荒れる街
カニング氏は尋問で全面的に容疑を否認した。カニング氏は正しい。でも、誰も信じてくれなければ、本当のことでもウソになる。犯罪は、客観的な真実ではなく、裁判官が認定した事実に基づくものだから。
「小僧め、明白な証拠がありながら、それでもなお否定するか。まあいい。混沌の勢力との戦いが終わるまで、命は預けておいてやる」
取調べに当たったゴールドマン騎士団長は、カニング氏が一向に犯行を自白しないので、とりあえずカニング氏とその仲間たちを館の地下牢に入れ、厳重な監視下に置いた。とはいえ、いずれ(混沌の勢力を撃退できればの話だが)伯爵殺害事件の裁判が開かれ、公式に「カニング氏とその一行の犯行である」と認定されるだろう。
その夜、わたしとプチドラが祝杯をあげたのは、言うまでもない。なお、政治生命が「終わった」と思っているポット大臣は、カニング氏の部屋の捜索に加わることなく、この日も朝から悲嘆に暮れ、飲んだくれていた。
こうして、伯爵暗殺事件には一応の区切りがついた。ただし絶望的な状況はこれまでと変わらない。のみならず、騎士団と傭兵部隊は後退を続け、混沌の勢力は町の近辺に近づきつつあった。騎士団長は自ら前線に赴き戦闘を指揮し、決死の覚悟で敵と戦った。しかし、ほとんど無駄なあがきだった。傭兵は次々と脱走し、騎士団も打ち続く戦闘によって犠牲者が増えていった。
しかしわたしには、隻眼の黒龍という切り札がある。ついでに言えば、ご隠居様からもらったエルブンボウも。隻眼の黒龍とわたしが前線に出れば、戦況は好転するだろう。でも、それでは、騎士団の指揮下で便利な絶対兵器として使われるだけだ。
わたしはプチドラを抱き、町に出た。通りは馬車で大渋滞だった。金持ちが財産を持って町を脱出しようとしているのだろう。道端には、いくつか死体が転がっていた。この前に来たとき、ドーンは「このところ物騒になった」と言ってたが、今は、その時以上に危険な感じがする。
もう、それほど時間は残っていないようだ。混沌の勢力を撃退しても、手に入れたものが荒れ果てて再起不能になった町では仕方がない。
その時、
「そこの姉さん、ちょっと待つんだ」
わたしを呼び止める声がした。振り向くと、そこにいたのは、例によってドーンだった。ドーンは驚いて平謝りに謝った。単にわたしと気がつかなかったということだが、そんなことがあるのだろうか。
「後ろから見ても漆黒のメイド服で分かるでしょ。どうして、こんな大間違いができるの!」
「本当に申し訳ありません。いや、このところ景気がよくって、稼ぎ時なので、つい確認もせず、失礼しました」
ドーンによれば、このごろは町もアナーキーに近く、町を脱出しようとする金持ちを襲ったり、反対に金持ちから用心棒代を徴収したり、会った人にはとりあえず「金を出せ」と言ってみたり、なんでもありらしい。ドーンのようなアウトローにとっては稼ぎ時でも、町の住民にとっては、本当に冗談じゃない状況だろう。




