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2-6 食卓の活気は料理の出来次第だと思います

 

 勉強は覚えなければ意味は無し。九の段まで言えるように子供達にはしっかりと教え込んでおきました。特にムド君、いけない子ですね~教室から敵前逃亡をなさるなんて。

 決して仕返しとかそんな訳じゃないんですよ~私は切実にムド君の将来を思ってあえて厳しく教えただけですよ~。

 まぁ、それは置いときましょう。私は今、村の外にある林へと吾郎と一緒にやって来ています。理由はあの忌々しい天敵――ガーグナーを探しに来ているからです。

 まったくあいつめ、これからションさんの所から売上が届けられるという大事な日なのにどこをほっつき歩きまわっているんですか。

 エレンちゃんからの情報によると、ここいらで鍛錬――トレーニングをしているそうなんですが……そういえば初対面で見せた弓さばきや速力は並大抵の物ではありませんでした。

 どんな鍛え方をすればあんな動きができるのやら……おっと、無駄な事を考えてる場合じゃありませんね。いくらここら辺が安全地帯とはいえ、仮にも村の外に出ているんですから。

 とっとと探す物を探して村に帰りましょうか。

「わんっ!」

 吾郎が何か見つけたらしいので、私も立ち止まります。ピクピクと(せわ)しなく動く耳は音を捉えているようです。

 同じように聞き耳を立てて見ますと、スコーン! と良い音がどこからか聞こえてきます。それも一度や二度ではなく、何度も不定期な間隔で鳴り響くのです。

 いますね、確実に近くに。手間が省けて助かります。

「何してるのか分かんないけど、取りあえず文句でも言っておこうかしら」

 やや斜面な林道を踏みしめ、徐々に近くなる音の元へと向かいます。

「ちょっとガーグナー! 今日は一応、責任者であるあんたが村にいないと――っ!?」

 辿り着いた先に見た光景で私は絶句します。

 まず、ガーグナーの恰好ですが、弓矢を構えて木にぶら下げてある的を射る……これだけ見れば何の変哲もない唯の練習風景なんですよ。

 足の指二本――親指と人差し指だけで枝に掴まって逆さまになりながら構えていなければの話なんですけどね。

 こうしているうちにガーグナーによって限界まで引かれた弓の弦は解放され、矢が射られると私の無意識間で今まで聞いていた音が響きます。

 射られた矢の先を後から視線で追ってみますと、矢は見事に中心を射られてました。

 しかも的を良く見てみると、矢は先ほどの一本だけでなく、様々な方向から射られたであろう矢が中心に収まっているのです。

 ここまでなら“ありえる”でなんとか纏められますね。ここまでなら……。

 問題は射れば移動、また射れば移動と笑ってしまうほど変態的な機動力で木々の上を飛び回っているんです。何ですか! あの人、猿か何かの生まれ変わりですか!?

 しばらく見ていますが、ガーグナーは更に神業をやってのけます。

 初めに射た矢を後から射た矢をぶつけて軌道変化させるというもはや人間業ではない代物でした。的の中心に当たりませんでしたが、そんな事は関係ない領域にまで入り込んでます。

 すごいの一言に尽きます。私が知る歴史上の弓の名手――源為朝(みなもとのためとも)でさえこんな事ができたか考えてしまうほどに。

「さっきから気配がすると思っていたが……何だ、お前か」

 茫然としていた私に気付いたガーグナー。あの、お願いですからせめて普通の姿勢で話しかけてくれませんか? 足を木に挟むよう掴んだまま上半身を反り返って弓を構えるだなんてエクソシストも真っ青です。どんな筋肉してんですか本当に……。

「ん、んー! えーと……ションさんがもうすぐ村に来る頃だから、さっさと帰ってきなさい。代表のあなたがいなくちゃ話が進められないんだから」

 これまでを一度だけ見なかった事にした私は意を決して本来の目的を果たす。

「……あーもうそんな時間か、今まであれほど忙しい事はなかったからその分できなかった鍛錬を取り戻そうと必死だったからな」

「あれで不足分って……今までどんなトレーニング積んでたのよ……」

「少なくとも今の三倍だろうな」

「さっ――!? はっきり言って無茶を通り越して馬鹿としか言い様がないわ……」

「馬鹿とは心外だな。これくらいこなさなければ俺もやっていけなかった程の所にいたんだ」

「村長ってすごいわね!?」

 いやいや、そんな訳ないじゃないですか。村長になるにはこんな技能が求められるというなら私の世界さえ政治家は全員が超人スペックを携えている事になってしまいます。

 筋肉モリモリの変態マッチョマンな政治家が約七百人……。恐ろしい! 恐ろしすぎる光景が私の脳裏に浮かんでしまいました! だけど、色んな意味で将来お国は一生安泰な気がしますが……。

