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 「なっ!?」


 と契が声を発する暇を与えることなく次擊に移る。

 能力を展開しないまま、自らの足で若干の距離をつめ、構えた拳を前に繰り出す。

 圧巻されているのか、ほとんど動きを見せることなく契の顔面にめり込む拳。

 再び契を地面に叩きつけたところで、椋は左手で彼の胸ぐらをつかみ、引っ張りあげる。


 「どうしてこんなものに手を出したぁ!!」


 問いかけを投げると同時にもう一度拳をめり込ませる。

 単純な怒りも含まれている。少なくとも契は七罪結晶を認知していた。誕生に至った経緯を知らずしても、その管理体制のあり方から異常な物だという事くらいは理解できたはずだ。


 「それなのに!!」


 倒れこみ、少しの間動きを見せなくなった契が、小さく声を漏らす。


 「お…に……って言…………だ……」

 

 小さく聴こえづらいほどの声の意味を理解しようとしたところで、とうとう契が叫んだ。


 「お前に俺の何がわかるって言うんだァァァ!!」


 感情を爆発させた契の周囲から異様な空気が立ち上がる。

 黒い霧と言っていいのだろうか?それはもう意志を持っているとしか思えないほどに禍々しく、なにより嫉妬に満ち溢れているようにも見えた。

 

 「力を持ってるお前に!!」


 手に持ったうちの一つ、黒い仮面で自分の顔を完全に隠すと、あのエコーのかかったような声のままさらに叫ぶ。

 

 『何がわかる!!!!』


 契を中心にして巻き起こった爆風に足をすくわれ、少しバランスを崩してしまうが、踏ん張りを効かせどうにか2メートルほど飛ばされたところにとどまる。

 黒い感情と砂埃舞う平地に、もう一度契約者として立った契。

 となりには漆黒の犬が寄り添うように四足をしっかりと地につけている。


 「わかんねぇよ!!」


 犬神にひるむことなく椋は前進を始める。


 一つだけ椋はこの戦いで決めていることがあった。

 

 攻撃に決して能力を使わないこと。素手で戦うこと。

 

 それが人と人との心を通わせる最高の手段なのだろう。七罪結晶という悪魔にとりつかれた契の腐った根性を叩き直すためにはそれが最善なのだと考えたのだ。


 「そんなもんに頼ってる時点で理解されるなんて思ってんじゃねぇよ!!」


 叫び走る。短距離を一瞬にして縮める。


  『特別な力を欲して何が悪い!!』


 契の叫びと共に、黒犬が至近距離であの恐怖の斬撃を放つ。赤黒く禍々しい5撃が椋の顔面を容赦なく狙おうとする。重心を左へ移動させ、体をかがめることでそれを回避し、そのまま右手を契の脇腹に突き立てる。

 「ガァッ!!」とえらく鈍い声を上げ吹き飛ぶ契。横切った斬撃は椋の頬を軽くえぐっていったが、そんなケガは乙姫のかけてくれた能力ですぐに塞がった。


 「それじゃあ……特別な力を使って破壊を行うのは正しいことなのか……?それじゃあ!!特別な力を使って人を襲うのは正しいことなのか!!!」


 叫んだ拳はもう決して怒りに震えることはなかった。

 

 

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