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極夜の館―怪物(まよいご)たちのほのぼの日常日記―  作者: 畔奈りき
追憶:孤高の吸血鬼・ジャクソン
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第百二十九話 見ないことなどできない篇

「あ~ん、あたしったら、投げるのが下手ね。坊ちゃんにはもう少し近くで嗅いで欲しかったのに。量が少ないから、至近距離じゃないと効きが悪いのよ」


 そう言いながらも、アルバートはジャクソンたちに背を向けた。


「まあ、見た感じ、アレで十分みたいだけど。痛めつけといてよかった~」


 礼拝堂の片隅のベンチから、アルバートがカツカツと軽快な足取りで離れると、他の地下学会の者たちもいそいそとそれに続き、各持ち場に散っていく。いよいよ、祭典が始まるのだ。


 ベンチの裏では、まだ未成熟な吸血鬼と半透明の青年が、床に倒れていた。


 ジャクソンの手足は痺れたように感覚がなく、指先を動かすこともできない。だが、意識と視界だけははっきりとしていた。ジャクソンたちを襲ったのは、黒縄を使わず、不意打ちで対象の動きを拘束できる代物。アルバートが投げた試験管の中には、吸血コウモリの「サン」ではなく、嗅いだ者の体の自由を奪う薬が入っていたのだ。アルバートが、ジャクソンたちを見つけてもすぐに拘束せず、雑談まがいの会話に時間を割く余裕があったのは、彼が、いつでもジャクソンたちを無力化できる術を持っていたからだったのだ。

 アルバートは、ジャクソンが床に前のめりに倒れたのを見ると、ジャクソンを足蹴にして仰向けに転がした。そうしないと、薬で痺れた体では呼吸すら危うくなるのだろう。アルバートは、ジャクソンを殺さないように加減している。意識を完全に奪うこともない。その目的は一つだ――「血の女王の祭典」をジャクソンに見せつけることで、地下学会に引き込もうとしている。

 ――馬鹿だ。気味の悪い儀式を見せられて、誰が地下に下るか。

 不思議なのはミカだ。彼は霊体で、筋肉の痺れなどは関係がないはずなのに、ジャクソンと共に床に倒れ込んでいる。アルバートは彼に触れられず(そもそもジャクソン以外の生死に興味はないのだろうが)仰向けにしていかなかったので、薬物を嗅いだときに膝をつき、うつ伏せに倒れた姿勢のままだ。

 ジャクソンと、彼の左側に倒れているミカとの間には、大股一歩分ほど距離がある。ミカに体の状態を尋ねたかったが、小さな声では届かないし、薬が効いたこの体では満足に舌を動かすこともできない。


「こ…――ッ、う……――」


 その時、聞こえたのは、ミカが発したうめき声だった。何かジャクソンに伝えたいことがあるようだが、ジャクソンの耳には言葉として届いていない。

 すると、間もなくして、ジャクソンの顎に小さな黒い爪が掛かった。吸血コウモリの「イチ」が、小さな爪とそれにつながる黒い翼でジャクソンの顔によじ登ってきたのだ。

 イチは、ジャクソンの顔の上を這って耳元までやってくると、小さな声で喋る。


『これは、人じゃないものに効くヤツだ。知ってる』

「ッ、ミカ――がッ?」


 「ミカがそう言ったの?」という意味で、辛うじてジャクソンがそう呟くと、吸血コウモリのイチはコクンと頷いた。

 吸血コウモリのイチは、小さな牙を覗かせる口をぱっくりと開けて、そこからキィキィ甲高い声――だけれど、ヴァンパイアであるジャクソンにだけはなぜか冷静沈着な弁護士のように頼もしく聞こえる声を出した。


