2-3 収穫でウハウハです
収穫とは農家にとって最高の喜びであって名誉でもあります。
努力が形となった事を実感するひと時です。
「あー蔓は少し残した状態で切ってください。整形は後でする方針ですから」
「合点だサヤさん!」
元の世界では機械を使うようになったおかげで収穫の効率は上がりました。
だけど父が言っていました。
――近頃の奴らは命の感謝を忘れていけねぇな。
便利になった分、逆に何かを失った。
田舎と都会の違いを良く知る私もそう感じた事がありました。
「ふぬぉっ! こ、腰が~!!」
「おじいさん無茶しちゃ駄目よ! 皆さん、リレー式で運びますからそれぞれの位置についてください! 子供が持ち上げて大人が荷台まで手渡しで運ぶ形です」
ここには私が失われたと感じた物が色々とあります。
他人と他人が協力し合って生きる。
簡単ですが当たり前とは出来ない。
都会なんて自己中心ばっかで腹にひと癖やふた癖抱えた人間が圧倒的でした。
「こっちこっち! 投げろよ!」
「とりゃ~!」
「こらっ! スイカで玉遊びなんかしてんじゃないの!!」
私の故郷である田舎には助け合いはありました。
ですが人が少なくなって限りが出来てしまいました。
助け合いでは解決できない所にまで過疎化は進んでしまいました。
同級生だった人達も私と同じように都会へと進出したのがほとんどでしたからね。
「サヤさん、数えられたよ」
「取れたの何個ほど?」
「使った畑が二つだからざっと二百個を少し超えたくらい」
「まぁ、妥当の量ね」
結局、最後まで故郷に残っていたのはとある同級生の弟さんぐらいでした。
今でも実家の白菜畑を継いで中々に美人な奥さんと元気に暮らしています。
初めて見たときは羨ましかったけど、もはや未練はすっぱりと断ち切りました。
次々と収穫されていくスイカを見ている中で私は小一時間前の事を思い出してました。
ションさんは最後まで粘ってきましたが、とどめに農業で定番な肥料の作り方も掲示してみたらようやく折れてくれました。
そう、『堆肥』です。作り方は土、鶏糞や牛糞、米糖、落ち葉の順で踏み固めながら何層にも重ねていき、水をかけて何カ月もかけて発酵させれば完成です。
米糖は“ぬか”が良かったんですが、ここには米なんて無いので糖の代わりとしてスイカを含めた生ごみを代用してみました。
一ヶ月ごとに混ぜる――切り返すのが大変なんですよ。
ぬかは栄養補助の他に“匂い消し”の役割も果たしてくれるんですが、今回の場合では匂いがきつかったです。
この欠点には雑草を燃やした灰を混ぜ込めば軽減する事を発見したのは更に一ヶ月後。
先人の知恵はやはり偉大でした。
ションさんが来るまでにちゃんと使いやすい代物に仕上げる方法を見い出せて本当に良かったです。
だけどもっと大変だったのは……。
「ねぇ、うちに来ない! 給金はずむよ!? 絶対に後悔させないからさぁっ!!
私、ションさんにどうやら気に入られてしまったそうなんです。
女としてではないですよ? いち商人としてですから。
当然、私はその申し出には断ったんですが……正直、ションさんという人を嘗めてました。
「ねぇ~いいでしょ~? 契約期間だけでもいいからさぁ~!」
「うひいぃぃぃぃーーーーーっ!!」
粘着のりがごとく、私に抱きかかって意地でも連れて帰ろうと実力行使に入ってきたんですよ。
ションさんが身長の関係上、私の腰回りにしがみ付いてきた時はさすがにゾッとしました。
しかもションさんって結構力持ちなんです。
何とか抵抗していた私でしたが、終盤には持ち上げられてそのままお持ち帰られる所でした。
あれは危なかった……。
そんな事態に救いの手を述べてくれたのがガーグナー。
「ション、そいつを連れてかれたら俺達としても困る。さっさと放せ」
「やだ! いくらガーグナーの頼みといえどもこれは聞けないよ!」
「……なら力づくでいかせてもらおう」
「え、ちょ――っ!」
訂正、救いの手どころか地獄の片道切符でした。
何が悲しくて男二人に物理的な取り合いに発展しなきゃなんないのか理解に苦しみました。
「ごっはっ! や、やめっ! 腰が! 背骨が折れる!」
ガーグナーとションさんによる私の上半身と下半身の引っ張り合い。
しかも二人とも結構本気でやってきましたから私も本気で生命の危機を感じ取りました。
「うぁっ! 捻るのだけはやめてえぇぇぇぇーーーーー!!」
女性の体はデリケート。特に下半身は丁重に扱ってもらいたいものです。
おかげであの時、その場で……。
うあー! あれで二回目ですよ! 恥ずかし過ぎて死んでしまいたい!
全てが終わった後、しばらく私は愁哀で心に穴が開いてしまったかのような雰囲気を漂わせていましたが、エレンちゃんからの「元気出してください」という励ましの言葉でどうにか立ち直りました。
あぁ、エレンちゃん。貴方は私だけの天使です。
だがガーグナー、お前は駄目だ。しばらく口をきいてやるものか!
そんな訳で嵐の一日が過ぎ去ってしばらく。
ションさんから承った契約の実行日が近づき、輸送の準備に取り掛かっている所です。
「それじゃあよろしくお願いします」
「任せてください。卸売場まで責任を持ってお運びいたしますので」
搬送するための馬車はションさんの商会から雇いました。
手数料が少々高いですが、後から入る金額を考えれば必要な出費でしょう。
「じゃあ皆さんお疲れ様でした! 飲み物を用意してますので一旦集会場に戻りましょう」
馬車が出発したのを見送ったら手伝ってくれた村人達に労う言葉をかけていきます。
「あ、サヤさん!」
「どうしたのエレンちゃん?」
「さっき村長が後で自分の所へ来いって言ってました」
「うわぁ……」
エレンちゃんからの言葉に私は嫌悪感を一切隠していない表情を浮かばせました。
はっきり言います。絶対に嫌です!
仕事なら好き嫌い関係なく他人と出会わなければなりませんが、私情だと無関係です。
一度は許しました。二度目はもうないです。
私のガーグナーに対する好感度はゼロを通り越してもはやマイナスです。
「まだ忙しいから“絶対に”行かないって言っておいて」
「でも、村のこれからに関する重要な事だって……」
「むぅ……」
そんな言われ方をされたら無視しようにもできないじゃないですか。
くそぅ、どうしてあんな男が村長なんかやってるんですかちくしょう……。
最終的な村の決定を定める立場だからなおさら性質が悪いです。
――行かなきゃ損する。行けば得する。
利潤を今は第一で考える私にとって普段なら簡単な選択です。
なのに究極並の決断力を用されるなんて……。
「……分かったわ、折り合いをつけて出来るだけすぐに向かうって伝えといて」
「はい!」
でしたらちゃっちゃと済ませる事を選択しましょう。
これを乗り越えれば後は私の自由です。




