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 天馬。いや天山羊か。


 そう、まるで天馬のように地に足をつけることなくスルスルと上昇していく傾山羊。


 今更何が起きようと驚くことなでないのだが、それでも空中歩行ができるというのは少し予想外な事態だ。

 フール曰く、傾山羊の象徴というか特徴的な物の中に人間の頭上を跨ぐことで、その者に災いをもたらすとかどうとか。

 

 フールの予想は大胆に外れたと言っておこうか。では何故尾裂狐が変化の能力を使わなかったのだろうかという疑問が生まれるわけだが、そちらに意識を向けていても現状はどうにもならない。先にこっちをどうにかしなければそれを考える意味すらない。


 「廻れ!傾山羊!!」

 

 叫ぶ白鳥の声に同調し、もう一度鳴いた黒山羊はスタジアムの中央に立つと、そこからゆっくりと小さな円を描いてくるくると回り始める。

 何度も上空を回る黒山羊は次第にその円を大きくしていき、次第にはフィールドをすり抜け闘技場全体をくまなく回った。


 椋は瞬時にその行動の意味を理解していた。これはつまり全員の頭の上を跨いだ事と同意である。

 何かが起こる予感というのだろうか。不穏な冷たさの空気がそれを一層増していく。


 『これはッ!!』


 突如フールが叫ぶ。彼にしては珍しく焦りのようなものが見えるその声音に少々の不安になりながらも、たずねる。


 (どうしたんだ、フール?)

 『これはマズい……とんでもない事になる!』

 (だから何が?)


 外周を終えた傾山羊がゆっくりと下降を開始する。


 『傾山羊の能力だがな……精神支配能力だ』

 (なんでこのタイミングで?それになんでそんな事わかるんだ?)


 投げかける疑問にフールが答える。

 

 『もう結構前の記憶かも知らんが、正の《悪魔》出丘の能力を覚えているか?』

 (ああ、蛇槌なら………)

 『そっちじゃない!もうひとつあっただろう?』

 (ん?ああ!ねずみ算式の支配能力だったっけ?)

 『そうだ!奴の精神支配能力はかなり強いものだが椋、お前はそれに決して侵されることはない。なぜだかわかるか?』

 (それは……フールが、いや、第2の意識を宿す人間の場合、その能力に侵されていないもう一つの意識の呼びかけで能力が溶けるから……だったっけ?)

 『その通りだ。だから今回も例外ではない。先も我が傾山羊を払い除けた』

 (じゃあ何の問題が?)

 

 その次《愚者》から放たれる言葉は椋に驚きを超えた驚愕の様なものを与えた。


 『今、傾山羊は何人に能力をかけた?』


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