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2-4 我慢は毒でも抱え込まなきゃいけない時もあります

「はい、ごきげんよう!」

 思いっきり扉を開いていかにも「私、不機嫌です」を言い表すように大きな声で参上します。

 ですがガーグナーは大きな反応を示しませんでした。

 ただ軽く手を振って私が来た事を知る合図を出しただけです。

 ちっ、期待外れでつまらない結果ですね。

「ちょっと来てくれ、サヤ」

「……はいはい」

 そんな私の思考など露知らず、ガーグナーは机に置かれた図面と睨めっこしていました。

「何の図面? 見たところ……う~ん……」

「この村に水路を建設する計画を立てている。生活用水は心配ないが、ここは地盤が緩くていつ土砂崩れが起きてもおかしくないからな」

「水路? そうね、これから多少資金が入るから人材を外から雇う必要があるわね」

「だが問題が一つある。ここを見てくれ」

 そう言ってガーグナーは別の紙を取り出して広げました。

 ぱっと見てこれが地図である事が分かります。

「ここだ、この山の中堅にある川をどうにかしない限り、排水を目的とした水路を作っても間に合わない」

(いや)らしい所にあるわねぇ……」

 川は大雨で氾濫した場合を考えると村に洪水が流れ込む構造でした。

 大量の水は土砂崩れを併発させる一番の原因です。

 工事の順番を間違えると全てが台無しになるこの決断――迂闊な判断で下す訳にはいきません。

「川をせき止めて流れを変える工事を行うとしたら、一人当たりにいくらお金かかるかしら?」

「工事の工期を入れておおざっぱに計算すれば……相当な金額になるだろうな」

「……やっぱり痛いわね、だったら――」

 川のせき止めと補修なんて元の世界でも最低で数年単位の工期が必要なのに、この世界では更に長い工期が必要になりそうです。

 お金も膨大な金額になるでしょうね、あぁ……何でもいいからお金になる仕事をください。

 こんな異世界に来てもお金の心配をするのは世界共通ですか。

 私はお金に執着する事を意地汚いとは考えないタイプですが、強欲に貪るのとは違います。

 綺麗なだけでは生きてはいけないとある人は言いますが、本気で分かっている人がいったいどれほどいる事やら。

 汚い部分は飽くまで毒慣らし程度に抑える方向です。過剰摂取では唯の毒でしかありませんからね。

(それにしても、私は何を普通にこいつと話し合ってんのよ)

 嫌いな相手でも仕事となると些細な事はどうでもよくなる社会人の癖が全然抜けてません。

 実家に帰ってスイカ農業を手伝いだしてからは幾分か自分に正直になった気でしたが……。

(も~嫌だっ! 別に無理に我慢しなくていいのに貯め込むなんて真似は終わりなんだってば! こんな事続けていちゃあ“あの馬鹿”を思い出しちゃうじゃないの!?)

 嘗ては愛を少女らしく受け止めた自分もです。どちらか一方でも思い出せば蕁麻疹が浮かび上がらせる事が可能になるくらい嫌悪感がこみ上げてきます。

「悪いけど、まだ忙しいからもう行っていい? めぼしい所はもう無い筈だけど?」

「ん? あぁ、悪かったな。もう行っていいぞ」

 何ですかちょっと……わざわざ来てやったのにお礼も無しですか?

 なっていませんねぇ……もしこんな奴を夫にする人が現れるなら、喜んで阻止してあげましょう。


 ――一生後悔するって事も念入りに教え込んで。


「それじゃ、そういう事で」

 軽い返事を返して私は家から出て行きました。

 エレンちゃんに現場を任せきりという訳にはいきませんで小走りで向かいましょう。


「わふっ!」

「うん、お疲れさん。のど乾いたから水飲んでく?」

「わんっ!」

 水瓶(みずがめ)からコップで一掬いした水を吾郎の口元に近づけて飲ませながら私はのんびりとします。

 吾郎も幼児達の遊び相手を務めて一仕事を終えた所です。

 いつのまにかこいつ、村の中で結構馴染み深い存在になっています。

 吾郎はただ走り回るだけでなく、どこかのお使いや紙渡しの伝言までもやっていて、村にとって一種の名物と化していました。

 食い意地が張ってますが、物覚えが中々できる犬ですからね。

 ですが食べ物の事になると私の躾を無視してがっつく傾向が玉に傷だという……。

 いえ、無駄に完璧な犬じゃなくて少しばかり駄目な部分があった方が愛敬があるのやもしれません。

「あ、ここにいたんですかサヤさん」

「あら、エレンちゃん。ありがとうね、持ち場を代わりに請け負ってくれて」

「いえいえ、元々、前村長と今の村長の手伝いを何度かしてましたから慣れているんです」

「そう、偉いのねぇ」

 私は素直に感心しています。

 まだ高校生ぐらいの年頃なのに、遊び心をあえて沸かさず、この村を守って良くしていこうと真っ直ぐな心でいるなんて、元の世界にいる今時のガキんちょ共に見習わせたいくらいです。

