報だ。
学園は個人情報を公開しない。それは当たり前のことだ。現代の個人情報、簡単に言えばパーソナルファイルには個人が所有する天然結晶の色とどのような能力を持っているかを記さねばならない。現代の常識となりつつあるが、それには抜け穴がある。それは、天然結晶をもたない能力者は、それを記入する必要がないと言うことだ。ようするには《エレメント》の存在を公に認めていない人類にとって、誰が《エレメントホルダー》で、どの《エレメント》を宿している、等という情報を集める手段が存在しないのだ。
もちろん、自ら《エレメントホルダー》名乗るのなら話は別だ。それ以外の方法で、《エレメントホルダー》を特定する方法は1つ。【《エレメントホルダー》は他の《エレメントホルダー》を認知することができる】という特性を利用することだ。
しかし、《エレメント》の中には、負の《月》や負の《太陽》のように。他の《エレメント》に認知されるという特性を回避できる者もいる。
こういった事例の場合特定することはかなり困難となる。更に日常で《エレメント》の能力をあまり使用しない《エレメントホルダー》なら尚更だ。真琴のような能力を持つ人間でなければ特定はできないはずだからだ。
そういった例を椋は二人知っている。
大宮にとって、《エレメントホルダー》を有しない寮とされてきた玄武寮の生徒だ。
釉上野花との一件で椋が知り得た貴重な情報だったのだが、それもこの場では意味をなさなくなるだろう。
椋と大宮の情報を合わせたとして《エレメントホルダー》は合計で11人、雁金さんを含めるとしたら12人だ。全世界の四分の一のホルダーがこの場に集結するということがどれほど重大なことなのかを椋は理解していなかったのだが、後に理解することとなる。
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徐々に指定の時間、午後二時という時間が迫っていた。
四人は左詰めで、懋、真琴、沙希、椋の順に席についている。雁金さんと校長も議長席へと移動しており、ハーミットを含めた三人で真剣に話をしている。
開始15分前という時間でようやく最初の人間が扉をあけた。
。。。失礼します
あまり大きくなく、それでいて甘い声が広い会議室に響く。
全員の視線が一人に注がれる中、入ってきた人間は制服でもなければ正装でもない。正直場違いではないかと思うほどの格好だ。
麦わら帽子にツナギのような作業着。両手には少なくない量の泥の染み込んだ軍手。作業着の背中には大きく【園芸部】と記されている。あまり身長の高くない少女は、その場で大きく腰を曲げ、礼の姿勢をとる。
「正の《節制》、釉上野花。到着しました………」
静かにそう報告を済ませた少女は椋たち四人が座っているのを視認すると、そそくさと移動し、椋のとなりへと着席する。
「こんにちは……辻井君…………」
と椋自身にも聞こえるか聞こえないかギリギリの声量で挨拶をしてくる。
「おう、久しぶりだな釉上」
「お久しぶりです…………」
これまた低ボリュームの声のせいか、余計に注意深く彼女の声を聞いてしまう。
この状況で椋だけ普通の音量で喋っるのだから、周りから見れば明らかに独り言に見えるだろう。
「椋、知り合いなの?」
沙希の自然な問に、椋は首肯し、少し記憶を遡る。
「俺がまだ蒼龍寮にいた頃にちょっとな」
「なにかあったの?」
何かあったといえば何かあった。
ただ正直彼女にはあまり関係のないことだ。逃げようと思ったら逃げられるだろうが、これまで散々嘘を付いてきた幼馴染に、これ以上隠し事をしたくないと考え、椋は簡単に話す。
「沙希は知ってると思うけど、《エレメントホルダー》は他の《エレメントホルダー》を認知することができるんだ」
「うん。前、大宮先輩に教えてもらった」
話の途中に出てきた予想外の人物に少し話が脱線する。
「仲いいのか?」
「まぁ、同じ第一寮の先輩だからね。それなりに?」
彼女が《エレメント》の知識を得るには確かにそれが効率的に思える。
真琴に聞くという手もないわけではないが、彼女は《エレメント》について詳しいが、《エレメントホルダー》ではない。そういったホルダーにしかわからないことを彼女は知らない。
「まぁ、私には《フールちゃんレーダー》があるからそんなもの知る必要もなかったけどね」
そんな思考を読まれたのかどうかは知らないが、真琴が会話に割り込む。
蒼龍での生活の序盤に起きたいい思い出だ。《愚者》の宿らない偽の辻井椋を見た瞬間、「フールちゃんが消えたぁあぁぁぁぁ」と大騒ぎを起こし、Ⅸをボコボコにした(自己談)らしい。
今、一瞬だけ《愚者》が身震いを起こしたような気がしないでもないが、放っておく。
「と、とりあえず、蒼龍寮の生徒を演じてる時に校舎区で釉上と偶然接触して、その時に《エレメント》の特性のせいで俺が《愚者》のホルダーってバレたんだよ」
大方の説明を終えたところで、あまり大きくない声で釉上が呟く。
「つ、辻井君には……。助けてもらったんです……。玄武寮のホルダーに襲われて……。そこを……」
途切れ戸切の言葉の意味を理解した二人が何か感心したような表情をみせるなか、奥の方で懋が「椋はホモのはず……。」等と言っている事は聞いてなかったことにしてまた放っておく。
「アンタ本当にいろんなことに首突っ込むわね」
「ホントだよ……。人助けは良いことだけど、こっちも心配しちゃうよ」
二人からの感心と呆れがまざった視線が椋の胸を貫くが、目線を自然と流し、それも放っておく。
そんな話をしている内に後ろの扉が再び開く。
足音からして大人数だということが伺える。
反射的に皆が後ろを振り向くと、そこには制服に真紅のラインを纏わせる集団の姿があった。




