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一通りのあいさつを済ませたところで青山の部屋を出て、おそらく、いや確実にⅤが待機しているであろう自室に戻る。
確実にというのも、彼がこれまで約束の時間を破ったところを見たことがないのだ。一分前に呼び出そうが絶対に遅れない。何か個人的な理由で他の所に出かけていても、自身の能力で必ず駆けつける。どんな時間だろうが関係なく、ボイスコールをかけたら3秒以内に確実に応答する。引っ越しに関してならどこぞの業者なんかよりも有用である。
そんな超人であるⅤを頻繁に呼び出し利用するのは流石に気が引けるため毎回頭を下げお願いするのだ。
和風チックな廊下を進む。木の材質感が足に伝わってくる。これで廊下の木材が少し軋んだ音でも出そうものなら風情があるというものなのだが。
最近できたこの学校にそんな風情なんてものを求めたところで無理な相談だという事は重々理解しているので、素直に廊下を進む。
第七寮寮監室から角部屋である自分の部屋までは結構離れているため、少々時間がかかるのだが、それでも決して歩行速度は上げない。この一歩一歩を踏みしめる。
何せ最後のなのだ。この地をこうやって普通に踏むことができるのは。
自分の部屋までの長いようで短い時間、短い様で長い通路。記憶をたどるようにこの一か月のことを思い返しながらゆっくりと目的地に向かう。
実際は三分程度だろうか?体感速度で言えばもう10分以上たっているような気がしたのだがようやく自室に到着する。
襖を開けるとまっくらな部屋の中に侵入する。2.3歩だけ進み、ベッド以外何もない質素(なくなる前も質素ではあったが)な部屋を一度ぐるりと見渡す。
とりあえずあったまとめておいた荷物は全てきれいさっぱり消え去っていて、残るは椋自身という感じになっているのだろう。
「もうよろしいのですか?」
案の定待機していたⅤが突然後ろから語りかけてくるもんから一瞬心臓が止まりそうになる。
「あ、あぁ…もう大丈夫かな……」
「了解いたしました」
Ⅴが自身のナチュラルスキル、『二点間推移』を発動しようと、椋に向かい両掌を向けてくる。ほのかに放たれる光が、彼が纏うローブの中を照らすよう光るが、いまだに彼の素顔は見たことがない。
「行きますよ?」
Ⅴの最終確認に対し首肯すると、Ⅴはうっと力むように声を漏らし、彼が放つ光の明るさも徐々に増していく。推移座標は麒麟第一寮、新田との部屋だ。




