28、王様の洗濯
食材や日々の雑貨を袋いっぱいに抱えながら、隠れ家までの坂道を登る。
先日隠れ家へと立ち寄ったダグダは再び南部の軍港へと戻った。現王の元に集う兵士を募るためには南部の軍港のほうが都合が良い。
ゲオルグとも今後の相談を行うことができたため、新たな方針の下で、ダグダが中心となって新王軍を討つ準備を進めるそうだ。
ただし、南部の軍港は人の出入りが激しい。ゲオルグが戻るとブレス配下の人間にバレる恐れもあるというダグダの意見もあり、現王は引き続きフィルランドに隠れることになった。
ブレス軍を討つためにダナンランドへ戻るその日まで、もう少し私とゲオルグの二人暮らしは続きそうだった。
「ゲオルグ、ただいま」
「おかえり」
隠れ家のドアを開けると、ゲオルグの声がした。
居間には姿が見えないのでどこにいるのかと辺りを見回すと、勝手口のドアが開いている。
槍の鍛錬をしているのかと思ってテーブルに買ってきたものを置いていると、裏庭から腕をまくったゲオルグが入ってきた。
「おはよう。今日も槍の鍛錬をしていたの?」
「……いや」
なぜか口ごもるゲオルグ。私は小首を傾げた。
「実は、君がいない間に洗濯に挑戦してみた」
「え!?洗濯!?ゲオルグが?」
聞き間違いかと思った。洗濯とは、あの家事の洗濯のことだろうか。
よく見ると、ゲオルグの腕のあたりが水で濡れている。
「この隠れ家に来てから、槍の鍛錬と読書しかしていなかったからな。君ばかりに家事を任せているのも申し訳がないだろう。
こうやって情報収集や買い物に赴いているのはフリッカなのだから、俺も何かやらないと不平等だと思ってな」
「い、いや……そうかな。うん」
料理だけでもびっくりなのに、洗濯までやってくれる王様となるともはや驚愕だ。そんな王様が世の中にいるのだろうか。
いや、ここにいるんだけど。
私が目を点にしていると、彼は少しふてくされた顔になって「本当だぞ。よく見ろ」とぼやく。どうやら私が疑っているのだと思ったらしい。
手を引かれ、裏庭に連れていかれると、不揃いながらも干された洗濯物が風にたなびいていた。
我慢しようと思ったが無理だった。私は笑ってしまった。
その光景に対する驚きと、ゲオルグの心遣いが嬉しかった気持ちと。
異なる感情が一気に押し寄せてきて、思わず吹き出してしまったのだ。
「何かおかしいか。……ちゃんとできていなかったか?」
不安そうにゲオルグが呟くものだから、私はさらに笑みを深くする。
「いいえ、ちゃんとできているわよ。まさかこんなことをしてくれるなんて思ってもいなかったからびっくりしちゃって。自分で洗濯する王様なんてどこの国を探したってきっといないわ。……でもとても嬉しいよ。ありがとう」
「そうか。それならよかった。俺も初めてだったからこれでいいのか少々不安だった」
洗濯の出来に胸を撫でおろしている彼は、どこか愛嬌がある。
最近の彼はこんな感じだ。もともと王様っぽくなかった彼だが、ここのところは特に私との距離を縮めてくれている気がする。
ここに来た当初、ゲオルグは槍の鍛錬ばかりをしていて帰ってきても挨拶を交わすだけだったが、最近は帰ってくると「今日は何を買ってきたんだ」と声をかけてくれるなど、少しずつ雑談も増えていた。
一年前まで庶民と同じような生活をしていたというが、それにしたって離宮で暮らしていた王子様だ。家事をさせていいような相手ではない。ダグダが見たら何というだろうか。
(なんだろう。この前のレストランの食事から、徐々に打ち解けているような気がする)
ゲオルグの気分転換になればいいと思って港町に連れていった。
意外にも彼が外食を提案してきて、二人で入ったレストラン。老夫婦の営む小さな店では、フィルランドの人々の本音を聞くことができ、ゲオルグともこれまでにしたことのなかった会話を交わすことができた。
彼は「港町で働く人たちを見ていたら、俺が真に守るべきは何なのかを思い出した」と言っていたし、彼の気持ちを前向きに転じることができたのは本当に良かったと思っている。
私もお母さんの話をすることができてからというもの、どこか彼に気を許すようになった。
王たる彼や彼の治めるこのダナンをドルイドの能力で助けたいという気持ちは変わらないが、今ではそれとは関係なく、ゲオルグという人そのものを王宮に返してあげたいという思いが強くなっている。
(王都に帰ったら、ゲオルグは王様に戻って、私はまたドルイドの見習いとして王宮務めの日々になる。そうなったら今のように他愛なく会話することはできなくなるんだろうな)
王都に帰りたいのに、どこかでそれを寂しいと思っている自分。ゲオルグとの関係が断たれてしまうことを嫌がる自分がいる。
なんだろう、相反する感情をどこか持て余している。
(でも、ダグダの言っていたダナン侵攻作戦が上手くいけば、ゲオルグは再び王様に戻れる)
そこまで考えて、私は新王軍が水門を閉じる理由に思い至った。
(そうか、水門を閉じる理由)
「ゲオルグ。今日、町で聞いてきたの。ブレスがフィルランドの北東にある軍事用水門を閉じたのですって」




