第七十八話 博士篇
その車は運転席を入れて六人乗りであった。男たちは、エンジンを止めた車の中に運転手のみを残し、助手席から一人、後部座席から三人という数で降りて、被験体を迎えに現れたのだ。後部座席から降りた男たちは、皆屈強な体つきをしている。丈夫な生地でできた白いツナギは、筋肉で袖口がはち切れんばかりだ。一方、助手席の男だけは、太陽を反射するようなきらめく布地の白いスーツである。
「どうか、この子を頼みます。博士……」
木の戸を開けたミカの母親は、その高慢そうなスーツの男に対して「博士」と呼びかけた。それから、自分の背後に隠れるように立っていた息子の腕を素早く掴み、家の外へぐいっと押し出す。一連の動作は、「博士」の機嫌を損ねまいと必要以上に恐れているようだった。
ミカもまた、我が身が差し出されたその相手の呼称を呼ぶ。
「博士……」
しかし、母親と違うのは、顔を俯かせたまま目だけ前に向けるようにして男を見たところだ。その仕草はミカにとって怯みを表すものであっても、相手から見れば敵意から睨んだように映る。
では、「博士」はミカのこれをどう受け取ったのだろうか。端的に答えれば、「どうとも受け取っていない」。彼はミカの心情を一切意に介さず、用意されたまま出力される笑顔を浮かべて、ミカを懐に受け入れるかのように腕を広げた。
「やあ、ミカくん! 天使の名を持つ太陽の子! また会える日を楽しみにしていたよ!」
それから、博士はミカの母親へ視線を移し、彼女の手を優しくとって握手をする。
「任せてください、お母さん。我々が必ず、ミカくんを元に戻す方法を見つけますから!」
ミカは、博士の場違いな暑苦しさが嫌いだった。一方で、母親は博士のその癖について「爽やか」と言い、両手を握られて熱心に揺さぶられることを「元気付けられる」と言うのだ。
ミカは屈強な男たちの間に挟まって車に乗せられた。向かう先はこの地方の中心都市で、ここから約四時間かかる。山間部を抜け、街を一つ越えた先にあるのだ。
その街には大きな修道院と、そこに併設する特殊な大学があった。その大学は主に宗教学や哲学、倫理学を研究しているが、件の「博士」のような変わり種までも寛容に受け入れていることで有名だった。
博士は、助手席から後部座席に向けて、移動にかかる時間が勿体無いという様子で話しかけてくる。
「フランシス神父は元気かな、ミカくん」
「はい……」
「そうかい、彼には随分とお世話になっているからね。君のことだってそうだ。知ってるだろう?」
「……俺はあんまり会ってないけど、父さん母さんは毎週教会に行ってるんで。相変わらずですよ。あんたの話も出てくるらしいですよ。変なところに紹介しちまったけど大丈夫かって」
「わあ、フランシス神父からも気にしていただけているなんて、嬉しいなぁ。ミカくんは、やっぱり教会は嫌いなのかい?」
「嫌いじゃないっすけど。今時、毎週教会に通うなんて誰もやってないっすよ。日曜だって、羊の世話は関係ないのに」
「若者らしい言い分だねぇ。そういえば僕の甥っ子たちも……」
「ねえ、早く始めたいんでしょ? さっさと聞けば?」
ミカがそう邪険に言うと、隣に座る大男から諌めるような視線が飛んできた。だがそれを博士は手を振って止め、「わかったわかった」と笑い声を上げた。




