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「醒めろ鬼熊!!」
目を塞ぎたくなるようなそんな光景の中からひとつの声が響いた。
犬神が噛み付いているのはやわな人間のそれではなく硬い熊の腕だった。
犬神は食らいついた腕をはなさぬまま、鋭く長い爪を腕につきたて、鬼熊を話そうとしない。
背中から飛び降りたエンヴィは次尾裂狐を呼ぶと犬神のせいで動けない鬼熊の体を円盤状の体で容赦なく傷つけていく。
「召喚系能力の二重操作なんて聞いたことがない………………」
現状を受け入れることができないといった表情で今多がそれを見つめている。麒麟寮にスズメバチの召喚系能力者もいるが、あれは一体を操作することで他も同時に操作するといった蜂の特性があるからこその能力。実際に椋も召喚物を二体、同時操作するところを見たのはこれが初めてだった。
『二重じゃない』
エンヴィはそう言うと右の腕を上げる。ローブの下に隠された歪な形の腕輪。それを掲げたエンヴィは予想通り予想したくもない現象を引き起こした。
『貪れ!耳無豚!!』
仮面のせいで曇ったその声は容赦なく現実を突きつける。
黒紫の結晶光はこの場に4体目の七罪結晶召喚物を生成する。中途半端な位置でちぎれた両耳、猪のように硬そうな皮膚と鋭い二つ牙をを備えている。本当に猪といったほうが正しいかもしれない黒豚。
「こんなの勝てるわけがない……」
今多からそんな声が漏れる。
椋でさえ目の前の現実が受け入れられないでいるのだから当然だろう。一体で容易に地形を変形させ、桁が違う数のけが人を出すような召喚物を同時に三対相手にしなければならないのだ。本気で暴れられればこの島など簡単に消し去ってくれるほどの力はあるはずだ。
「もう危ない。そもそもここに居るのがおかしいんだ。死にたくなかったらアンタは《怠惰》をおいてここから逃げろ…………」
肩を並べる今多にそう呟く。
その言葉を聞いた瞬間に今多は指に装着されたフィンガーアームを取り外すとそれを椋の手に無理やり握らせる。
「こんなのゴメンだ!!かかわらなければよかった!!」
そう言い残して逃げる手段もないであろうこの島のどこかに消えていく。椋としてはこの方がやりやすい。思いもよらぬ形で回収に成功した怠惰を胸ポケットに入れ、再び拳を構えた。




