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 「俺は辻井椋じゃなくて伍莉貞に言うぞ。なぁ…貞男……俺はこの学校に入学してからの一か月お前と過ごせて幾つも解ったことがあるんだ…。お前は他人を大切にできる人間だ。そんでもって冗談と嘘との違いをクッキリと区別できる人間でもある。俺にはそんなお前が俺たちに嘘を付いてるようには見えないんだ」


 どっしりと構えていた長瀬は組んでいた腕を崩し、近くにあったまだ湯気の立つ湯呑を手に取り、ズズッと中のお茶らしきものを啜る。


 「けど現にこの辻井椋は俺たちに嘘ついてこの寮に侵入してきてるじゃないか!!それに………」

 

 馳葺が叫ぶ。彼の感情は憤りを超えて怒りが荒ぶっているようだ。しかし長瀬は馳葺をさっと左手で制し発言を止める。

 この広い二人部屋にいつものバカみたいな長瀬裕輔の姿はない。異様なまでに落着き冷静な表情を崩さない。真剣なのだ。

 

 「嘘はついてない、何かを隠してるんだ。それに隠し事は悪いことじゃない。自分の身を守るために他人を傷つけることのない良い手段だ」

 「いや…そうかも知らないけどさ…」


 まさに鎮めるように、馳葺の荒ぶった感情は消えて、彼も冷静になっていく。


 「なぁ貞男、お前は俺たちに嘘を付いたことはあるか?」


 長瀬が椋に問う。真剣な眼差しだ。透き通った黒の瞳がまっすぐ椋の眼を捉え離そうとしない。

 答えなんて決まっている。


 「俺はお前らに嘘はつかない。これは伍莉貞としての発言だ…親友としての…」


 その発言のせいか少しの沈黙が流れる。馳葺はやはり怒りを隠せないらしく、顔を歪めている。

 しかしその沈黙も長瀬の一言で破れた。


 「だよな!やっぱり貞男はそうじゃなきゃな!!」

 

 笑顔。それにたったそれだけの言葉で異様なまでの安心感と共に彼の素直な思いがすべて伝わってくる。

 それを見た馳葺もさすがにこの状況で椋を責めることはできないと感じたのか、再び感情が静かになっている。


 「俺がここにいる理由は正直言うと二人に話すことはできない。だけど信じてほしい。俺は二人と、いや、蒼龍のみんなと過ごしたこの一ヵ月は嘘偽りなく俺の宝物だ。こんな形で幕を閉じることになるとは思わなかったけどな……」


 この一か月間の出来事が繰り返し頭の中を巡っている。どれも笑顔にあふれた中学生のころには考えられな充実しすぎた生活だったことは言うまでもない。しかしそれも今日で終わりだ。

 蒼龍でのミッションは終了してしまったのだから……。

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