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 「よくわかってんじゃねぇかクソボウズ」

 

 不意に後ろから耳に届いた声に反応し椋が振り返る。

 誰もいないはずのこの島を行き来できる人間など限られている。

 学園関係者、もしくは椋の師匠に当たる人間、雁金悠乃のどちらかだ。

 もちろん今椋の眼前にたっているのは、この口調とタイミングからして後者だ。


 「雁金さん…………?」

 「だから師匠って呼べっつてんだろ!!」


 ちょっとしたミスなわけだが、雁金さんの鉄拳が飛んでくることを覚悟し、全身をこわばらせる。

 しかし雁金さんは拳を構えるわけでもなく、ただ小さく「頑張ったな」という声を椋にかけ契の方へ向かう。


 「あな………たは……?」


 うずくまる契の問い。契は先の戦いで既に雁金さんと接触している。顔を知らないというわけではないだろう。つまるところ今問うているのは彼女が何者なのかということだ。

 

 「アタイか?アタイは雁金悠乃、そこにいる《愚者》のクソガキの師匠だ」

 

 その発言に契は少々の驚きを見せながらもさらに問う。

 

 「じゃあ貴女も《エレメントホルダー》なんですか?」

 「そう、アタイは正の《隠者》のホルダー。まぁ正直そんなことはどうでもいいんだ」


 彼女は右手でボリボリと頭をかきむしりながらも、契の前に到着すると、彼の前にしゃがみこむ。


 「アンタさっき死にたいって言ってたな……。それはつまり死ぬ覚悟があるってことだよな?」


 そんな突飛な語りに椋は何の反応も示さない。

 彼女がなんの意味もなくそんな事を言うわけがないからだ。彼女が何をしようとしているのかは正直理解できてはいないが、自分は完全に手詰まり。そんな時に現れた救世主やることを誰が止めようものか。

 彼女を信頼した上で、彼女にこの場を託すように椋は発言を止める。


 「このまま醜態を晒すぐらいなら……誰かを傷つける力を持ち続けるくらいなら…………僕は迷わず死を選びます…………」

 「そうか」


 雁金さんは苦しげな契の回答にそう返すと、立ち上がり、契に向かい右の手のひらを向ける。

 

 「これからやることはルール違反だ。正直言ってクソボウズ、お前が生きれるって可能性は半々ってところだ。それでもやるか?」

 

 雁金さんは情を向けるような眼差しではなく、どこか冷たい目で契に問いかける。

 

 「はい…………」


 契が静かにそう答えると、雁金さんの周囲からその現象は巻き起こった。

 渦巻く若草の光。最初は小さかったそれも、次第に大きさと速度を増し巨大化していく。

 

 「いい覚悟だ!!」


 雁金さんの言葉がその場にこだますると同時に、竜巻のように大きくなったそれは粉々に弾け飛んだ。

 

 『なるほど………………』

 

 不意に《愚者》が感心するというよりも呆れるといった声音でつぶやく。

 

 (何がどうなってるんだ?)


 口は出さないと言ったものの、状況の理解が一切できない椋は素直に今何が起こっているのかを《愚者》に問う。


 『昔話したことがあっただろ?御前がガキの頃、我が御前と初接触したときのことを』

 (ああ、沙希と一緒に拉致されてたっていう?)

 『そう、何故我がその場に居合わせたのか言っておらんかったか?』

 

 《愚者》の問に数ヶ月前のことを思い出す。


 (確か、能力覚醒前の俺たちに惹かれるようにそこに行ったがどうとかこうとか…………)

 『そうだ。では何故我がそこに惹かれたのかわかるか?』

 (そこに、力があったから?)

 『まぁ大体あっている。そこに憑代が存在する可能性があるからだ』

 

 そこまで聞いた時点でようやく雁金さんが何をしたいのかが理解できた。


 (じ……じゃぁあれは、憑代のいない《エレメント》をこの場に集めているってことなのか?)

 『そうだ。我と御前にはできないやり方ではあるが、考えていることは同じというわけだな』

 (でも、なんで契の生存の可能性が半々なんだ?)

 『おそらく今現在憑代がいない《エレメント》は数少ないだろう。だが我にも、どの《エレメント》がその状況なのかわからない。それは《隠者》も同じはず』

 (つまりどういうこと?)

 『適性を完全に無視して強制的に《エレメント》を小僧の体内に宿らせる。だから《隠者》の憑代は『ルール違反』と言っていたんだ』

 (そうか……その適性が合わないものが契に宿ってしまったら、契の命が危ないと……)

 『そういうことだな』

 

 《愚者》の話を聞いても椋が動揺することはなかった。

 なぜなら契を信じていたからだ。

 彼ならどんな苦境でもきっと乗り越えるだろうと、どんなしれんでも乗り越えてくれるだろうと。

 そして雁金さんを信じていたからだ。

 彼女ならもしも契が《エレメント》の適正外だったとしてもどうにかしてくれるだろうと。

 なにより《愚者》を信じていたからだ。

 彼なら本当に危険な時、確実にそれを止めているはずだろうと。

 

 全ての要素が椋に不安など一片も与えることなく現状を受け止められる心を作ってくれていたのだ。

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