日常after後半
「顔を上げな美神さんや」
明子の目は美神の予想とは大きく違っていた。
その目は優しさ、暖かさ、全てがある。
今までに感じたことの無いような目だ。
「…輝はそんな簡単に死なないよ、輝はな私たちの自慢の息子なんだ…あいつはすごいよ…だから信じてる、実際生きてるだろ?輝は」
明子の予測通り輝は生きている。
だがそのことを渚、明子は知るはずがない、しかし知っているということは家族の信頼なのだろう。
美神が感じたことの無い愛、というものなのだ。
その事実に驚きの顔を見せると明子はハハと笑いながら美神の肩をボンボンと叩いた。
その力加減が美神の疲れきった心に酷く染みる。
「…私は信じてるよ…輝のことを…だから顔を上げな」
「…明子さん…ごめんなさい…ごめんなさい!」
明子は涙で顔がぐちゃぐちゃになってしまった美神を抱き寄せ背中を優しく叩いた。
今まで感じたことの無い暖かさ、そしてこの感情を理解してしまうともう後戻り出来なくなるのもわかった。
でもそれでも涙が止まらない。
普段なら見せない、でもこの人たちなら信頼出来る、そう美神はわかったのだ。
「だから美神さん、ほら行きましょう!」
「うぅ…ありがとうございます」
涙で前が見えない状態でさっきまで明子の胸の中にいたが、安心のせいか美神の体の力が一気に抜け膝から崩れ落ちた。
そんな美神を察したのか渚は静かに手を差し伸べた。
差し伸べてくれた手はとても大きく、年下と思えないくらい大人に、そして…
「…美神さん、あまりひとりで抱え込まないで、あなたは沢山仲間がいるじゃない…頼っても良いの…」
その渚の瞳は輝いており、まるで神のような雰囲気だ。
(こんな人たちだから輝は...)
....................................
渚と明子は美神の案内で輝のいる病室に着いた。
輝のいる部屋は個室だ。
なぜかはよく分からないが何か理由があるのだろうと思うもののそれよりも輝の方が大事なためそんなこと気にならなかった。
病室自体はベッドとサイドテーブルぐらいしかない小さな個室のような感じなため変な広さに慣れないという心配は無さそうだ。
ふかふかではなそうな部屋にぽつんと寂しく置いてあるベッドの上に輝はスースーと寝息を吐きながら眠っていた。
「ひ、輝...」
美神の中に叫んで抱きつきたいという欲求が生まれてきたが個室とはいえ叫んでしまうと隣に響いてしまうと思った美神は何とか叫びそうな声を喉で止めた。
明子と渚は静かに輝の元に行くと明子は近くのパイプ椅子、渚は輝の頭の隣あたりに立った。
2人とも口では心配無いと言ったものの顔を見るとそれらが全て嘘だと分かる。
共通して2人とも汗をかき瞬きが多い。
特に明子は汗が酷い、汗を拭く動作もしないためかなり焦っているのが目で見て分かる。
やはり怖かったのだろう、息子の事故を。
「...美神さんや、とりあえず輝は無事だ...とりあえず私たちは帰るよ」
「え、なんでですか?」
明子と渚は静かに立ち上がった。
もちろん美神はその考えを理解できるはずがない。
美神の中では起きるまでずっと隣にいるものだと思っていた、しかし明子達は帰ろうとする。
その事実がよく分からない。
美神はその事が声や顔からも出ていたのだろう。
だが明子は落ち着いた素振りや表情を見せつけると、
「多分な輝はまず起きたら美神のことを心配するんだ、だからまず最初は私たちではなく、美神さん、あなたが隣にいて」
「お兄の性格は私たちが1番知ってる、お兄は昔から心配事は早めに片付けたい系のタイプだからまず初対面は私たちでは無い、美神さんお願い、そしてお兄をよろしく!」
渚はいつもの雰囲気でそう言った。
この雰囲気も隠しているものなのかは分からない、だが目を見る限り輝を信じているというのがわかる。
この渚の一言の後2人は静かにドアを開けこの狭い病室から去っていった。
....................................
2人が去ると急にこの病室が急にとても広く感じ、そして寂しくとも感じる。
無機質な夕日がこの病室のカーテンを超え部屋中を突き刺す。
明かりが無いせいか常夜灯のような明かりをこの病室が自然に纏っている。
鳥も鳴き生活雑音も程よく聞こえる言わば落ち着く部屋となっていた。
美神はそっと輝の手を両手で握りながら
「...輝...目を覚ましなさいよ...私の青春を変えるって言ったでしょ」
誰に言う訳もなく、そう呟いた。
いつもの美神なら心の中でしまうべきセリフなのだが精神的にも肉体的にも疲労が積もっていた美神はその事が声に出ていたも知らずに過ごしている。
そんなことを言ってたのかとも知らず輝は規則的な寝息を上げながら眠っていたのだ。
ブックマーク、ポイント等やって欲しいな|ω・)