 閉話休題、『やっていけなかった程の所』とはきっとガーグナーがペルルの村で村長をやる前にいた所を指しているのかもしれません。

 そういえば、前に聞いた話だとガーグナーは半年前に前村長と交代したんですよね?

 本当にどんな経緯(いきさつ)でこんな超人領域に突っ込んだ変態がペルルの村なんかで村長をやる事になったのやら。

「ほら、急ぐんだろ? さっさと戻るぞ」

「あ、ちょっと待ちなさいって!」

 後片付けを終えたガーグナーはそそくさと私に構わずこの場から立ち去ろうとしていました。

「吾郎、行くわよ」

「わんっ!」

 一先ず、村に戻った方が良さそうです。いつまでも人気(ひとけ)のない場所でうろうろしているとまた襲われてしまうかもしれませんし。二度とあんな悪夢を味わいたくはありませんから。



「いい? 今、村は急激な変化を迎えようとしている大事な時期に入っているのよ。そこを理解してもらわなくちゃこっちが困るんだから! 話ちゃんと聞いてるの!?」

「うるせぇなぁ、こっちだって俺なりにしっかりやってるんだ。文句を言うんじゃない」

「しっかりできてないから言ってんのよ! 現に仕事量が圧倒的に部外者な私へと回されているのはどういう事よ!?」

「俺より上手くやれる。そう判断したからお前に回した」

「ちょっと、やっぱりあんたの仕業だったのね!!」

「事実、俺ではあんな風に村を復興させる策は思いつかなかった。結果的には大成功だから良いだろ?」

「嘘つきなさい! 今日のトレーニングみて確信したけどあんたって絶対に脳筋でしょ!? 仕事サボるために私に回したのよきっと! 綺麗に纏めようったってそうはいかないわよ」

 エレンちゃんだって私の手代わりとして記録係にわざわざ夜遅くまで付き合ってくれているんです。あんな良い子を夜遅くまで働かせる憂き目にあわせて良心が痛まないとでもいうのですか、このニート村長め。私だってガーグナーと一緒の部屋で仕事なんてしたくありませんが、やらなければいけない事のためにはしっかりと区別は付けるんですよ。

 ちょっと村長の職に少し真剣身がないんじゃないんですか? ひっぱたいて気合いでも入れてやってもいいんですよ? ようするに――しっかり働きやがれ、です。

「わかったわかった、次からはちゃんとやる。それに、エレンを待たせていたままじゃ悪いだろ?」

 嫌な妥協ですが、言い争いをしたままではさすがに気分は良くありませんね。

 私はしぶしぶと口を動かすのを止め、家の前で手を振って私達の帰りを待つエレンちゃんの元へと急ぎました。やっぱり可愛い子の笑顔は癒しの効果がついています。

「お帰りなさい! あの、ションさんが来るまで少し時間がありますから先にご飯食べちゃいましょうよ」

「あら、それはいい提案ね。じゃあさっそく台所に……」

 この頃、料理当番は私が担っています。理由は色々とあるんですが、初めてエレンちゃんとガーグナーに料理を作ってあげた時、これが好評でしてね、そのまま定着しちゃいました。

 私の料理は一人暮らしの時期で覚えた物と実家にいた時期で覚えた物がごっちゃになって献立を形成しています。大ざっぱにいえば“恋人”のために作る家庭料理と田舎の郷土料理が大半です。

「あ、その事なんですけど……」

 それなりに美味しく作れる私の料理……料理当番を担う理由の一つとしてはこれが当てはまりますが、本当の理由は別にあったんです。

「せっかくなんで今日は私が全部作ってみたんです! 新作メニューも色々と考え付いたんですよ!」

「え“っ?!」

 正直に申し上げます。エレンちゃんの料理――ものすごく不味いんです。


「はい、お待たせしました! たくさん召し上がってくださいね!」

「う、うん……ありがと……」

「遠慮なくいただく」

 皆で囲う食事は楽しいひと時、ですが献立が強烈ならば地獄(胃袋の)が待ち構えている魔の時間帯。

 私とガーグナーの前に置かれた皿に盛りつけられたのは“ピンク色に色づけられた”ガレットのような物でした。これは小麦粉を主成分としたお好み焼きのような食べ物、名前をアレウラと呼びます。野菜の甘みを十分に引き出すにはもってこいな食べ物だそうです。

 ここで注意、アレウラは普通、小麦色です。断じて『ピンク色』なんかじゃありません!