「だって、お爺ちゃんが必死で守ってきた村なんです。ここを守るのは私にとっても約束そのものですから」

「頑張ってるわね、本当にこの村が好きなのね……」

「はい! 村の人達も皆々大好きですっ!!」

「ふふふ、そんな姿のエレンちゃんを見てくれてるお爺さんもきっと喜んでいる筈だわ」

 天国……からですけど……。

 私にも子供の頃、大好きだったお婆ちゃんがいました。

 笑顔が似合う人で、小さかった私の頭を良く撫でてくれる人でした。

 農家での豆知識もお婆ちゃんからよく教えてもらった事もありました。

 でも五歳の時に心臓病でそのまま帰らぬ人に……。

 葬式でお婆ちゃんの遺体を見て、死とはこんなにも簡単に表れる存在なんだって……。

 最後まで色々と教えてくれた私にとって自慢のお婆ちゃんでした。

「そうですね、きっとお父さんとお母さんも……」

 でもエレンちゃんは私と境遇が全然違います。

 比べ物にならない程の“死”と多く関わっている筈なんです。

「あ、もし良ければ聞いてもいいですか? サヤさんのご両親ってどんな人なんですか?」

「……私の?」

 意外な質問です。

 実は、私は今まで両親がどんな人かなんて聞かれた事がありません。

 自分の事とか、自分に対して何をしてくれたかを会話の中で混ぜる程度です。

 説明を主旨とするのはこれが初めてとなります。

「何て言おうかしら……え~っと~――」

 私は普段に見せていた両親の姿を脳内で思い浮かべ、これを言葉に作り替えます。

「まずお父さんは……」

 仕事に一生懸命な人ですが、大のお酒好きでもあり、よく近所の人達と一緒に飲み会を開いて丸一日帰らなかった事が偶に何度かある人ですね。

 その度にお母さんから叱咤の声が飛び出るんですが、あまりの激しさに言い返せないで縮こまってしまう事があります。もちろん、喧嘩にも一度も勝てた事はありません。

 だけど約束はちゃんと守る人でもあります。私の誕生日には必ず早く帰ってきて祝ってくれる……不器用な所はありますが、典型的な良い父親です。

 だけど娘として言わせてもらいたい事がありならば、パソコンが使えないのは良いとして、計算ぐらいきちんと出来るようにしておいて欲しいです。

 私が実家に帰るまでお母さんが必ずと言っていいほど帳簿や領収書の見直しするほど任せられない事があったそうです。

「次にお母さんは……」

 今でこそ大人しい方ですが、昔は日々やんちゃをする程に活発な女性だったそうです。

 学校で先生からの呼び出しをくらった回数が私の母校でもある中学校に伝説として残っているそうですが、本人の意向によって黒歴史として断固と明かされた事はありませんでした。

 それに料理がとても上手でおやつで作ってもらったケーキやクッキーが待ち遠しくなるくらい美味しかったです。

 ですが怒らせるのだけは絶対にしたくないです。子供の頃なんですが、私はお母さんの大事にしていた化粧品で鏡台に悪戯をしてしまい、これを怒ったお母さんから私は強烈な尻叩き百回でお仕置きされた事があります。

 子供といえど容赦なく、全力で叩いてきました。あの痛みは今でもトラウマ物ですね。

 そんなお母さんですが、お父さんを尻に敷いているとはいえ、夫婦仲は良好で仲慎ましい姿を見せていました。

 ちなみに、私が実家に帰ってきた事情を聞いた時、真っ先に怒ったのがお母さんです。

 あの時の怒り狂った怒号は近所に聞こえる程の凄まじさ。お隣さんからは、


「鬼百合の再来じゃあぁぁぁぁぁーーーーーっ!!」


 等と恐れや興奮を漏らすくらいでした。

 ますますお母さんの過去が知りたくなった瞬間でもあります。


「――こんな所かしら?」

「素敵な御両親なんですね……羨ましいです」

「えぇ、ありがとう……」

 だけど、もうそれもできないかもしれないんです。


 ――再び再会できるかも分からない地に私が立つ限り……。


 これまで何気なく過ごしていますが、実を言うと私は本心を言えばとてつもなく不安でたまらないんです。

 現在(いま)、元の世界では私は“どう”扱われているんでしょうか?

 行方不明者、誘拐、拉致監禁――実質は違いますが、テレビでよく見た他人事がまさにこうして私の身に降りかかっているのです。

 私は『帰りたい』という願いを我慢してこの世界で生きている。いえ、生きざるを得ない。

 これだけなら良かったんです……何も事情を知らない両親には毎日が不安で仕方がない筈なんです。

 いつ戻るのか分からない娘である私の安否を――ひょっとしたら最悪の事態になっているかもしれないという――心配する両親に押しかかる心身の負担は私の並ではありません。


 ――私は無事です。今はまだ帰れないかもしれませんが、いつか必ず帰ります……だから安心して待っていてください。


 たったそれだけの言葉を贈る事さえ叶いません。

 無事を知らせなければならない脅迫概念が私の心を常に締め付けてくるんです。

 この痛みを紛らわせるため、私は必死に生きようとする目標で私自身を突き動かします。

 正直言って、今すぐにでも子供のように両親の名を呼んで泣き叫びたくなる事がありました。

 ですが耐えるしかないんです。子供のように何かに甘えて変化を待ってるだけでは何の解決もならないんです。

 飽くまで大人として、自分のやるべき事、やれる事をしていかなければ一欠片の希望さえ神様は恵んでくれはしないのですから。



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