第百十話 室内庭園篇
「もともと土を敷き詰めていたところにセメントを流して、床タイルを貼っているんだ。風呂の水がタイルの隙間に浸透して、下敷きになった土を濡らし、土に残っていた種子が発芽した。ここまで鬱蒼と茂ってしまったのは、元々、植物が育ちやすい状態に土を整えていたからだ」
「確かに、俺も畑っぽい土だとは思いました……今は乾いて、草も枯れてますけどね。でも吸血鬼さん、『室内庭園』なんて、どうやって作るんです? 部屋の中なんすよ? 植物が育つとは思わないんすけど」
「植物を育てるのに必要なのは、水、空気、日光、適切な温度だ。上を見てごらん。天窓があるだろう」
大浴場になっている部屋は、館の前方へ張り出した形になっているので、天井の向こうは二階に続かず、そのまま屋根になっている。その屋根を全部で六ケ所もくり抜いて、天窓がついているのだ。
「それに、壁の天井に近いところにも、窓が付いている。風呂を外から覗かれないよう上の方に付けたのかと思っていたが、元々は、日光を取り入れやすいようにという工夫だったのかもしれない」
それらの窓は、全て木の板で塞がれているが、もしそれらの目隠しがなく、太陽を遮るものがなければ、大浴場の床面はまんべんなく、明るく照らされただろうと予想された。
「風呂を庭園に転用したのか、庭園を風呂に転用したのか知らないが、風呂として使えるということは、保温機能もある部屋だったはずだ」
「じゃあ、もしかして、温室みたいになってたって言いたいんすか? まさか、エリザベスの姉さんが生きてた頃みたいな大昔に!」
「だが、17世紀にもなれば、似たような温室は作られていたんだよ。この館はそれより少し時代が早いが……不可能ではないはずだ。とにかく、ここなら私が探しているものがあるかもしれない。器具庫を探してくれ」
「器具庫って……、そもそも何を探してるんすか」
「農具だよ」
「農具っすか。何に使うんです?」
「まだ秘密だ」
ミカは剥がした床タイルを元に戻し、手を叩いて土を払う。ミカがそうしている間に、吸血鬼は広い湯船の周りを歩き回って、一周してから結局、入り口に近い浴室の片隅で立ち止まった。そこには、金属に木のカバーを被せたドアノブがくっついた、素朴なドアがある。
「やはり、ここしかないな」
吸血鬼がドアノブを回すと、ドアは案外と簡単に開いた。木製のドアは腐りかけていて、動かすと今にも壊れそうな感覚がした。しかし、今は中のものを探りたいだけであるし、探った以降はここに置いておく必要もないだろうから、ドアが壊れたところで気にすることはない。
さて、ドアの向こうは小部屋になっていた。昔使われたらしいタオルや桶やらがそのままになって床に散らばっている。
「ふむ。かまどがあるな。つまり、ここは給湯室か。ここで湯を沸かし、使用人が湯船へ運んだんだね」
「風呂の隣なんだから、当然でしょうよ。農具なんて……」
「ないと思ったかい? 残念。私の勝ちだ、ミカ」
吸血鬼は嬉しそうに言って、部屋の右側へまっすぐ向かって行った。それを追いかけて見ると、どうだろう、鋤やスコップ、ロープ、麻袋、一般的な農具一式が、本当に給湯室の壁にかかっているではないか。
「え、えええええ〜〜! 嘘ぉ? 風呂に農具がなんで?」
「だから、私の想像通りということじゃないかい? ここは昔、風呂ではなく、室内に設けられた庭園、もしくは畑だったんだよ」
「いやいや、畑やるために、わざわざこんな部屋を金かけて作るよりさ、絶対外でやった方がいいっすよ! エリザベス姉さんの出身地って、一年中くっそ寒いわけでもねぇんでしょ? ただの畑を、こんなコソコソ隠れるようにしなくてもさぁ」
「ん? コソコソか。ミカ、いい着眼点だね」
「え、そっすかね」
吸血鬼は給湯室(かつては農具庫だったろう)の小部屋の中から、浴室を見渡した。
「いやぁ、てっきり、珍しいもの好きの主人が温帯植物などを育てるために温室を作ったのかと思っていたが、コソコソ隠れるようだと聞いて、一つ思い出したことがある。ビリヤードがある遊戯室の扉は、悪魔の絵を掲げて隠されていただろう? あれを見て私たちは、昔の信心深い館の主人が、節制のために遊戯を禁止したという予想を付けた。一方、大浴場での入浴は、節制とは真反対だ。だから、その信心深い主人の頃には、大浴場は使われなかったか、もしくは設置されてなかった可能性が高い」
「確かに、お湯がもったいないっすもんね」
「宗教上、入浴は禁止された時代もあるからね」
「えっ、そうなんすか?」
「ああ。とにかく、修道士のように節制した生活を送っていた主人がいたとすると、遊戯禁止の次には、自給自足を考えてもおかしくないと思うんだ」
「あっ、だから、畑を作って、自分で野菜とか作ってたってことっすか?」
ミカはハッとして、パンと手を打ちならす。吸血鬼は頷いた。
「想像だけどね。でも、さすがに当時の貴族が、農民や修道士の真似事をしているなどと噂されては立場がないだろう。中には、自分たちの仕事を道楽と一緒にするなと、怒る農民もいるかもしれない。だから、その主人は室内に畑を作ったんだ。コソコソと隠れるように、節制した生活を目指したんだよ。まあ、この小さな室内庭園で十分な食料を得られたとは限らないし、使用人が気を利かせて他所で食材を買ってきていたかもしれないけれど……その主人にとっては、節制した生活をしていると思うことさえできれば、満足なんだからね」
「ふうん……。もし本当にそういう経緯があるなら、今、大浴場になっちゃってんのは、もったいないっすね。その信心深い主人の気持ちは、次の世代には全然受け継がれなかったってことだし。ここを贅沢な風呂にしちゃったせいで、一階にも二階にも風呂がある変な家になっちゃったし」
「風呂が多い分にはいいんじゃないか? 無いよりは」
「多い分にはって……、節制とは真逆の考え方っすね、吸血鬼さん」
半目になったミカは、「それで……、」と吸血鬼を振り返った。
「農具は見つかったみたいっすけど、これからどうするって言うんすか? あ、まさか、信心深い主人みたいに、一から野菜を育てるの!?」
「いや、んなわけないない。その前に君が飢え死にしてしまうだろう。私が使いたいのは……ああ、これこれ」
ヒラヒラと手を振ってミカの冗談を否定して、吸血鬼は壁にかかった農具を順繰りに見ると、目当てのものを手に取って、ミカに見せてきた。
「茨の枝を切れる枝切り鋏。それに、土を一気に沢山掘れる長いシャベルだ。ほら、君には枝切り鋏を授けよう。いよいよ作業だ、表に出るぞ」




