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体制を立て直し、服についた砂埃を簡単に払うと、椋はもう一度戦場を見やる。
常にエンヴィを守り続ける尾裂狐。雁金さんを天辺にして二等辺三角形のように並ぶ犬神と耳無豚。
一切の動きを見せようとしないエンヴィ。
予想していた複数の召喚獣との戦闘に嫌な汗を流している雁金さん。
待機命令といえば格好がつく。しかし正確に言うと踏み出す勇気がないということなのかもしれない。繰り広げられる戦闘はどれも椋が予想する何倍もの迫力を持ち、他者の介入を一切受け入れようとしない硬い門のようにも見えた。
そんな中、ひとつの動きが戦場でおこった。
大量に展開されていた若草色の門たちが、すべて同時に霧散したのだ。もちろん浮遊する門にたっていた雁金さんも支えを無くし、重力に引っ張られ、地面へと吸い寄せられる。
が、もちろん雁金さんの事だ。地面に墜落することなどなく、扉をひとつ自分の真下に設置すると、自由落下に身を任せ、門に吸い込まれていく。
そんな光景をただ眺めていると不意に後ろから声がかかる。
「標的変更だ…」
そんな突然の呼びかけに大きくのけぞり情けない声を上げ、後ろを振り向く。
そこには予想通り消失していく門と共に雁金さんの姿があった。おおかた門の移動先を椋の後ろにしたということだろうが、あまりにも突然すぎて、予想していてもそれなりに驚いてしまう。
「ど、どういうことですか?」
できるだけ平常心を保ちながら、雁金さんの発言に疑問を飛ばす。
「アンタも今さっき見ただろ、あの猪」
「耳無豚ですか?」
「そう、アタイの星屑一閃を弾いたあの時さ」
話が進むたびに、雁金さんの目がなにかに燃えているような、いや、楽しんでいるような躍起に満ちあふれた様子になっていく。
「結論から言うとあの仮面野郎のバリアを作ってんのはあの猪だ」
「なんでそう言えるんですか?」
別に雁金さんを疑っているわけではないが、断定するにはまだ色々と要素が足りない。現段階では消去法で一体一体飛ばしていくのが一番だと考えていたのだから少しは気になってしまう。
「アンタの角度からじゃ見えなかったか?」
「何がですか?」
「さっきも言ったろ?アタイの一撃を猪が弾いた時さ」
「あ………」
ふとその場面を頭に思い浮かべる。
自分も確かに不思議だとは思った。
弾くというよりはそらすという方が正しいと思える程に、滑らかな動きでこちらに向かってきた一閃。
「つまり耳無豚にエンヴィと同じ物理的な攻撃が効かない結界みたいなものがあったってことですか?」
「そうなるね。おそらく範囲はあの牙だけ、物理攻撃が効かないならどっかえ飛ばすだけだ!」
「そうですね………作戦はそのまま、対象を耳無豚に変更でいいですか?」
「ああ、んじゃあアタイはもういっかい行ってくるから、アイズを送ったらちゃんと飛び込めよ!」
そう言って雁金さんは椋の背中をドンッと結構な強さで叩く。
根性を入れるためにしては少しばかり痛みを伴うものではあったが、今までの不安や懸念を全て吹き飛ばしてくれたように椋の体は軽くなった。