『私たちは、試験管が開けられる寸前でこの場を飛び立つことができました。ジャクソン様が、危険を知らせてくれたおかげです』


 それを聞いて、ジャクソンは少しほっとする。試験管を開けようとするミカを止めようと、痛む体を叱咤して動いたのは無駄ではなかったのだ。

 イチは続けた。


『ミカ様への伝達には、私どもをお使いください。ミカ様の元には、私の片割れを配置しております。コウモリ同士でなら、人間に聞こえない高周波音を使って秘密裏にコミュニケーションが可能です』

 

 そう言った後、イチは、ミカが倒れている方向を見て、何やらフンフンと頷き始めた。ミカの方についている「ニ」が、ミカの言葉を聞き取ってイチに伝えているのだ。

 イチが、再びジャクソンの耳に向かって口を開いた。


『ミカ様によると、地下学会の学者が使っていた薬と、先ほどの試験管の中身の匂いが同じだと。経験上、数時間経てば自由になれるはずとのことです』


 貴重な情報――だが、わけのわからない情報がもたらされた。ジャクソンの頭は、疑問に支配されそうになる。地下学会の学者が使っていた薬と言うが、ミカがどうしてそんなことを知っているのか? 経験上、ということは、ミカは地下学会に薬を使われた過去があるということか? それでは、まるで、ジャクソンの父とそっくりの境遇ではないのか――。

 しかし、今はミカの過去を探るべき時ではない。それに、今までミカの口からそんな暗い過去の話は出てこなかったのだ、ミカにとっては知られたくない話である可能性もある。それなら、さっさと忘れた方がいい。

 それよりも、薬の効果が切れるまで数時間という問題だ。当然、このまま数時間も倒れていられるわけがない。

 ひとまず、ジャクソンは今できる何かをまさぐって、吸血コウモリに伝えた。


「まず、ミカの顔を横向きに――」


 そういうしているうちに、ジャクソンたちの元に足音が近づいてきた。吸血コウモリたちは瞬時にジャクソンやミカの体の下に隠れる。やってきたのは、アルバートの部下たちが数人で、彼らはジャクソンたちの傍にあったベンチをわっせわっせと動かし始めた。やがて、ジャクソンの周囲にあったベンチは全て取り払われ、隔てるものがなくなった視界で、ジャクソンは礼拝堂の広間を見回した。まずコウモリ「ニ」がミカの顔を下から必死に転がして、今ちょうど、首が祭壇の方を向いて回ったのが見えた(これでうつ伏せよりも呼吸がしやすくなればいいが)。それから、視線を少し上げると、礼拝堂の壁沿いに黒ローブを着た者たちが、間は一メートルしないぐらいの等間隔でズラリと並んでいるのがわかる。ジャクソンの目には礼拝堂の前半分くらいしか見えていないが、きっと、彼らは、礼拝堂全体をぐるりと囲むように、壁に沿って立っているのだろう。そして、アルバートは一人、列の始点であり終点でもある祭壇の前に立っている。彼は祭壇を背にして立っており、ジャクソンと目が合うと、首を少女のように傾げてバチコンとウインクをかまして言った。


「儀式は頭から見ないとねん」


 つまり、ジャクソンに儀式の様子がよく見えるように、わざわざベンチを動かした挙句、ジャクソンが祭壇の方を見るまで待っていたというわけである。ジャクソンがいくら地下学会を拒んでいようと、儀式さえ見れば地下学会に入りたくなると、自信満々のようだ。


「クッ……!」


 ジャクソンは奥歯を噛みしめた。きっと、ジャクソンは、状況がこうなるまで礼拝堂に居てはならなかったのだ。できれば、もっと早くにここから逃げ出すべきだった。今から行われる儀式を、ジャクソンは見ない方がいい。

 それなのに、ジャクソンの瞼は言うことを聞かない。

「うう……!」


 ああ、涙が出てきそうだ!

 目を乾燥させないためのゆるい瞬きくらいはできるのに、なぜか、ぎゅっと目を瞑り続けることはできないのだ。目を開けた状態で目の筋肉が痺れて硬直していて、「血の女王の祭典」を強制的に見せられる。これは、そういう拘束術なのだ。

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