(……ないわー、これはないわー)

「スイカの甘みを加えてみたらよりおいしくなるかな~って思ってスイカの果肉を混ぜてみたんです」

「へ、へーそうなんだー」

 あの、エレンちゃん? 顔を近づけてみるとスイカと野菜の焦げた匂いがミックスされてとてつもなく強烈な匂いがくるんですが……。ごめんなさい、鼻を摘みたいくらいきついです。

「むぐっ……んぐんぐ……」

 隣のガーグナーは何事も無く口にしています。忘れてしまったんですかガーグナー! 私が初めてエレンちゃんの手料理を味わう事になって出された料理の事を! 奮発してくれた魚が見るも無残な炭焼きならぬ灰焼きになったあの事件を! 食べてみたらまんま炭で魚の味なんてどこにもなかった事実を!

「どうした、食べないのか?」

「ぬぐぐっ……」

 あの時はせっかく作ってくれた事もあって、下積み時代で培ったポーカーフェイス技術を駆使して「おいしいよ」と褒めながら内心は悪戦苦闘していました。

 そんな私とは対称に、ガーグナーは長年と食べ慣れた味のようにこれを意に返さず平らげてしまいました。いったいどんな味覚をしているんですかあなたは!?

「そ、そうだ! 吾朗にも食べさせてあげましょう! せ、せっかくだから……ね?」

「私もそう思ってゴローを探したんですけど、いつのまにかいなくなっちゃいましたよ?」

(あんの犬、逃げやがったわねっ!!)

 前回で危機察知能力を一段と高めたんですね。嬉々と大口開けて食らいついた先に待っていたのが地獄じゃ鋭くなるのも必然ですね。あいつ、ぬか漬け用のぬか床も平らげてしまうくらい胃袋が頑丈なのが取り得なくらいです。その後、慌てて獣医さんの元へ連れて行きましたが、血中塩分がやや高めだという以外は至って健康だと診断されました。

 そんな吾郎さえもお断りする程のエレンちゃんの手料理。衛生のしっかりした食事ばかりする人間の私には……。口にした後を考えるだけでも恐ろしい!

「さぁさぁ早く、サヤさん!」

 断れたらどれほど楽な事でしょうか……。ですがエレンちゃん、お目々がキラキラと輝いて期待を胸にして今にも私の反応を心待ちにしています。

 きっと私が「おいしい!」と言って褒めてくれる光景を想像して笑っているんですね。

(だ、だめだわ……この子の期待を裏切れないわ)

 これが悪戯目的で作られた物でしたら笑って済ませられたんです。

 しかし、現実は本気と書いてガチ。悪意なき善意で全てが構成されています。

 言えません、こんな良い娘に正面から「これ不味い」なんて言った日にはショックで泣いて寝込んでしまいそうな予感がします。女の子には自分の手料理を不味いだなんて言われる事は予想以上に落ち込む言葉なんですよ?

 大人として現実を教えるのは義務。優しい嘘で答えてあげるのも大人の寛容さ。

 今の私が選ぶのは、

(南無三っ!)

 年下の女の子(元彼を寝取った後輩を除く)には優しくしてあげる事を信条としますから後者しかないんです。

「……いただきます」

 追記、この日のアレウラは出来そこないのジャムみたいな味でした。しかもゲロ甘風味。

 ちなみに、吾郎は宿屋のクルトさんからまかない料理をもらって食事を済ましていたそうです。主人をほっといて美味しい思いをするとは……この恨みはらさでおくべきか。

 

 そんなこんなで、私は地獄の昼食を乗り越えてションさんを迎えたのでした。


12日から入院する事になりました。

タブレットやスマートフォンを駆使して何とか書いてみようと思いますが、普段のペースを思えば変わんない気がしますね。

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